「ただいまー。」

「お帰りなさい。ピエロさん。」

「あれ?サンタさんは?」
この日、僕は久々に夜のうちに仕事を終わらせることが出来た。まだ日の昇らないうちに家へと帰ると出迎えてくれたのは、サンタさんではなかった。

「あら?そういえばはじめましてだったかしら?私は『七番目の手品師』よ。」
ナイフを構え、臨戦態勢になる僕に『七番目の手品師』名乗る女性はクスリと笑い、ステッキを見せた。そこには鋭く刻まれた『Ⅶ』の文字。僕はそれを見てとりあえずナイフを下げて構えを解いた。僕たち『ペールノエル』のメンバーが持っている持ち物には必ずどこかに自分の番号が彫られている。僕だったらナイフに刻まれた『Ⅴ』、そしてそれがこの手品師の場合はステッキの『Ⅶ』という訳だ。

ポンッ

僕が構えを解くと同時に、玄関に間の抜けた音が響く。見ると手品師のステッキから花が飛び出していた。

「フフ、『一番目のサンタ』さんは別のお仕事で朝まで帰らないわ。それまでちょっとお茶しない?」
手品師はその花を摘み取り近くの花瓶に活けながら僕に問いかける。

「う、うん。」
本当は早くサンタさんに今日の仕事の事を褒めて欲しかったんだけど、サンタさんがいないんだったらしょうがないなと思いながらしぶしぶ手品師について行った。
食卓に着くと『七番目の手品師』は、お茶を入れだした。ハーブの香りが僕の身体についた血の臭いを消してくれた。

「ピエロさん。今日はお疲れ様。」
そう言って手品師は僕にお茶の入ったカップを手渡してきた。サンタさんよりも上品な渡し方だった。

「あ、ありがとうございます。」
蚊の鳴くような声で応えた僕に、この手品師はサンタさん程ではないけど、優しい眼をして僕に微笑んだ。でもこの眼は…なんだろう?優しい…だけじゃない!少し…ううん、かなり暗い?

「どうしたの?…あっ!ごめんなさいお砂糖が必要だったわね。」
手品師の女性は僕が一口もお茶に口をつけずに彼女の眼をじっと見ていたのを、僕が砂糖が欲しいけど遠慮して言い出せないと取ったらしい。すぐさま角砂糖を取り出してそれを僕のお茶の中に入れた。…しかも五つも……
僕はこれ以上砂糖を入れられたら、本当にお茶が飲めなくなると思って一気にお茶を飲み干そうとしてむせ返る。案の定砂糖はカップの底で解け残っていて、その塊を僕は飲んでしまったみたい…

「ねぇ、ピエロさん。」
涙目になっている僕を見て手品師の女性は笑いを堪えながら、話し始める。この人はわざとやったのだろうか?僕は手品師を少し恨めしく思う。

「ここ…『ペールノエル』での生活は楽しい?」

「うん!もちろん。サンタさんは優しいし、勉強はちょっと嫌いだけど、サッカーや悪い子へのお仕置きなんてとっても楽しいよ!」
僕は、あれから一切お茶に手は出さずに話す。

「…そう。」
それに対して手品師は短くそう言っただけだった。僕はそれに気づかなかったんだけど、その時手品師の眼がよりいっそう暗くなったんだ。

「レミー。」

「えっ!?」
僕は手品師のその言葉に驚く。何故なら『ペールノエル』は完全な秘密主義のサンタさんの集団。メンバー同士はもし仕事で一緒になったりしても番号や通り名で呼び合うから、本名を知っているのはサンタさんだけのはず…なのに、なんで僕の名前をこの手品師は…

「あなたはまだ小さいから、やり直すことが出来るわ。いい、この『ペールノエル』はサンタの造った犯罪組織!あなたのやっていることは世の中を良くする為のお仕置きなんかじゃないわ。立派な犯罪、悪いことなのよ。」
手品師がお茶を飲み干しハーブの香りが消える。同時に僕の身体についている血の臭いが戻ってきた。

「…嘘だ。」

「…」
小さく呟く僕の声に手品師は反応しない。

「嘘だ!」
今度はさっきより大きく呟く。

「サンタさんは僕のお仕置きは良いことだって言ってた!サンタさんが僕に悪い事なんてさせるはずないんだ!サンタさんが嘘なんてつくはずないんだ!!」
僕は最後には叫ぶように言っていた。激しく頭を振った僕の涙が飛び散る。

ヒュッ…

一瞬の出来事だった。手品師は机の上に片足を乗せ僕の喉元にステッキを構えていた。

「ヒッ…」
手品師が、情けない声をあげ、目尻から涙を滴らせている僕の顎をステッキで小突き無理やり視線を上に向けさせる。
手品師と僕の視線が交わる。

「私はこの『ペールノエル』を抜けようと思ってるわ。あなたにもそれに付き合ってもらおうと思ってるの。」
手品師は徐々にステッキに込める力を強めていく。

「い、嫌だ!」
僕はそれでも必死に叫ぶ。

「フフ、強情ね。でも、あなたここで断ったらどうなるかぐらい分かるわよね?次にステッキから飛び出すのは、綺麗なお花ではないことは確かよ。」

「…」
僕は言葉が出なかった。僕、ここで死ぬのかなぁ?そう考えると突然恐ろしくなりギュッと目をつむった。

「明日の午前2時。仕事に出るふりをしてこの街の噴水の前までいらっしゃい。首尾よく面倒を見てあげるわ。」
しかし、手品師がそう言ったとき僕の頭に1つの考えが浮かんだ。これなら…
そこまで考えたところで、不意に顎にかかっていた力がなくなった。恐る恐る眼を開けると、手品師はステッキをしまい、カップを片付けていた。

「もうすぐサンタが帰ってくるわ。風呂は私が沸かしておいたから、あなたのサンタさんが作ってくれる最後の料理を食べる前にその身体を綺麗にしてらっしゃい。」
手品師は、一向に僕と目線を合わせることなく喋りきると、部屋を出て行こうとした。しかしそこで一度振り返り、未だに椅子に座ったままの僕と眼を合わせると、

「レミー、あなたはここにいたらいずれ死ぬわ。私はあなたを助けたいのよ。」
それだけ言うとスッと部屋から出て行った。その眼はとても優しかった。

________________________________________


「ただいま。」
数秒?いや、何分も経ってからかも知れない。サンタさんが帰ってきた。

「あら、レミー。早かったのね…」

「サンタさん!」
僕はサンタさんの言葉を遮り、椅子から立ち上がってサンタさんの元へと向かった。

「ど、どうしたの?レミー?」
サンタさんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
僕は伏せていた顔を上げる。僕は何故か笑っていた。狂ったように、まるでこの上もなく楽しいことがこのあと待っているかのように…

「サンタさん。ここに、『ペールノエル』に裏切り者がいますよ。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

母の温もり―五番目のピエロ(Ⅲ)―

mothy_悪ノP(http://piapro.jp/mothy)さんの五番目のピエロ(http://www.nicovideo.jp/watch/sm14639165)を二次創作満載で小説にさせて頂きました。
今回も好き放題やらせていただきました^^
たははは、僕の予想だと『七番目の手品師』はあの人なのでどうしてもハチャメチャになっちゃうんですよね。
なんだかとっても楽しかったです。


続きはこちら(http://piapro.jp/t/ifVj

閲覧数:737

投稿日:2011/07/03 11:58:38

文字数:2,710文字

カテゴリ:小説

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