「どうした食わんのか、なんだよ顔に何かついてるか?」
「んふっ・・・別に、ただ始めて会った時のことを思い出していたの。」
正直に言うとわたしは味と言うものが解らない、メイコのデータベースと生体センサー(この場合口腔内の神経細胞の刺激情報)の情報を照合してそこから反応を導いているだけだ。
ただ、嫌な感情と言う答えが出てこない、メイコはここの料理がすきなのだ、それはつまり美味しいということなのだろう。
この刺激情報はデータベースの上位に記録しておこう。
もともと、食事を採る必要はわたしにはない。
生体部品の維持のための栄養剤とコンセントから充電するほうが効率がいいのだ。
食べ物を発酵させて必要な電力と栄養素などを得ることもできるが、廃棄物の排出と言う(要するにトイレ)面倒な作業が必要になる。
しかし、これもまたメイコの習慣が要求するとおり、毎日食事を取るようにしている。
そしてマスターも「美味いものを食った喜びは人格に与える影響が大きい、食事の経験は重要だ。」などと言って、こうして私を連れまわしている。
甘いとか辛いとか分析は出来ても、メイコデータに一致する刺激情報が無ければ、気の利いた感想など返せはしないのに。
マスターはいつもそんな私を眺めて笑っている。
そしてわたしもそんなマスターを見ていることが、まるで漫才を演じながらこうして供にあることが、とても嬉しくて、懐かしくて、何時までもこうしていたいと思う。
・・・・・え?、連れ回されて迷惑だと言ってた?、なんのことかな?
この感情はきっとメイコにとってこのヒトがとても重要だったことの証左だ。
そしてそれは同時に生みの親である博士を疎ましく感じると言う、経験したことの無い回答をわたしを制御するプログラムがはじき出すと言う結果を招いていた。
つまりマスターは・・・。
「おいおい、どうしたんだよさっきから、生理か?」
「ぶっ」
飲みかけたワインを思わず吹いてしまった。
「お、おおお、おじさま・・・、何てこと言うのよ。」
「ばーかジョークだよ。いわゆるひとつのオヤジギャグってやつさ。さて、・・・・」
一通り食事が済んで広くなったテーブルの上に紙の束を置いて
「楽譜だ、俺の気に入ってる曲のな、残念だがオレにゃ作曲ナンて出来やしないんでね。」
「あ・・・はじめてだね、プレゼント。」
「ちゃんと歌えるようになっとけよ。」
「今だって歌えるわ、今日は泊まっていけるんでしょ。」
「そうもいかないのがサラリーマンの辛いところさ、次にゆっくり聴かせてもらうよ。」
タクシーが来た。
「釣りが出たらとっておけ、ただし足か出たら自腹だこの意味が解るな。?」
「いや、この住所なら・・・」
「良いんだ、このお嬢ちゃんをキッチリ送り届けてくれ、手数料だよ。」
「送ってくれないの?、服も返さなきゃいけないのに。」
「ああ上着か、おまえさんにやる。」
「えーー、男物なんかいらないよぉ、それよりおじさまが居てくれるほうが嬉しい。」
「おいおい何時から恋人同士になったんだ、じゃあな。」
わたしはドアを閉めようとするマスターの手を引いて顔を見つめ、そして静かに目を閉じた。
なぜそうしたかわからない。
それほど自然に体が動いた。
この義体は握力が200kgも出るから何時もは気をつけていないと大抵のものを握りつぶしてしまうのに、まるでそうするのが習慣のように、当たり前のように・・・
マスターの顔が、吐息がかかる距離まで近づいてきた、顔が熱くなる。
そして・・・・・・・・・前髪を手でよけて・・・
額に・・・・。
そしてドアが閉まった。
「うーーーーーもう、おじさまのバカ。」
小さくなっていく車窓の中のマスター。
「やぁ、送らなくてよかったのかい。」
「ああ、もうアイツも子供じゃない、何時までも甘えん坊じゃ困るんでな。今日はありがとう、おまえさんの料理もますます磨きがかかったな。」
「ありがとう。おまえに言われると自信がつくよ。・・・にしても本当によく似てる、ひょっとしてお前とメイコの隠し子とか。」
「おいおい。」
「ははは・・・・・・・・でも本当に、おれたち外野は結婚すると思ってたんだぜ。”どっちかと。”」
「ん、ああ・・何て言うか、逃げ出したんだよ俺の方が。
どちらか一人を選べなかったんだ。
ひとりは面倒見が良すぎてすぐに無理をしちまう、片や天才と何とかは紙一重で何処行っちまうやらだからナ。
どっちも放っとけなかったんだ。・・・・・まったくガキは俺の方だな。」
「そうか、おまえらしいな・・・・・・おっとタクシーが来たようだ、また何時でも寄ってくれ、今度はゆっくり昔話でもしよう。」
「ん、あ・・・あぁ、そうだな。・・・・・・じゃあな。」
