その巨大な鉄の空洞は、地下格納庫、と呼ばれている。
この水面基地に配備されている航空機は、全てここから地上の射出カタパルトまで、エレベーターで持ち上げられ、そして発進する。
この基地はかつて存在していた旧興国が繰り返す領空侵犯に対処すべく建造されたため、スクランブル発進する戦闘機を一刻も早く空へ打ち上げるための設備が満載だ。その象徴ともいうべき存在が、この地下格納庫だという。
いや、ここで機体の整備や点検を行っているし、何より機体を置いておく場所はここしかないから、さしずめ、駐機場兼格納庫、と言ったところだろう。
だが、俺が目にしたのは一機のAWACSと、小型の観測機程度だ。
整備員の数も少なく、俺がいる位置から見えるのは、コンテナに腰掛け、クリップボードを眺めている一人だけだ。
「俺がいた頃は・・・・・・ここには大量の戦闘機が置いてあった。」
俺の前を歩く少佐が、どこか物悲しげな声で呟いた。
「F-15改二十機に、F-2十四機。それと、忘れちゃいけないのが、強化人間専用の特注機体、XF-49が四機。ここはかつて、そんな機体達のオイルの臭いと、陽気で時々馬鹿騒ぎを起こすような、けれども優秀な整備員どもの活気であふれていた。」
少佐は一息つき、ため息をつく。
「だが、八ヶ月前の事件で、すべてが壊れてしまった。」
「事件・・・・・・。」
俺は少佐の背を追いながら、その言葉を反芻した。
「どういう事情があったかは知らない。だが、とにかくそれは起きてしまった。さっきお前達に見せた、緑髪の少年、ミクオの仕業でな。」
「・・・・・・。」
少佐の言葉に、俺は黙って頷く。
「数百機に及ぶアンドロイド達と、強化人間が搭乗した三機の戦闘機。それがこの基地に襲い掛かった。それだけでなく、ミクオの支配下だった空中空母、ストラトスフィアがここから数十キロほど離れた首都、水面都に突っ込もうとしていた・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「無論戦闘機パイロットは勿論、地対空ミサイルや対空機銃で応戦するために、最低限の訓練しか受けていない整備員までもが防衛戦闘に駆り出され、そして、死んだ。たった六人を残して・・・・・・。」
少佐の言葉には、当事者として、俺に語りかけてくるものがある。
だが、俺には今一実感の湧かない話だ。
「その中の一人に、ミクがいる。」
「ミクが・・・・・・FA-1として?」
ミクの名が出たことに、俺は無意識に反応していた。
少佐は静かに、鼻で笑った。
「FA-1・・・・・・確かに、彼女のコールサインはそれだった。だがこの基地の目玉だった、強化人間で構成された最強部隊、ソード隊に配属されてから、彼女のコールサインはソード5。五番目の黒い剣。それが彼女に与えられた、空での名だ。」
ソード5・・・・・・。
あの雑音ミクがかつてこの基地に配備された頃は、そんな名があったのか。
彼女もまた、専用のアーマーフライトスーツと飛行用ウィングで、大空に羽ばたいていたのだろう。
「ここだ。ここを上がってくれ。」
そう言い、少佐は格納庫の天井近くまで伸びる階段の前で、足を止めた。
「彼女の羽ばたく姿は、何とも美しかった・・・・・・スーツに包まれ、ウィングを折りたたんだ彼女が、エレベーターでカタパルトへ上げられる時、何人かの整備員は、その勇姿に目を奪われた・・・・・・そんな彼らは、ミクのことをこう呼んだ、ブラック・エンジェルと。」
もはや、独り言のような物言いで、少佐は呟いた。
それから少佐は一度口を閉じ、無言のまま、その階段を上がりきった。
そこには、小さな鉄の扉が、忘れられたようにあるだけだ。
「潮風がきついかも知れんな・・・・・・。」
そういいながら、少佐は扉を押し開けた。
一瞬、押さえつけるような風圧が飛び込んできたが、その中に出ると、生暖かい風が、空中をたゆたうように、俺の頬に触れる。
「どうだ。ここなら丁度いいだろう。」
「・・・・・・まぁ、快適といえば、そうだな。」
そこは、見たところ基地の外周通路だ。
目の前には、顔を出したばかりの月が果てしなく広がる海原を煌かせている。
喫煙所に案内を頼んだものの、まさかこんな場所になるとは。
俺がバックパックから煙草を取り出すと、少佐は月明かりで光る手摺りにもたれ掛かり、その様子を見つめている。
「・・・・・・少佐。」
「ん?」
「聞かせてくれ。さっきの話の続きを。」
少佐はため息をつくかのように、鼻で笑った。
俺は火の灯った煙草を咥え、少佐同様手摺にもたれ掛かる。
「そうだったな・・・・・・あの事件でミクオは一度破壊され、こちら側にも多くの犠牲を払った。その中には、キク、ワラ、ヤミもいたはずだった。」
「だが、彼女達は・・・。」
「そうだ・・・・・・現に今、ここで生きている。当時の記憶を持ったまま。」
