置いていかれた者
黄の国王都の共同墓地。王族が眠る一画で、メイコは一人佇んでいた。手にした花束を墓石に供え、赤い鎧姿のまま手を合わせて祈りを捧げる。
レガート・ルシヴァニア
アン・ルシヴァニア
二つの墓石には、黄の国の王と王妃の名が刻まれていた。
王都から南にある、自然が豊かで小さな町。山と森に囲まれた保養地に向かう途中で事故に遭い、王と王妃は帰らぬ人になってしまった。
国王夫妻を乗せた馬車が山沿いの道を進んでいる時の事。馬車の馬が何かに驚いて暴れ出し、護衛の任に付いていたメイコと近衛兵の目の前で暴走したのだ。
メイコ達が馬車を追いかける最中、間の悪い事に山賊に遭遇してしまい、近衛隊は馬車から分断される羽目になってしまった。敵の強さはそれ程ではなかったが、とにかく数が多かった為に足止めを食らい、馬車に追いつくのに時間が開く事になった。
国王夫妻を守ろうと山賊を倒して追いかけた近衛隊が見たものは、土砂崩れで無残に破壊された馬車と、既に崩御したレガート王とアン王妃の姿だった。
「私が付いていながら……!」
祈りを終えたメイコは両手を拳にして震わせる。爪が食い込んで血が一筋流れたが、胸に燃える怒りが痛みを追いやっていた。
主君を守れず、何が近衛兵隊長だ。何が『赤獅子』だ。どうしてあの二人が死ななくてはならなかった。
「リン王女……。レン王子……」
両親を一度に失った悲しみはあまりも大きかったのか、王と王妃の葬儀以来すっかり塞ぎ込んでしまった。リン王女とは少しだけ話をしたが、レン王子は部屋からほとんど出ず、まともに顔を会わせていない。あれだけ熱心に取り組んでいた剣の稽古も全く行っていないし、リン王女の話を聞いた限りでは自主鍛錬もしていないらしい。王宮内が不穏な空気に包まれてしまっているのも、不安に拍車をかけているのだろう。
王の死後、家臣達は王女派と王子派に分かれてもめており、リン王女とレン王子のどちらが次の王になるべきかで争っているのだ。
王女派の意見は、姉であるリン王女が本来第一位で王位を継ぐべきであり、弟のレン王子の継承権は二番目であるはずだとして、リン王女を次の王にしたがっている。
一方王子派は、レガート陛下が決めた後継者はレン王子であり、何より男子であると言う理由で王女派と対立している。
どちらも尤もらしい理由を掲げているが、まだ幼いリン王女かレン王子を玉座に据え、摂政としての地位を手に入れたいのが本音だろう。双子の姉弟がなかなか立ち直れないのは、大人達が醜い権力争いをしているのも原因なのかもしれない。
「しっかりしろ。メイコ・アヴァトニー」
両頬を手の平で叩き、メイコは弱気になった自分を叱る。王女と王子はまだ八歳だ。こんな時に私達大人がしっかりしなくてどうする。国がどうなるのか不安ではあるが、その前に王女と王子の心を癒す方を優先しなくてはいけない。
心に受けた傷は簡単に治るものではないが、癒すのをほんの少しだけ手助けをする事は出来るはずだ。
父を失った悲しみを癒してくれた、小さな双子の姉弟のように。
黄の国先代騎士団長だったメイコの父は、四年前に起きた緑の国との紛争で戦死していた。国王夫妻の友人でもあった彼は、紛争後期の戦闘で敵将と刺し違える形で命を落とし、両軍は要を失う結果になった。
黄の国は最強と名高かった騎士団長を、緑の国は軍をまとめる将軍を亡くしたのをきっかけにして紛争は終わり、黄と緑は休戦する事になる。
戦争を終息させた名誉の戦死。そうもてはやされたが、穿った見方をすれば父が死んだ事を喜ぶ人々に、メイコは嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
騎士にとっては確かに誇りだったろう。泥沼になっていた戦争が終結したのは喜ぶべき事なのは分かっている。だからと言って、家族が亡くなって嬉しい訳がない。
父が亡くなってからしばらくして、訓練も身に入らずぼんやりと庭園を歩いていた時、茂みの向こうでリン王女とレン王子が遊んでいたのに出くわした。邪魔をする訳にもいかず、そのまま通り過ぎようとした際に聞こえて来た会話は、メイコがずっと胸に秘めていた本音だった。
「ちちうえとははうえもないてたのに、なんでほかのひとはよろこんでるのかな?」
「だんちょうのおじさんにもうあえないのに、どうしてみんなわらってるのかな?」
「へんだよね」
「おかしいよね」
子ども故の無知さ。分からないからこそ言える真理。父を失った悲しみと周りから賞賛に折り合いがつけられずにいた心に、双子の姉弟の言葉は沁み込んだ。
二人は変な事は変だ、おかしいと思った事をおかしいと言っていただけで、湧き上がった疑問を素直に口にしていたのだろう。本人達も言った事を忘れている可能性が高い。しかし、この会話がメイコの心を図らずも救ったのだ。
立ち直ってからのメイコは一層鍛錬に励み、騎士団長だった父に恥じないよう努力を重ねた。紛争が終わってから二年後。双子の姉弟が六歳の時に近衛兵隊長に任命され、その一年後にレン王子の剣術指南となった。
「……戻るか」
メイコは右手を胸の位置に当て、墓石に向かって一礼する。近衛兵の証である赤い鎧が僅かに音を立て、父の形見の白いマントが動きに合わせて揺れた。
部屋の向こう側からすすり泣く声が聞こえて、リンは相手を驚かせないよう忍び足で近づく。
「……レン」
