そっと、もっと、ずっと。~Happy Birth Day~
「ハッピーバースディ!リン、レン」
レッスンルームに入ると、いきなりパーンという破裂音とヒラヒラとした紙吹雪が舞い落ちた。
驚いて呆然とする僕の横で、リンの弾けた声がする。
「うわ~!ありがとう、ミク、メイちゃん、KAITO、マスター!」
部屋の中にいたのは、同じボーカロイドとして生を受けた仲間と、そんな僕らを育て上げていくマスター。
僕らはボーカロイド。
ロボットでも、人間でもないけど、ヒトに作り出された、歌うヒト。
別々の場所で作られた僕らが、こうしてマスターの元へ集まったのは数ヶ月前。
こんなサプライズ初めてだった。
いつも殺風景なつくりなのに、今日は飾り付けられて、テーブルにはケーキやご馳走がならんでいる。昨日、どうもミクがそわそわしていると思ったら、こんなことを考えていたのか……。
「レン!」
あまりの突然なできごとに呆然と、僕はリンが呼んでいるのに気づかずにいた。
「あ、ああ、なに?」
「何って……レン驚きすぎ。ちゃんとお礼いいなさいよ」
リンは僕の双子の姉だ。
いつもは僕のほうがしっかりしているけれど、人付き合いや人懐っこさはリンのが上だなと思う。
「あ、ありがとう。みんな」
にっこり笑ってそういうと、ミクが喜んで僕とリンを抱きしめた。
「あ~!めでたい日ですねー。今日はマスターが休暇をくれたから、みんなでいーっぱい遊ぼう~」
「え……」
「わーい!とりあえずケーキ、ケーキ~」
戸惑う僕をおいて、バースディパテーィが進められていく。
嬉しくない……わけじゃない。
ただ、うん、僕にとって、ううん、僕らにとって、2人っきりじゃない誕生日は初めてだったから。
僕らはボーカロイドの中唯一の双子で、生まれてからずっと2人だった。
僕にはリンのことが全部わかっていたし、リンには僕の思いが全部伝わっていた。
いきなり仲間がいることを知らされて、集められ、集団生活を送るようになって、僕はまだ戸惑う気持ちを抑えられないでいる。
いや、みんなでいるのはいいんだ。楽しいから。
ミクも、メイコもKAITOも、みんなみんな僕らを温かく迎えてくれた。
そうじゃない。そうじゃないんだ、きっと。
僕は、僕だけのリンだったのが、そうじゃなくなっていくのが、怖いんだ。
本当、小さい男だ。
「さ、2人とも目を瞑って!」
ケーキの上のロウソクに火が灯され、部屋の電気が唐突に消された。
リンは少しドキドキしているのか、温かくなった手で僕の手を握った。
双子といえど、僕は男なのに、まだリンの手を包めるほど大きくならない自分の手にヤキモキする。
この手が大きくなったら、僕はリンのすべてを守れるかな。
リンは僕を、男してみてくれるだろうか。
違うくなっていくことへの恐怖もある。
けれど、違うくなりたい欲求もある。
マスターはそんな僕に笑って、人間の14歳くらいが必ずかかる麻疹みたいなもんだよ、って言った。
じゃあ、リンもこんな風に思っているんだろうか。
最近、僕はリンの気持ちがときどき読めなくなってきているから、わからないけれど。
「はい、目あけて。リン、レン」
メイコの声とともに開けた目の前には、大きな箱が2つ。
ミクは僕に、KAITOはリンにその箱を差し出した。
「さ、あけてごらん。リン」
「えー!何、何~!!ありがとー、KAITO」
リンの声が明るく弾んだ。
「ほら、レンも開けてみて」
押し付けられるようにしてようやく、僕はその箱に手を伸ばす。
綺麗にラッピングされたプレゼント。
リンがはしゃぐのも無理はない。
それは僕らにとって人生で始めてもらう、プレゼント、だった。
「きゃー、素敵―!!ありがとう。大切に着るね」
リンにプレゼントされたのは黄色いワンピース。僕には黄色いスーツだった。
「みんなで選んで買ってきたんだよ」
「気に入ってもらえたら嬉しいな」
「結構高いんだから、大切にしてね」
3人3様のコメントに、リンは嬉しそうに1人1人にお礼を言っている。
「あ、ありがとう」
僕は複雑な気持ちを抱えながら、努めて笑顔で、そのプレゼントを胸に抱いた。
パーティが終盤に差し掛かって、泥酔しているメイコと、泣き上戸と化したKAITOを横目に(僕らはジュースしか飲んでません)、マスターが僕とリンを呼び出した。
