5
「あの、」
「ん?」
ちら、と顔を上げたレティシアに対し、横柄に返事をするアルタイル。
「……あなたが剣を振るうとしたら、私が魔法を担当するの?」
ルディ退治に向かうグループ、サリの基本の組み方は、ルディを直接倒す剣士と、それを援護する魔法士で構成される。
アルタイルが剣士なら、当然、レティシアが後方援護の魔法士の役割に回ることになる。
「そういうことになるな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
思わず立ち上がったレティシアは、思い切りいすを後ろに蹴倒してしまった。
ガターンと響き渡った派手な音に、レティシア自信が驚いて飛び上がった。
「あ、ひゃっ」
何事かと、食堂のホール中の人が、レティシアの方を振り向いた。
人の視線が苦手なレティシアは、思わず縮こまる。しかし、これだけは、新人のアルタイルに伝えなければならない。
「あ、あたし、ゼルになってから五年間、たくさんルディを倒してきた! でも、ルディに倒されたサリもたくさん見たよ! 経験豊かな人でも、死ぬこと、あるのに!」
注目を浴びて、顔がほてってゆく。口がこわばってしまう前に、レティシアは急いでアルタイルに向かって叫んだ。
「し、し、新人のあなたが剣士で、け、け、剣士としてゼルになった私が、魔法を担当するなんて、そそ、そんな効率の悪いこと出来ない!」
声が裏返った。すとんと腰が抜けた。給仕がいすを直してくれていなかったなら、そのまま床にへたり込んでいただろう。
「し、死ににいくようなものだって!」
下手に叫んだせいで、いまや食堂中の人がレティシアとアルタイルの会話に耳を傾けている。顔を真っ赤にしてうつむくレティシアを、アルタイルは平然と見やった。
「落ち着けよ。そう大層なことでもないだろう。何も魔法の素人のお前に、
すべての魔法を担当させるわけじゃない」
アルタイルの、落ち着いた低い声が、レティシアにある程度の平静を取り戻させた。
「そう……。ほかに、魔法の出来る人を探すの?」
それなら安心だ。自分は、人前では剣を抜けないが、昨日の洞窟での様子からして、新人のアルタイルをサポートする人間がもう一人くらいいた方がいい。
「いや」
ほっとしたレティシアに、アルタイルは、首を振った。
「俺は魔法も剣も使える、魔法剣士だ。だから、その心配はいらない。レティシア」
なんですって!
今度はレティシアは声もなく飛び上がった。いすが再び吹っ飛ばされて後方に転がる。
「ま……! け……! ば……! し……!」
魔法もあなたが?剣も振るいながら!ばかな!死ぬって!そんなにルディは甘くないよ!
「ちゃんとしゃべれ。レティシア」
「あ……! あたし、魔法の免許、持ってないよ! 剣しか出来ないんだよ!」
やっとの思いで、レティシアは、言葉を搾り出した。なるべくアルタイルが傷つかない言葉を。幾分かほっとして、断る理由を告げるレティシアに、アルタイルは、にやりと笑った。
「なんだ。レティシア、魔法の免許、ないのか。……大丈夫だ。俺が教えてやるよ。攻撃魔法の免許が無くたって、普段使いの魔法で十分戦う方法はある」
はあ?!
聞き耳を立てていた食堂中の全員が、アルタイルに向かって突っ込みを入れる。
五年もルディと戦ってきた歴戦のゼルに向かって、何言ってやがる!
そんな食堂中の心の声を、アルタイルはフンと一瞥した。
「レティシアは剣を俺に教える。俺はレティシアに魔法を教える。これで、対等だろ? 立派なサリじゃないか」
ちょっと待って。ちょっと待って。レティシアは心の中で精一杯叫ぶ。
「アルタイルが、私に、魔法を教えてくれるっていうの……?」
しかし昨晩も、アルタイルは魔法の宝石『風の加護』の使い方を、むしろレティシアに教わった。知識面でも、アルタイルがレティシアに勝てる要素はかけらも無い。
がんばれ! 反論するんだ、レティシア! 涙目になっている場合じゃないぞ!
食堂中の無言の応援を受けて、衆目に慣れていないレティシアが、必死に口を開く。
「そ、それは、お、お互い素人の状態で、ルディと戦うってことだよね?
