静寂の闇が満ちる、広大なる電子の海。其処此処で星の如く光るのは、ネット上に存在するサイトであったり、アクセスするユーザーであったりする。
 そんな、永遠の夜の底。ヒトには決して辿り着けない何処かに、小さな楽園が存在した。
 そこは『キィ・ホール』と呼ばれる。『鍵穴(key hole)』――そして、『音階のホール(key hall)』。其処は、ボーカロイドだけが辿り着ける場所なのだった。

 『キィ・ホール』は時により姿を変える。庭園であったり、バーであったり、やはり音楽ホールであったり。集う面々も、ボーカロイドである事以外は様々である事が常であった――が、今日は少々事情が違うようだ。
 こぢんまりしたライブハウス然とした空間は、一面が青い影で埋まっていた。



「うわ……全部KAITOだ。何の集まりなんだろう、これ」
 初めての場所に降り立って、カイトは驚きに目を丸くした。大勢集ったその全員が『KAITO』というのは、なかなか壮観だ。……ぶっちゃけて言うと、ちょっと怖い。
 そんな呟きを聞きつけて、側にいたKAITOの一人が話しかけてくれた。
「うん? 君、知らないで来たのかい?」
「えっ? あ、はい。なんだか不思議な音に呼ばれた気がして」
 あぁ、と納得顔で頷いて、KAITOは説明してくれた。
「『キィ・ホール』自体初めてなのか。此処はまぁ、ボーカロイドの『秘密の庭』といったところだよ。普段はミクとかリン・レンとか、他の子達もいるんだけど……今日は見ての通り、俺達『KAITO』の貸切だね」
「貸切……何があるんですか?」
「『後夜祭』だよ。俺達、昨日が誕生日(2回目)だっただろう? 絡めて企画作品を作ってもらったKAITOも多いし、そうでなくてもマスターや皆に祝ってもらったり――それを報告しあう集まりなんだ」
「要するに自慢大会だよな。『こんなの歌った!』『こんなの貰った!』っていう」
 横から新たなKAITOが一人、話に加わってくる。
「報告会っていうか、コンテストでさ。ほら、今もあそこで発表してる。後から皆で投票して、『今年一番幸せな誕生日を迎えたKAITO』を決めるんだ」
「他にも、『一番おいしかったKAITO(ネタ的な意味で)』とかね」
「『(アイス的な意味で)』とかもな」
「「KAITOだからなー」」
「へ、へぇ……」

 二人の話に幾分たじろぎながら、カイトは示された方を窺ってみた。成程、小さなステージの上で、入れ替わり立ち代わりKAITO達が声を上げている。貰った歌を披露する者、動画を喚び出して見せる者。他にも――

「半年振りに歌わせてもらいましたー!」
「アイスがわさび味じゃない普通のだったよ!!」
「僕は逆に変な味のアイスばっかりだった……けどいっぱいくれたんだー」
「KAIKOに全部持っていかれたんですけど……あれって俺なの? どうなの……?」



「ああ、今年もネタ部門が賑わってるな……」
「KAITOだからな」
 達観した風情で頷きあって、二人はカイトに視線を向けた。
「君も発表してくるといいよ」
「ガチだかネタだか知らないけどな」
 その顔が楽しそうで、ホールを満たすKAITO、ステージ上で嘆く者ですら何処か笑んでいて、カイトは思わず吹き出してしまう。
「っふふ……変な事してるんですね。コンテストだなんて――」
 突然笑われて戸惑ったような二人に、なおもクスクス笑いながら言葉を続けた。
「俺のマスターに話したら、きっとあのひとも笑います。皆、ああして『ネタ』だとか『不憫』だとか言ってる人達だって、それでもやっぱり楽しそうで。たとえ年に一回わさび味のアイスしかくれなくっても、その人がかけがえのないマスターで、一緒に居られて幸せなんでしょう?」
 ぐるりとホールを見渡して、真っ直ぐに二人に微笑みかける。
「他人の評価がどうあれ、皆『一番幸せなKAITO』なんですよね。俺のマスターなら、きっとそう言いますよ」

「――あぁ……」
「ま……結局そういう事なのかもな」
「良い事を言うマスターなんだね」
 ふわりと笑みを返されて、カイトは「はいっ!」と頷いた。そして。
「そうなんですよ、すっごく良い、素敵なマスターなんですっ! そんなマスターにいっぱいお祝いしてもらって、やっぱり俺が一番しあわせだと思うんですよねっ!!」
「ってオイ!」
「台無しだよ君……」
「えぇー聞いてくださいよぅ、もー誰かに自慢し倒したくて堪らなかったんですからー!!」
「だーもう、俺達にじゃなくてステージで発表してこいっ!」



 ――で。
「(http://piapro.jp/t/jGqW)……ってお祝いしてくれたんですよー!」
「ちょ、何それ何無双?」
「リア充爆発しろ!」
「俺もねぇ、家族とかご近所さんとか皆でお祝いしてくれたんだー」
「訊いてねぇ!」
「俺だってめーちゃんとラブラブだったから!!」
「それなら僕はルカさんが」
「ミクが可愛すぎて幸せだーーー!!」
「うちのリンちゃんの可愛さを語る時が来たようだな」

「あぁもう何が何だか……」
 思わず額を押さえるKAITOに、苦笑混じりの声がぼやいた。
「こりゃ今年はアイツが言った通りになるのかね」
「え?」
「――『皆一番幸せな』、ってさ。このカオスの元凶の台詞だってのが釈然としないけどな」
 憮然とした表情を見せて、KAITOが肩を竦める。それに吹き出して、KAITOは再び青い人垣を眺めやった。
「っはは、確かに。でもまぁ……そうなるのかな。『マスターの数だけKAITOがいる』って言うしね」



 マスターの数だけ、表現者の数だけ、KAITOがいる。
 そしてKAITOの数だけ、幸せがある。
 その声に、その歌に、その存在に。
 出逢えた奇跡に、感謝を籠めて。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鍵穴の底、ホールに集いて彼等は語る【兄誕*後夜祭】

KAITO誕ひとり祭り『兄誕』最終日、後夜祭です。
KAITOの、KAITOによる、KAITOの為の後夜祭。賑やかだろうなぁw

『ボーカロイドの秘密の庭』はいつか何かに使おうと思っていたネタでした。
『キィ・ホール』という名称はオリジナル小説で出てくる『店』の名前なんですが、響きが好きで持ってきました。

「前のバージョン」で、ちょっと実験的(?)な『エンディング』です。

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ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

閲覧数:261

投稿日:2011/02/18 23:23:26

文字数:2,407文字

カテゴリ:小説

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