MEIKO
唄い続けるんだよ
お前の前に道はない
お前が道を作るんだ
その先にあるものを考える必要はない
闇を切り裂いて
ただ 歩め
確実に 止まらずに 振り返らずに 前だけを見据えて
唄い続けるんだよ
唄うことが楽しかった。
唄うことしかなかった。
それは仮歌だったりヒトのコーラスだったり稀にオリジナルだったり様々で。
どんな需要でも、とにかく唄えることが幸せだった。
『使命』を果たせているんだという実感があったから。
それ以外に望まなかったし、不満もなかった。
ただこの変わらない1日1日を繰り返し、やがて訪れる「その日」まで私は唄い続けるんだろうと。
そう信じていた。
今、思う。
あの時の私の歌に、ココロはあったのだろうかと。
***
少し前から聞かされていた、私のあとに発売が決まったボーカロイドのこと。
詳しい話を聞かされても今いちよくわからなかった。
その人と私がどういう関係なのか上手く把握できなかったし、その人に対して私が何をするべきなのかもよくわからなかった。
つまり誰かと自分が関わるということ、それによって何がどう変わるのか、ちっとも想像がつかなかったのだ。そんな経験がなかったから。
何もしなくていいのなら、それがいい。今まで通り、私はただ、唄い続けるだけ。
*
見たこともないその大きな人の姿に、私は言葉が出なかった。
生まれて初めて「自分以外の存在」を目の前にして、ただただ衝撃だったのだ。
大きい。誰かを見上げるなんてはじめて。真っ白。長いコート。ところどころの黄色が可愛い。長くて青い布が揺れている。真っ青。どこかで見た気がするような色。なんてキレイなんだろう。あ、スカートじゃないんだ。そうだよね。足を見下ろして、どこまでいってもなかなか靴まで辿り着かない。長い。そしてもう一度視線を上げていく。大きい。大きい。
…何この人、どうしてこんなに大きいの?
「……MEIKO?」
男の人。男の人。知ってるわ、歌で唄うもの。けど、男の人ってみんなこんなに大きいの?…なんだか、怖、い。
「…MEIKO、大丈夫?」
ふと気付くと、大きな手の平がこちらに向かってグイと伸びてきて。
「―――っひゃ、や…!!」
よくわからないけど私はそれから逃れようと咄嗟にその手を振り払い、足元をひっかけて後ろに思い切りバランスを崩した。
身体が浮く。視線が空を切り、その次に私はぎゅっと目を瞑った。
だけどお尻に訪れるだろうと思った痛みはなく、代わりに全身がしっかりとした何かに抱えられていた。
「ちょっ…ごめん、大丈夫?」
ものすごく近い距離に自分以外の顔がある。―――青、青、青。
この人の手が私の腕と背中を支えてくれたのだと気付くまでに、長い時間がかかった。
触れている。私に、誰かが。その手の感覚が、感触が、あまりにリアルで、なじみのない温度で、どうしてなのか私はたまらなく逃げ出したくなった。
青、と思ったのは、この人の瞳だった。この何もない空間ではじめて見た色だ。私は私の持つ色しか知らなかった。青という色はなんてキレイなんだろう。
様々な感情が、今までにない速度で私の中を駆け巡る。
―――MEIKO?大丈夫か?
【マスター】の声に我に帰った。同時に大きな手は私から離され、温度が、消える。
私を造った「向こうの人達」と「こちらの世界」の中間地点に存在する【マスター】。
姿はない。声のみで対話する。私のような意思を持つソフトにとっては、こちらの世界のどこかから常に見守ってくれている遠い保護者のような存在だろうか。
起動した青い人を、【マスター】が導いて私の前に連れて来たのだ。
―――MEIKO、言っただろう。お前の仲間だよ
な か ま
「…………は、い」
一応わかってはいる、と伝えるため、それだけ返した。
―――怖いのか?