一度破壊されたはずの彼女達が、修復され、生きている。
それは全て、あの網走智貴の仕業なのだろう。
現にあの男は、そう言っていた。
「理由こそ分からないが、俺としては再び彼女達に出会えたことが嬉しい。」
「・・・・・・。」
少佐に背を向け、俺は一度、発声用の人工肺に吸い込んだ煙を吐き出した。
「ところで少佐、ミクはどうして軍を離れたんだ?」
「ミクか。あの事件が起こる前、元々性能評価のためにこの基地に配備されていたミクは、ある程度の戦闘をこなすことでその役目を終えた。だから、クリプトンから彼女を軍から移転させるように命じたのさ。で、直後に事件が起こり、生き残った彼女は命令どおり、軍を離れた。」
「そして、ボーカロイドに?」
少佐は意外な表情で俺に振り向いた。
「知っているのか?」
「今日の任務中、施設内でミクの姿が載っている雑誌を見つけたんだ。結構な歌姫らしいじゃないか。」
「そうか・・・・・・そうだな・・・・・・確かに、彼女の歌う姿もまた、美しかった。」
少佐は姿勢を変え、暗闇の虚空に佇む月を見上げた。
「デカい月だな・・・・・・。」
「・・・・・・。」
少佐の言うとおり、この月はなんと巨大なのだろう。
こんなに月が大きくなったのは、理由があることを知っている。
今から二十年ほど前、この日本の西側に巨大な隕石が落下した。
当然、西日本側の殆どは建物も人も全て吹き飛ばされ、何もかもが灰燼に帰した惨劇だったという。
しかも、その衝撃で地球の位置が緩やかに移動し始め、僅か二十年で、月に向け一気に急接近したという説がある。
そのうち地球の引力に引き寄せられ、挙句の果てには衝突するかも知れないが、まぁその時はその時だ。
ふと、少佐の視線が月から背けられ、通路の遥か先へと向けられた。
その先には、大きい人影と、小さい人影が寄り添い、二人分の足音を立てながら、こちらに近づいてくる。
「タイト・・・・・・!それに、キクも一緒か。夜のお散歩か?」
「そんなところさ・・・・・・。」
月明かりに照らされ、二人の姿が合われた。
戦闘服からボディアーマーを脱いだタイトは、相変わらずボディスーツのままのキクの手を握っている。
俺は、タイトの右目に包帯が巻かれていることに気がついた。
「怪我はもういいのか?」
「ああ。」
少佐が手摺から離れ、二人の前に立つ。
そして、タイトの方に、両手を添えた。
「タイト・・・・・・よく生きていてくれた。」
「・・・・・・ああ。」
どうやらタイト自身も、戦闘で一度命を落とした身らしい。
「そうだ・・・・・・今デルと昔話をしていたところなんだ。お前も、ちょっと今までのことを、俺とデルに話してくれないか。」
「・・・・・・分かった。いいだろう。」
タイトは何気なく陽気に受け答えると、キクを抱き、そのまま手摺にもたれ掛かった。
俺と少佐を見、静かに息を吸い込む。
「今から八ヶ月前の2020年、9月19日。空軍に所属していた俺はその日、ある運命的な任務を任された。だが任務は、成功し得なかった。ある思いがけない事件によって、俺は任務を達成しきれずに・・・・・・。生死の境を、彷徨った。」
SUCCESSORs OF JIHAD 第四十一話「月の下で」前編
宿題が多いよ・・・・・・。
「飛行用ウィング」【架空】
戦闘用アンドロイドが空中でも戦闘できるように開発された新機軸装備。
戦闘機のような翼ではなく、鳥類の中でも飛行能力に優れた、猛禽類の翼を再現した形状で、フラップなどはなく、人工筋肉を伸縮させて空中機動を行う。
この翼は航空力学に優れ、自由自在の形状に稼動させることが出来るため、当然あらゆる航空機より機動性能は上回る。
表面はチタンアルミナイドと、クリプトンが開発した新型複合金属、ピアニウムが多く使用され、重装甲に軽量化を実現。重機関銃の弾丸である12.7mmにすら耐えうることが出来るため、弾丸から身を護るための防護盾にもなる。
超高出力ターボジェットエンジンを六基搭載し、最高速度はマッハ3.2まで達する性能を持つが、特筆すべきはその加速性能と、アフターバーナー未使用で音速に達するスーパークルーズ性能だろう。
エンジン点火後から僅か二十秒以内に離陸できる上に、時速八百キロで飛行中にも関わらず直角に旋回しUターンするなど、数々の驚異的な空中機動が可能であり、もはや航空機とは別次元の戦闘機体と言っても過言ではないだろう。
2019年に、空軍実験基地の飛行実験においてFA-1のコールサインを持つアンドロイドが、初飛行にも拘らずその性能を余すことなく引き出した。
現在は量産化が進んでいるものの、アンドロイドの装備の中でも跳びぬけて値段が高い装備であることは間違いなく、採用されている部隊はごく一部に限られる。
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