ベッドに座る弟は名前を呼んでも返事が無く、枕を抱きしめて静かに泣いていた。
「父、上、母上……」
しゃくり上げながら、消え入りそうな声で両親を呼ぶ。父と母が事故で亡くなったと聞かされ、衝撃を受けて訳も分からないまま葬儀が行われ、それから少し経って頭の混乱が治まってからはずっとこんな調子だ。リンはなんとか上辺だけの立ち直りはしたものの、レンは未だに悲しみから抜け出せずにいる。
食欲が出ないらしく食事は少しだけで済ませてしまうし、あまり部屋から出なくなって、大好きな剣の稽古もしていない。そして、父と母を思い出しては一人泣いている。
「なんで……。どうして……」
リンはベッドに上がってレンの正面に座る。片割れが傍に来た事にやっと気が付き、レンは姉に目を向ける。
「リン……。父上と、母上、が……」
「うん……」
うわ言のような弟の言葉にリンは神妙に頷き、枕を握ったままのレンの手をそっと触れて、自分が泣き出すのを堪える。
今泣いたら駄目だ。弟を守らなきゃ。一番傷ついているのは、優しくて泣き虫なレンなんだから。
レンは唇を震わせて我慢していたが、すぐに大声を上げて泣き出した。枕が転がり落ちたのには目もくれず、目の前にいるリンに抱きつく。
「うわあぁぁぁ! 父上! 母上!」
リンはレンの背中に手を回す。我慢できたのは少しだけで、すぐにレンと一緒に大粒の涙を流して泣き叫んだ。やがてどちらともなく泣き疲れ、いつしかベッドに横になって寝てしまっていた。
「ん……」
目を覚ましたレンに真っ先に映ったのは、父と同じ金色の髪だった。父が帰って来たのかと一瞬だけ驚いて期待したが、ありえないと即座に否定する。
父上は、死んじゃったんだ。母上と一緒に。もう会えないんだ。
二人はもうどこにもいない。そう思いつつ体を起こし、込み上げて来た悲しい気持ちを涙と一緒に押し留める。泣いていたせいなのか喉が痛い。水を飲んだ方が良いだろうかと考えていると、隣で寝ていたリンが目を覚ました。
「あ、先に起きたんだ。……大丈夫?」
「なんとか」
体の具合を聞かれて、レンは頷いて喉を押さえる。とりあえず水が飲みたい。喉が干からびて埃が張り付いているような感覚がする。
何となしに部屋の中央のテーブルに目をやると、水差しとグラスが二つ置かれていた。メイドか召使が用意してくれたのかなと思い、レンはリンを伴ってベッドから降りる。手を取り合って歩き、お互い無言でグラスに注いだ水を飲む。
部屋の空気が酷く重い中、リンは無理に笑顔を作り、あえて明るい声で呼びかける。
「……ね、レン」
「……何?」
まだ気持ちに余裕が無いのか、レンの返事は少々素っ気ない。それを気付かなかった事にして、リンは一つ提案する。
「今から中庭に行こうよ。レン、ずっと外に出てないでしょ? 部屋に閉じこもっているのも良くないし。……ね? ちょっとだけで良いから」
レンは何も言わずに視線を下に向ける。無表情でグラスを置き、しばらく考えてからぽつりと答えた。
「……行く」
レンはリンに手を引かれる形で中庭を歩く。久々に出たからなのか、外の空気がいつもとより心地良く感じた。
庭園の薔薇は相変わらず美しく咲き誇り、時々吹く風が草木を揺らす音が耳に届く。普段なら当たり前すぎて大して気にとめないような事だが、今のレンには良い刺激になっていた。時折足を止めて深く息を吸い込み、暗い気持ちが薄れて行くのを自覚する。
そう言えば、最後にメイコ先生と稽古をしたのはいつだっただろうか。
庭園を半周近く歩いた所でふと考える。剣の稽古が楽しくて、毎日暇さえあれば素振りをしていたのに、この所木剣に触ってすらいない。
レンがおぼろげに考えていると、前を歩いていたリンが止まって振り向いた。合わせてレンも立ち止まる。
「気分どう? ちょっとは良くなったかな」
リンの問いかけに口端を僅かに上げ、レンは久しぶりに笑う。
「結構良くなった、かな?」
まだ胸の中にもやもやしたものがあるが、部屋にいた時に比べれば大分楽だ。リンが誘ってくれなければ、まだうじうじと閉じこもっていたかもしれない。
「外に出て良かった。ありがとう」
「どういたしまして」
また落ち込んだりしたらどうしようと不安だったが、元気になって良かったとリンは胸を撫で下ろす。
庭園を一周してから戻ろうと決め、リンとレンは薔薇や木を見ながら足を進める。残りの距離が四分の一程になり、王宮内へと続く出入り口に複数の人が立っているのが見えた。見間違いで無ければ、あれは確か上級貴族の大人達だ。
「ん?」
何か変な予感がして、レンは足を止める。別に気にするような事でも無いはずなのに、あの人達の傍には近づいたらいけないような気がした。
「どうしたの?」
具合でも悪いのかと聞くリンに、レンは空いている手で首の後ろをさすりながら返す。
「……首がむずむずする」
揉んだり掻いたりしても嫌な感覚が消えない。リンに頼んで調べてもらったが、おかしな所は一つも無いと教えられる。
「気にしすぎだよ。髪も糸くずも無いし、虫が付いてもいないし」
いや、とレンは目を細めて怪訝な顔になる。気のせいなんかじゃない。首筋の毛が逆立っているような感じがする。理由が分からなくて気持ち悪い。
心の端に浮かんだ不安が広がっていく。リンと繋いだ手は微かに震えていた。
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