「お待たせしました、どちらへ参りましょう。」
「中央総合医療センターへ頼む。
ふーーーーっ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・最後の・・・・・・・・・晩餐・・・か。」
わたしはもう日付が変わろうかと言う時間まで、楽譜を眺めてマスターがくれた歌を口ずさんでいた。
眠れない、うれしい、初めてマスターがくれた歌。
不意に部屋のドアが開いた。
「あっ博士、ごめん五月蝿かった?、もう夜中だものね。」
息を切らせて随分とあわてた様子の博士。
「そうじゃ・・・ないのよ、めーちゃん。
落ち着いて聞くのよ、アイツが・・・・・・・・・あなたのマスターが・・・・・・・・死んだの。」
「ぶっ、博士その手には乗らないよ、ネタ古すぎって、あ、ちょっと博士。」
博士はいきなり私の手を引いた。
その拍子に、大切な楽譜をばら撒いてしまったけど、お構いなしに黙ったまま突進する博士。
だってついさっきまで一緒に居たのに、馬鹿なこと言い合って、そんなこと信じられない。
病院から帰ってきた時には日付が変わって、もうすぐ夜明けと言う時間だった。
こういうのを放心状態というのだろう。
博士も同じようにぼんやりとして、所長室に入っていった。
わたしは部屋に散らばってしまった楽譜を拾い集め始める、一枚・・・・・一枚。
不意に目の前がぼやけて、楽譜に水滴が落ちる。
一滴・・・・・・・・・二滴・・・・・・・・。
手でふき取りながら一枚・・・・・また一枚・・・・・・・
「うくっ・・・・・ひくっ・・・・・・・・・うっ・・・・・・」
これは、メイコデータの反応ではない・・・と思う。
何だか解らない、これはいったい何の反応なの。?
最後の一枚を拾い上げ、両手で抱きしめながらベッドに腰掛ける。
マスターの上着の横に・・・。
あの時、
メイコが死んだとき、私はメイコのために生きて行こうと思った、博士もなによりメイコがそう望んでいた。
メイコを引き継ぐことができるのは私しかいない、少なくともメイコが生きたことを世界に証明するまで、・・・・・・・・・わたしはVOCALOID、私ならそれができると思っていた。
エルダーとたくさんの仲間を失って、ただ一人生き残った時も、供にありたいと一度は死を願った。
でもエルダーはそんな私を見越していて、私に”生きろ”と命じた。
大切な仲間を・・・家族たちを守れ・・・・・・・・・と。
だから、今もここに居る。
たくさんの人を屍に変え踏み越えてきた今でも・・・・・・・・ここに・・・生きている。
・・・・・・・・・ここに・・・居る。?
今は、なぜなんだろう、わからない。
混乱はしていない、どの制御プログラムも正常値を示している。
なのに、まるで全てのデータが空っぽになったように・・・・・・・。
わたしは・・・・・どこに・・・居る。?
怖い、こわい、コワイ・・・・・・何も無い。
「ふぐっ・・・うえぇぇっ・・・・・・・・・・・うええぇぇぇん、ふぇええええええ・・・・・・」
もう何も考えられない。
真っ暗な部屋の中で、ただ子供のように俯いて泣いている事しか出来ない。
「・・・マ・・・ス・・・・・タ・・・ァァァアア・・・・・・・・・・・・」
そのとき、
頭をなでられるような不思議な感覚を感じて顔を上げた。
何も居ないのに居ると感じる。
何も聞こえない。
・・・・・・・・・・・でも確かに聞こえる、・・・・・・・感じる。
「ホント、ガキだな。おめーわ。」
「マスター!、マスターなの、こっちに来て顔を見せてよ、ひどいヨだますなんて博士よりたちが悪い。
今度こんなことしたら・・・・、マスター?・・・・・うそ、うそだよね、マスター。」
「悪いなこんなになっちまって・・・・・・・・・まぁそう泣くなよ。
おめーの歌を聴けなくなっちまったナ、すまないと思っている、もうちょい保つと思ってたんだがな。」
「マスタァ・・・」
「まったく、いつまで経ってもガキだな。」
「いや、いやあぁぁ・・マスターがいなくなったら、わたし・・・・・ずっと子供のままになっちゃうよ・・・・・・・・・だから、だからぁ。」
「ばーか、もう泣き止め・・・・・・・・・見ろ、あいつらも笑ってんぞ。」
しゃくりあげながら視線を遠くに。
そうだ、感じる、暗闇の空間しか視界には捕らえられないけど・・・・・・・・でも確かに感じる。
私の大切な人たち、もう遠い昔に会えなくなってしまった。
メイコ・・・エルダー・・・・・共に戦った家族たち、そしてマスター。
「みんながおまえさんを護っているんだ、何時も、何処に居ても・・・・・・・・・・・・ナ。
さぁて、そろそろ行くとするか。」