そ、そんな効率の悪いサリ、組んでも意味が無いよ! い、命を無駄にしたいの!?」
最後の絶叫に近いかすれた声に、食堂中から拍手が起こった。
「やかましい!」
だぁん、と、アルタイルが、テーブルを叩いた。
「ひっ……」
レティシアがその剣幕に息を飲む。
「レティシア・バーベナ! お前、命の恩人様に、逆らうのか!」
アルタイルは、動けなくなったレティシアを見やり、席に着いた。
安堵の溜息だった。……これで、魔法剣士としての、アルタイルのプライドは傷まない。
あの、レティシア・バーベナと対等なのだ。
アルタイルは、この時、対峙するルディの事はまったく頭に無かった。
いかにレティシアを、自分と同じ立場に引き込むか。
長い間、劣等感を抱き続けたアルタイルは、自分が曲がっていることに、気づかない。
アルタイルは、反論の声も無くうつむいているレティシアを見上げて満足げにお茶をすすった。
すっかり、冷え切っていた。
……違う。
ここで折れるのは、職業人として、ゼルとして、ルディ退治をしてきた自分の経験からして、間違っている!
レティシアは必死に反論の言葉を探した。どう考えても、自分はアルタイルと組めない。
……いや、違う。本当は、言ってしまいたい。
アルタイルは、ゼルには、向いていない。命をかける職業には向いていない、と。
「なんでそんなに落ち着いているの。昨日のことを忘れたの。あなた、ルディの前で腰を抜かして、動けなかったじゃない! そのあとも、熱を出して倒れたじゃない!」
彼は自分のプライドを守るのに必死だ。しかしそれでは命は守れない。
命が無くなったら、何のためのプライドか!
しかし、レティシアの口は凍ったままだった。なにか、言わなくては。しかし、言葉が凍り付いて、出てこなかった。
「どうして」
胸が詰まる。痛む。そして思い当たる。私は、こわがりなのだ。何より怖いのは、人の視線。
ゼルには向いていない。そうアルタイルに告げることは、きっと、ゼルになるためにすべてを賭けてきた彼を全否定することになる。
そうなったときに、アルタイルは、自分にどんな目を、向けるだろうか。
「ッ……」
息が詰まった。
……わたしには、いえない。できない。
命を張ってルディと戦う職業、ゼルに向いていないのは、本当は自分の方ではないかと、レティシアは、自分の体を無意識に抱きしめた。
結果的に、レティシアはアルタイルとサリになることを承諾した。
アルタイルの考えが変わらないなら。私がアルタイルに、向いていないと言えないなら。
私が、彼を、出来るだけ、守ればいい。
どうやって守るか、など、ちっとも解らなかったが、
「剣の技を、出来るだけ教える」
彼の提案どおりに。それでどこまで生き残ることが出来るかなど、今の自分には解らない。でも、断ることも、彼を見捨てて逃げることも出来ない自分に与えられた選択肢は、たった一本だと、レティシアは思った。
この時のレティシアの消極的な覚悟が、世界を大きく変えることになるとは、この時、食堂に居合わせた誰にも予想のつかないことであった。
* *
「アル。とりあえず、仕事を決めてから、買い物にいこう」
レティ、アル、と略称で呼び合う。サリになったら、生活もともにすることになるので、気軽な略称のほうが、何かと気が楽だ。
「財政状況と訓練期間を考えて、次のルディ退治まで二週間くらいがいいよね。次の仕事は、このあたりがいいかな。ちょうど歩いて一週間くらいの距離の農村に、仕事がないか聞いてみよう」
まず、宿を出て最初にレティシアがしたことは、ルディ対策課に行き、ルディ退治の情報を得ることだった。
アルタイルはやっと、この宿の場所が昨日ルディを退治した村の隣町だと気づいた。
この町のルディ対策課の役人は、にこにこと二人を出迎えてくれた。
役人の背中には、鷲族の証である翼がしっとりとたたまれている。
「イーゴリさん! 昨日のご活躍は隣村から聞き及んでおります。おめでとうございました。同じ鷲族として、とても誇らしいかぎりです!」
アルタイルはその言葉に胸をはり、隣でレティシアが困ったように微笑む。
「あの、仕事を紹介していただきたいのですが。なるべくほかのゼルが近寄らなくて、なおかつアルの腕前でも大丈夫なような……あ、経験を積むのにちょうど良い仕事は、ありますか」
レティシアは、アルタイルの実力不足に何かと気を使う。それがかえって、アルには癪に障るが、一晩でずいぶんと耐えられるようになった。
