第五章 祖国奪回 パート5
帝国軍に、混乱が広がった。
そもそも城門がこれほど簡単に抜かれるなど、帝国軍の誰ひとり想定していなかったのである。そして、帝国軍の構成も不運を呼んだ。上意下達を徹底することで精強な軍を確保していた帝国軍ではあるが、予想の範疇外で次々と発生する事態に対応しきれず、城内に乱入した赤騎士団に次々と各個撃破される羽目になったのである。その状況をしかし、シューマッハはただ傍観していた訳ではなかった。どこから反乱軍が降って湧いたものか見当はつかなかったものの、東門を攻めるロックバードとの合流を目的としていることは一目瞭然であった。ならば、とシューマッハが結論を出そうとした時、その男が執務室に乱入したのである。
ハンザであった。
「ハンザ少将、持ち場は?」
「そのような余裕はありますまい」
ハンザはそう言うと、執務室の大窓を指さした。消火もままならず、未だに灰色の煙が至る所で立ち上っている。直後に爆発音が響き、びりびりとガラスが震えた。
「最早一刻の猶予もございませぬ。東門を内から攻められればいかに我が帝国軍の精鋭とも言えど持ちこたえられませんぞ」
「分かっておる」
「ならば、全兵力を東門に集中されますよう。どうやら既に西門が破られ、赤騎士団が城内に乱入した模様。手をこまねいていれば瞬く間に東門が破られましょう。そうなればもう持ちこたえられませぬ」
苦々しく、シューマッハが顔をゆがめた。
「他に、方策はございませぬ」
「ならば、ハンザ少将よ。この天主の守りだけを残し、手薄の北門と西門の兵を東門へと向かわせよ。犠牲は厭わぬ、赤騎士団を封じよ」
「御意」
ハンザは嬉々として答えると、颯爽と立ち去った。ふぅ、とシューマッハの口から溜息が漏れる。
「若いのう」
その言葉には、どこか羨望が溢れていた。
「レン様、配置が変わりました」
次々と湧きでてくる帝国軍を打ち払いながら、メイコが言った。
「どんな風に?」
リンの剣が鋭く敵兵を切り裂く。鮮血が溢れ、陽光に輝いた。
「東門に兵力を集中させる模様です」
「予定どおりね。こちらは何人ついて来ている?」
「脱落者はほぼおりません。千は残っているかと」
「あんまり、長引かせたくはないわ」
馬蹄が響く。強い風がリンの髪をばさばさと薙いだ。
「では、シューマッハを」
「ええ、ぎりぎりまで東門の攻撃に向かうと思わせておくのが肝要だけれど」
「無論です」
メイコはそう言うと剣を天に掲げた。
「行くぞ、目標はシューマッハただ一人!」
その号令で赤騎士団はまるでひと固まりの獣のように帝国軍に牙を剥いた。アレクが敵兵へと叫ぶ。投降を呼びかけているのだ。既に旧黄の国の兵士を中心に離反が相次いでいた。既にその数は五百を越える。やむを得ぬ事情から帝国へと下った彼らであったが、レンとロックバードの名にその魂を心の芯から震わせたのである。
「リン様」
アレクが言った。東門を一度攻撃し、その意思を示してから天主へと向けて大反転を行う。その直前のことである。
「おそらく、城内にも我らの味方は存在すると思われます。混乱を助長し、その隙にシューマッハを討ちましょう」
「そうね、ジョンも手助けしてくれるでしょうし」
ジョンとは旧黄の国の料理長である。彼もまた、未だに黄の国への忠誠を誓う忠臣であった」
「彼には結婚と出産の報告をしなければ」
アレクが軽い笑みを見せた。
「なら、全員無事に帰還しないとね」
「仰せのままに」
既に、東門は眼前に迫っていた。急造の編成らしく、若干の混乱がみられるが数だけはやたらと多い。
「全軍を集めたみたいね」
「寧ろ好都合です」
メイコが言った。うん、とリンが頷く。
「さあ、手筈通り行くわ! アレク、それからシルバ、あなたたちの踏んばりにかかっているからね!」
御意! と二人が叫び、槍を掲げた。先頭はアレクとシルバ、そして赤騎士団から選りすぐった三百名。この三百名で、恐らく三千はいるだろう帝国兵を引きつける。それが二人の役割であった。
「突貫!」
アレクの槍が敵兵に突き刺さる。すぐに反撃、乱戦となる。前方で自ら剣を振るうハンザの姿が見えた。片目には眼帯、リンに撃たれた痕だろう。本当、あの人も諦めないわね、と溜息をつきながらリンは自らの愛馬を反転させた。
「メイコ、ウェッジ、セリス」
リンが言った。
「全員で、帰りましょう」
はい、とセリスが笑い、メイコが御意、と頷き、ウェッジが腕が鳴る、とほくそ笑んだ。既に天主への道は切り開かれている。ルカとグミの撹乱部隊とも天主で落ち合う手筈だった。視界にルカとグミの姿が映る。空間がゆがみ、天主の扉が切り裂かれた。ルカのエクスカリバーである。
「待っていたわ、レン」
ルカが笑った。
「さあ、貴女の城を取り戻しましょう」
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