3.
 僕は本当の両親を知らない。
 偽物の両親ならいるけれど。
 五歳のとき、僕は孤児院からいまの家に養子として招かれた。
 義理の父さんも母さんもいい人だ。
 けれど、やっぱり……本物ではない。
 別に本物の両親に会いたいわけじゃない。だって見たこともない彼らは、僕を捨てた人なのだ。会いに行ったところで喜んでくれるわけがない。喜びもしない相手に会いたいだなんて人は、ちょっとした被虐趣味じゃないだろうか。
 小学校の高学年のとき、母さんと大喧嘩をした。
 喧嘩の理由はあんまり覚えていない。僕がイタズラしたとか、約束を守らなかったとか……きっと大したことではなかったのだ。
 でも、僕のいいわけが悪かったのか、そのときの母さんの怒りは頂点に達した。
 そして母さんは僕に「あんたは私がお腹を痛めた子じゃないのに」と言ったのだ。
 ……僕はただ黙って、母さんと口喧嘩をすることも止めて、部屋に戻ってしばらく引きこもった。
 それから母さんは何度も僕に謝っていたけど、そんなのは全部聞こえていない振りをした。
 勉強をやる気がなくなり、生きることにも意味を見いだせなくなったのは……きっと、それが一番最初のきっかけだ。


 ◇◇◇◇


「……」
「……」
 チャイムが鳴り終わったあとも、僕らは微動だにできないまま顔を見合わせていた。
「ええと、その……あはは、それじゃあたしは教室に――」
「――教室戻る気なんかゼロのくせになに言ってんだ」
「そんなことないってば。ただ戻ろうと思っただけで」
「いやいやいや。そんなんで逃がすわけないでしょうよ」
「な……なによ。なんでもないってば」
 などと言いながら、苦笑いを浮かべる美紅。
 立ち上がって屋内に入ろうとする彼女を、視線で制する。
『まだまだ先は見えないので――』
 頭のなかで重なる声と声。
 美紅の声と……夢の世界の“彼女”の声。
 なんでだ?
 なんで知ってる?
 ……いや、ただの偶然かも。
 そうだ。
 あれは単なる夢。
 美紅が知ってるわけがない。
 なのに……。
 こんなに心がざわつくのはなぜだ?
 こんなに頭の中が騒いでいるのはなぜだ?
 あれが……単なる夢なんかじゃないと思ってるから。
 あの夢が……異常なくらいにリアリティがあったから。
 もう一つの現実、とさえ思えてしまうほどに。
 そしてあの言葉だ。
 あの言葉が、騒ぐ頭の中を掻き回していく。
 ……。
 ……。
 ……。
 美紅はなにか知っている。
 そのはずだが、彼女がそれを説明してくれる様子はない。
「ほ……ほら、教室に戻らないと授業始まってるし」
 午後の授業に出るつもりなんかとっくになくなっている。そんなこと知るもんか。
「いままでそんなの気にもしなかったくせに、いまさら真面目ぶってもムダだぞ」
「ぐ」
 痛いところを突かれたって顔をしているが、そんなあからさまで見え透いたごまかしに引っ掛かるわけがない。
「じゃー答えてもらうぞ」
「なにによ」
「まだまだ先は見えないのでって……どこで聞いた」
「それは……別に、ただなんとなく口にしただけ……だよ」
 そう言うものの、明らかに目が泳いでいる。
「そんな顔をしてなかったら、信じたかもしれないけどさ」
「うう……」
「……」
「……」
 美紅はここまで言われても、言うつもりはないようだ。
 もう少し踏み込むべきか……だけど、僕は僕で素直に夢の世界がどうのこうのなんて言えない。
 そう考えていると、彼女の抱える僕のノートが目についた。
「……。その絵の光景……見たことがある、なんて言わないよな?」
「――ッ!」
 美紅はうろたえて一歩下がり、拍子に僕のノートを取り落とす。
 それは、僕からしたら確証を得たと言えるほどのリアクションだ。
 そんな美紅に、僕は僕で驚愕に目を見開くしかない。けれど、僕のリアクションに、美紅もまた察したようだ。
「まさか、美紅。本当に――」
「――え。じゃ、じゃあやっぱりあんたも……」
 声が重なり、その意味をお互いに理解してどちらも黙りこむ。
「……」
「……」
 聞きたいこと、確認したいことは山ほどある。けれど、あまりにも多すぎてなにから問えばいいか頭がこんがらがって仕方がない。
「お前があの女の子なのか?」
「あんたがあの男の子なの?」
 僕と美紅の声がまた重なり、呆然とする。
 それを聞いてくるということは、それを知っているからだと理解してしまったから。
「本当……マジか。マジか……」
 へたりこんでしまう。
 あり得ない。
 そう思っていた。
 けれど、違った。
 僕しか知らないはずの、夢の世界。
 それを、美紅も知っている。
 それはつまり、一体どういうこと――?
「え、え。そんな――」
「み、美紅?」
 それに気づいて、僕はどうしたらいいかわからずうろたえるしかなかった。
 僕と同じように驚き、困惑し、うろたえる美紅。
 彼女の両の瞳から、透明な雫がポロポロとこぼれ落ちていたからだ。

ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい
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ローリンガール 3 ※二次創作

3
前作「針降る都市のモノクロ少女」を読んでいた方は覚えているかもしれませんが、実はこれ、二年前に書いていたものでした。

全体の半分以上も書いたところで、テキストデータが文字化けして読めなくなったんです。かなりの絶望を味わいました。

今回、二年経って不意にデータの復旧ができたので、これは続きを完成せねばなるまい、と思って残りを書き上げました。

なんとなく話の流れは覚えていたつもりでしたが、読み直すとなんだかんだ今とは少し書き方が変わっていて興味深かったです。

閲覧数:57

投稿日:2021/08/31 18:48:04

文字数:2,079文字

カテゴリ:小説

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