係官に、ルディ退治に関わるゼルの証、退治の記録手帳を見せながら、レティシアはこびるように笑う。
「レティシア・バーベナ……本当に、あなたが噂の闇討ちレティさんなのですね。イーゴリさんも心強いでしょう」
しかし、ずいぶん、でこぼこコンビですねえ、という心の声が聞こえた気がして、アルタイル・イーゴリは係官をにらみつけた。
レティシアの分厚い手帳に、アルタイルの薄いページを載せて、そこに、本日の日付の入った、この村のルディ対策課の割り印が押された。これで、晴れてレティシアとアルタイルは、共に旅をするサリだとと公式に認められたのだ。
「イーゴリさん。バーベナさんにいろいろ教えてもらってくださいね。同じ鷲族として、応援しています!」
当たり前だ、とアルタイルは返す。
「俺は、レティの、命の恩人様なんだから。出来ることはしてもらうんだ」
やれやれ、と係官は肩をすくめ、レティシアは困った笑いを浮かべた。
そして、係官は仕事を選んでくれた。レティシアは、その仕事内容を見て、納得した。
アルタイルが最初に退治したルディと同じ、狼系のルディ。しかも、そんなに凶暴な被害を出していない、比較的穏やかなルディだ。
「この係官が、そういう事に気をまわすことの出来る人で本当によかった」
と、レティシアは意気揚々と歩くアルタイルの後ろで、こっそり思った。
* *
仕事を決めた後は、装備の買出しに向かった。
「次の退治が成功したら十万。現在の持ち金が二十万。これからそろえるものもあるから、節約しながらいこうね」
「で、何を買えばいいんだ?天幕はレティが持っているだろ?」
「端切れの特売。鎧。携帯食料の補充」
一瞬、アルタイルは聞き違えたかと思った。
「よろい?」
にこっと、レティは笑って、自らの腹をこんこんと叩いた。
「そう。鎧。なにも、大昔の騎士みたいな、金属の重たい奴をつけなくてもいいから」
こんな感じの、革製の軽いので、と、レティは笑った。
「待てよ! そんな、時代がかった格好するのか? いまどきそんな鎧着ているやつなんて、レティくらいだぞ!」
アルタイルは抗議した。だいたいレティシアがつけているのは、重装備すぎるのだ。
磨かれたケヤキのような色の革の胴、同色のスカートのような、直垂。そしてブーツはひざを覆うほどに長いタイプで、丸いひざ当てが付いている。さらに肩当、ひじ当て、と続き、最後にレティの場合、鍋の兜をかぶって出来上がりだ。
「でも、私たちの場合、たった二人のサリだから、大勢で役割分担するサリたちのような軽装には出来ないよ」
確かにそうだ。見栄も努力も虚勢も、命があってこそだと、思い知ったのは昨日のことだ。アルタイルはしぶしぶレティシアに従った。
「はじめに食料買い出そうね」
小麦と砂糖を練って焼いた携帯食料や、ジャム、乾燥させた野菜、スパイスにつけて干した肉などを買い込んだ。
「次の仕事場まで二週間、二人分なら、これくらいで十分かな」
アルタイルには、何をどれだけ買えばよいのか見当もつかなかった。
「ゼル用の簡易宿泊所は、宿賃は安いけど、食料も生活用品もぜんぶ持ち込みだからね」
レティシアはどんどん買い物を済ませてゆく。
「端切れはたくさんあっても意外と使うよ。剣の手入れとか、ね」
これが、歴戦のゼルが仕事に向かう準備か。実際のレティシアの手際を見ながら、アルタイルは、前回自分たちがいかに甘かったかを思い知らされた。
「二週間の旅の準備が、半日で整ったのか。俺たちはこの間、一週間もわいわいと費やしたのに」
ずいぶん膨らんだ荷物を担ぎ上げるのも一苦労だ。アルタイルも、背中に背負うタイプの荷物入れを買った。多少見た目は垢抜けないが、ずいぶんと楽なのだ。それに、重い荷物を背負い上げるのにコツがいることも知った。
最後に立ち寄ったのは、防具を売る店だった。
つづく!
【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 5
オリジナルの5です。
⇒ボカロ話ご希望の方は、よろしければ味見に以下をどうぞ……
☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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