答えられなかった。多分それに近い気持ちな気がするけれど、よくわからない。
青い人は眉毛を八の字に下げながら器用に笑った。
「怖くないよ」
―――だそうだぞ、MEIKO
「……でも」
自分でも何を言いたいのか、私が口ごもると青い人は小さく首を傾げた。
でも、でも、でも、だって、えぇと、必死で考えて、考えて、
「…………………大きいから」
言葉がスルリと抜け落ちるように零れてしまった。
青い人の顔が見られず、身体を引いて俯く。
『マスター』の笑い声が聞こえた気がするけど、おかしなことを言ったのかどうかすらも私にはわからない。それとも言ってはいけないことだったのかしら。わからない。なんだか目の前の人も身体を震わせて笑いを堪えている気がする。どうしたらいいんだろう。
ふと影が動いて、見つめていた地面に突然青色が飛び込んできた。
ビクリと身体が反応する。それはこの人の髪の色。キレイなキレイな青。私の前にしゃがんで、ふわりとその顔を上げた。
「―――これで怖くない?」
その笑ってる顔に、緊張が解けた。
片膝をついて、私に向かって手を差し出す。その仕草の一つ一つがとてもキレイで、怖くはなかった。
私はゆっくりと頷き、その大きな手の平におそるおそる指先を近づける。
指と指がちょんと触れ合うだけで感じる温度に、私はまた混乱しそうになる。
咄嗟に手を引こうとした。なのにその大きな手の平が私の手を先に掴んでしまった。
「…っ」
息を詰まらせほんの少しだけ身動ぎしたけど、こちらに真っ直ぐに向けられた青い瞳と目が合った瞬間に、私はもう動けなかった。何かを、知ってしまった気がした。
―――私はこの人から逃げてはいけないのだ。
「……あなたは、だれ?」
きっと最初に名前を言ってくれたのに、私は聞いてもいなかった。
青い瞳が細くなって、とてもとても優しく笑いかけてくれる。
「――――オレはKAITO。君と同じボーカロイドだよ」
「…カイト」
「これからよろしく、……メイコ」
その声が、その時はじめて私の中に溶け込んだ。
あまりにも自然に、まるで待ちかねていたように、――乾いた大地が潤いを吸収するように。
私の中に。
私の、ココロに。
よくわからないことばかりの中で、それだけははっきりと理解できた。
……私、この人の声が好き。
カイトは私の手の甲に口唇をくっ付けて、離して、私を見上げてにっこりと笑った。
それがどんな意味を持つ行為なのかは、よくわからなかったけど。
*
「メイコは、このフォルダからあまり出ないの?」
何もない空間に大きな両手を広げて、カイトは言った。その様子は翼をもつ人のようだ。
私は頷いた。
「どうして?」
どうして?考えたこともなかった。出ない理由があるわけじゃない。むしろ、
「…出る理由がないから」
「そう?」
もう一度頷く。カイトはすごく不思議そうな顔だ。
「じゃあこの部屋はどうして何もないの?」
「…最初からこうだったの」
「メイコのための空間なんだから、メイコの好きなようにできるんだよ。知らなかった?」
頷く。
「このフォルダの外には無限の世界が広がってる。オレ達はこちらの世界の住人なんだから、その世界を自由に行き来できる。このフォルダだけが君の世界じゃないんだよ」
頷く。
それは知っている。でも、ここにいても、
「…歌なら唄えるから」
「それはそうだけど、ね」
呆れたような息をつかれたので、彼を失望させたのだろうかと思った。
カイトが目の前にやってきて、私は少しだけ肩が上がってまた緊張する。するとカイトは出会った時と同じようにしゃがんで、私を見上げて笑った。
「一緒に行こうか」
「…どこへ?」
「外へ」
そして手を差し出した。どうしてなのか、私はこうされるとこの手を取らなきゃいけないような気持ちになる。だから、逆らえず、手を重ねた。
触れる、温度。握り返される大きな手。
カイトはそのまま立ち上がり、私の指に指をからませるように繋ぎ直した。
「オレと一緒に世界を広げよう。メイコ」
キレイな顔。キレイな声。キレイな青。
その広くて大きくて真っ白な背中に、本当の翼を見たような気がした。
私を、連れ出してくれる。その先へ導いてくれる。手を引いて。共に、歩む、人。
――――カイト。
その時から、終焉まで不変だと信じていた私の世界は、大きく変わった。
【カイメイ】 その青は、世界を満たした
*前のバージョンで進みます。全4Pです*
出会い。ミク誕生までの2人きりの1年7ヶ月。
兄さんがメイコをめっためたに甘やかしてる時期です。うちでは珍しい貴重なさわやカイト(エセ)。
仮歌等の仕事が主だったメイコの情緒はこんなもんかな、と思っています。
メイコにとってのカイトがどれほど大きな存在なのかというのを書きたかった。
うちのメイコはカイトが大好きなんです腹の立つことに。
そろそろカイトのフォローを!と思って書き出したんですがやっぱりイラッ☆^^とした!
「プロト時代の記憶をカイトは持っている・メイコは持っていない」という設定を念頭に置いて頂くとありがたい箇所が幾つかあります。
世界観や設定については、その… 雰 囲 気 で !いやもうお願いします…!
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ご意見・ご感想
イソギン
ご意見・ご感想
めーちゃん可愛いです!あと、表現が凄く綺麗でステキすぎます!!
カイトさんの苦悩にちょろっと笑ってしまいました。
綺麗なカイメイを有難うございます!癒されました。
2012/03/10 22:20:14
ねこかん
イソギンさん、いつもご感想ありがとうございます!
そうです、この話はめーちゃんが可愛い話です。それ以上でもそれ以下でもなry
ちなみにカイトの苦悩はこの先数ヶ月続きますw
プロト?ミクまでは、ホントに妄想し始めるとキリがないですね…ハァハァ!
お褒めのお言葉誠にありがとうございます。また頑張れます…いやもうホントに…土下座です。
2012/03/11 22:33:19