「誕生日おめでとう。君たちはこの1年、よくがんばったね」
「ありがとうございます、マスター」
「これは、これからの1年を祝して、かな」
渡されたのは、数本のデモテープとたくさんの楽譜。
普段曲が出来た時は、1本のデモテープと楽譜を1曲分渡される。
こんなにいっきにたくさんもらったのは、たぶん自称ボーカロイドナンバーワンアイドル、初音ミクでもないはずだ。
「な、何これ~!」
リンもびっくりしてマスターに問い詰める。
「誕生日記念にたくさんの人が、君たちに歌ってほしい歌を作ってくれたんだよ。明日から忙しくなるからね」
たくさんの曲たちを見つめながら、リンがきらきらしてる。
今日のリンはいつもみたいに、ちょっと理不尽な我侭言ったりもせず、ずーっとニコニコしてて、その笑顔に僕は嬉しくなったり、傷ついたりする。
リンはもう、僕なんていらないんじゃないかな……。
たくさんの曲の中から1つを聴きながら、僕はテラスでプレゼントを抱え夕日を見ていた。
そんな僕の背中を叩いたのは、
「何してんのよ、レンってば」
リンだった。
「何って……曲聴いてた。メイコとKAITOは帰ったんだろ」
「ミクとマスターが家まで送ってった。大人ってやーねー。お酒に溺れちゃって」
酒だ、酒だと騒ぐメイコが、それでなくても露出の高い服を着ているくせに、脱ぎそうになって、必死でみんなで止めながら、ぐだぐだにパーティは解散ムードになっていた。
KAITOはKAITOでアイスクリーム革命するのだ、と叫んでアイスを食べまくっていた。
あの中で平穏にニコニコしていたミクが、1番つわものかもしれないけれど。
「レンさ、無理してたでしょ」
リンの突然の言葉に、僕はドキッとする。
「な、なんだよ……急に」
「わかるよ。だって、双子だもん」
リンは僕の隣に腰を下ろすと、僕の耳のイヤホンをとって自分の耳につけた。
同じ音が僕らの中に流れ始める。
リンから香ってくる甘い、甘い、優しい香りに、僕はドキッとする。
僕が男になるように、リンは女になるんだろうか。
「みんなと過ごすのもいいけど、たまに疲れちゃうよね」
これは嘘だと思った。
リンは、大勢の人たちの中にいることを、苦痛に思ったことはないだろう。
リンの優しい、優しい、初めての嘘。
「そうだね」
僕はあいまいに相槌を打つ。
夕日がかげり、1番星が空に輝き始めた。
リンは僕の肩に頭を委ね、その星を見つめながら呟いた。
「レンと一緒だから、だよ」
「え」
「みんなと一緒が楽しいのも、みんなと一緒じゃなくても楽しいのも。レンと一緒だからだよ」
リンは僕の手をぎゅっと握った。
その手は誰よりも強く、優しく、清らかで。
不安は常にある。
胸を締め付けるような思いもする。
僕たちはいつも迷ったり、悩んだり、するだろう。
「ごめん、僕……なにも、プレゼントとか、リンに準備してなくて」
無力な僕。
二人きりでいることに、溺れていた僕。
プレゼントをあげられるみんなに嫉妬した。こんな僕らを育てられるマスターに嫉妬した。こんな素敵な曲を作ったり、書けたりする人たちに嫉妬した。
そんなことを呟いた僕を、リンは鮮やかな笑顔で笑った。
「いらないよ。プレゼントなんて」
リンは僕のことをまっすぐに見て、言った。
「一緒に生まれてくれて……ありがと」
いつも、いつも僕の1番欲しい言葉をくれる……。
例え、思っている気持ちにズレはあったとしても。
僕たちは変わっていく。
僕たちの意思とは裏腹に。
だけど、変わらないものもあるんだ。
伝わる気持ちは変わらない。
「僕も……リンと一緒でよかった」
男のくせに泣きそうになって、星を眺める振りして上を向いた。
「ばかねぇ、レンってば」
僕たちは2つで1つで、1つが2つ。
新しい音楽が僕らの耳を満たし、心を、感情を育てていく。
僕たちは音楽で成長するヒト。
「また1年よろしくね、リン」
「うん、がんばろうね。レン」
まだ僕らは、大人になれない。なりきれない。なりたくない。
ゆっくりなればいんだ。
そのとき、何が、待ち受けているかなんて。
僕らはまだ、知らなくていいんだ。
「ミクとマスター帰ってきたら、観覧車、乗りに行こうか」
そういった僕に、リンは最高の笑顔で笑った。
完
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