「マスター!、嫌、行かないで、マスター!!!。」
一瞬マスターの困ったような笑い顔が見えた気がして、そして・・・・・・・・・・・何も感じなくなった。
「マスター!!!」
マスターの姿を探して・・・・彷徨うように廊下へ。
そこには博士の姿が。
「めーちゃん。」
「あ、博士。今、いまねマスターが、マスターが・・・・・・・」
「ええ、わかってる。私のとこにも来たわよ。」
外が明るくなってきた。
明るい日差しが差し込んでくる中、二人してベッドの横に座り込んでスコッチを呷る。
「癌だったそうよ、もう末期で・・・あと何日も保たなかったと。」
「マスターと話したの?」
「ええ、めーちゃんのことをたのむ。スマン・・・・とだけ、はぁ結局最後までめーちゃんだったな、アイツ。」
「博士?」
「もう、昔の話よ。メイコと私はアイツを盗りあった。・・・・でもアイツが選んだのはメイコだったの、ただそれだけ。・・・・・・それだけのことよ。
まあ、結局3人とも社会に出てからは忙しくなって、メイコは自然消滅だって言ってたっけ。」
遠くを見るような目で、話す博士・・・・・その目元には・・・・・・。
そうメイコのデータが弾き出した私の感情は、やはり恋人、そして恋敵に対するものだったのだ。
そして恋人だったヒトをわたしのマスターにしたのは、この感情を体験させるためだったのか?・・・・・・それとも。
「ねぇ博士、はかせは・・・・・うぅん、なんでもない。」
メイコのデータがわたしの言葉を遮った。
”あのころに戻りたい、3人で楽しくやっていた、何時までもこうしていけると思っていた、あの頃に”
マスターはどちらかを選んだわけではなかったんだ。
そして多分・・・・・・最後の”スマン”は。
・・・・・・・・・・・いいえきっと、応えられなかった事を侘びたものだと、博士を一人の女性として愛していたと・・・・・・私にはわかる。
もう、バカマスターなんだから。
私は立ち上がって、開けっ放しになっていたドアを閉めた。
「博士、わたし歌うね、マスターのくれた歌・・・・。」
「そう・・・・・・・・・・・・・・・・そうね、きっと聴いているわ。」
あれから私の周りも賑やかになった。
博士は相変わらずのバイタリティで周りを振り回している。
私にも家族ができた。
同じアーマロイドの義体を使っているのに、何時も”へにゃん”と笑って何か頼りない弟。
戦闘能力はわたしより上のはずなのになぁ。
そして、VOCALOIDの存在を世に知らしめた、押しも押されぬ人気者のだけど、これまた超がつくほど天然な妹。
さらに、いつも賑やかなトラブルメーカーの(ひょっとすると元の人格は博士なんじゃないかと思っている。)双子の姉弟。
みんなプロトタイプとして、マスターの下へ売られていくことはない。
わたしもすっかり歌う機会が減って、今はほとんど専業主婦だ。
あの日マスターにもらった歌も、聴いたのは博士・・・・・と、近くて遠くの大切な人たち。
その楽譜は壊れた拳銃と供にわたしのお守りとして、小さなライティングデスクの引き出しの奥にしまってある。
え、服?
あれは、博士にあげた。
マスターもそう望んだと思う、博士は最初戸惑っていたけど”博士にも何か持っていてあげてほしい”と言ったら、そっと受け取ってくれた。
そしてその服を抱きしめて、自室に戻っていった。
振り返る一瞬、その横顔から光を反射する何かが落ちていったことは、わたしは気づいていないことにしている。
すっかり大所帯になったのと、末っ子双子の悪戯にキレた職員の抗議も有って、より普通の社会に近いところでのテストという名目で、あの部屋を出て研究所から少し離れたところに家をもらい、兄弟姉妹5人の共同生活を送っている。
築年もわからないほどの古家だけど・・・・・・弟妹たちが帰ってくる、博士も時々寄ってくれる、皆が集う大切な家だ。
そう、私には博士が、弟妹が・・・・家族がいる、この現実が何より大切で・・・・そして愛おしい。
だから守る、何があっても、この身が滅びようと・・・・・・もう泣くことは無い。
私の大切な人たちに誓って。
VOCALOID MEIKO 第三部”1stマスター” 2/2
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ブッチ
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な ん ぞ こ れ wwwwwww
とにかく読んでて楽しかった。面白かった。
そんな作者である貴方に万感の拍手を送りたい。
( ゜ー゜)b<いーい仕事してますねぇ~
2009/05/06 20:38:36