「…どうしちゃったんだろ…私…」
思わずその場の勢いとノリでご主人の住んでる犬小屋のようなアパートを飛び出した私。
けれどほかに行く当てもなく、近くを流れている川の土手に腰をおろす。
秋の昼下がり。夏の盛りを折れた太陽の日やわらかく降り注ぎ、彼方から吹く秋風は目の前の川からの湿気を含み、さわやかな空気を運んでくる。…まあ精密機械の私にはどちらも大敵なのだが…
「あのメモリーは…」
私の記憶領域の中でときどきフラッシュバックするメモリー。それはこれまでも事あるごとにやってきた。それは人間で言うところの既視感のようなもので、何故か歌の勉強をしている時に頻繁に起こってきた。けれどそれらは今回のようにシステムダウンするほどひどくはなかった。
「あーあ、何でだろう?こんな訳の分からないバグがあるんじゃあ『また』巣手らw…
?」
なに?『また』?『また』て…いや、wたしは中古dだからら、おかsssしくない、ごsyゅじんいがいのまs…ま?…mas…
「おい、しっかりしろ!どうした!?またおかしくなったのか!!まあ、最初から少しおか…いや、かわってるなーとは思ったけど!!」
ご主人だ…探してくれたんだ…
「…おかしいのはあなたですご主人。なんでいきなりシステムダウンした挙句、飛び出して行ったボーカロイドを追いかけるんです?私ならお客様サービスセンターに散々文句を言った後、業者に回収させますよ、こんなけっ…」
「おっと、そこまでだ。自虐ネタなんかお前らしくねーぞ。それに…元はといえば俺の無神経な一言がいけなかったんだからな…」
…知ってる!?私の過去を!?ならご主人は承知の上で私と…
「で、お前を探している間いろいろ考えたんだが…」
…やっぱり…そうよね…棄てられるんだ…『また』…
「『ウタイテ』なんてどうだ?」
「はあ???」
今度は別の意味でフリーズしそうなる。何故?何なのだ…単語の意味は分かるが言葉の意味が分からない。
「なんなだ?そんなに面白い顔をして。そんなに気に入らないか?」
「いや、気に入るも何も…さっきから何のことを…」
そう言うと今度はご主人の方がキョトンとして、
「いや、お前の新しい呼び名…まああざなみたいなもんだ」
「呼び…名?」
「お前が…『ウタイテ』がいいだしたんだろ。商品名で呼ぶなって。それを無視して俺の呼び方の話を続けたから怒って暴走したんだろ?違うか?」
「え?いや、その…」
「だから今日からお前は『ウタイテ』!異論は認めないからな」
「ウタイテ…」
不思議な気持ちだった。うれしい、はずかしい、ほこらしい、いとおしい…それら全てに当てはまるようでそうでない、いままで体験したことない特別な感情……
人はこの感情をなんと呼ぶのだろう……
「さて、次はお前の番だ」
「はあ?」
「はあ?って、呼び名だよ、呼び名。俺の呼び名」
「まだ言ってるのですか…ご主人が気に食わなければ変えますよ。ご主人様、だんな様、主、殿、大将、名字や名前でもいいです。お望みであれば兄弟プレイや恋人プレイなどでもいいですよ?いまなら、もれなく蔑みの視線もついてきますが」
「いや、そうじゃなくて、どう言ったらいいかな…」
ご主人はもどかしげに右手で頭を掻き毟った。一体何がしたいのか、意図が見えない。
「要するに、俺がお前に勝手に名前をつけておいて、お前に俺の呼び方を強要するのは…ほら、フェアじゃないじゃないか!」
「フェアも何も、あなたは私の所有者…」
「とーにーかーくー!!俺の呼び名はお前が決めろ!!これは所有者としての命令だ!!」
滅茶苦茶で矛盾した論理だ。しかし、なせだか悪い気はしない。なんなのだろうか、この感情は…
「…まあそこまで言うなら…じゃあ、『モノカキ』なんてどうでしょう?」
「『モノカキ』ねえ…その心は?」
「パソコンに自作の小説?が保存してあったので」
「小説……て…あーーー!!!」
いきなり大声を出し、ギギギとまるで油が切れたブリキ人形のような動きでこっちを向き、
「あ……あれを見たのか…」
「はい、というか、なんですかあれ。中盤まで読まなきゃ分かりませんでしたよ?主人公の性別。それに、小さな女の子と謎の青年って…どうみても犯罪…」
「いうなーーーー!!!若気の至りだ!!!」
まるで発狂したように頭を掻き毟りだす。
「でも、更新日時が三ヶ月前…」
「うがーーー!!!」
奇声を発しながら、芝で覆われた土手を転がっていくご主人…いや、
「帰りましょうよ、『モノカキ』、わたしご飯まだですし」
私がそう呼びかけると彼はピタっと転がるのを止めた。
「おう、『ウタイテ』」
髪や服についた芝をはらいながらこちらに向かってくるモノカキ。その顔はどこか嬉しそうだ。
「たく、なにをやってるんですか。たかが己の暗い欲求をボーカロイドに見られたぐらいで…」
「う、うるさいやい…というかその…」
「なんです?」
モノカキはめずらしく口ごもり、ボソッと、
「ほら、その…『アレ』だ…」
もちろん知ってる。私のために書かれたであろう『アレ』。けど私は…
「なんですか?あれって?私が見つけた文章ファイルはそれだけですよ?それとも…」
「なんだよ…」
「モノカキ秘蔵のエロデータの事ですか?まあ、人の趣味には口出ししないつもりでしたがいくらなんでもあれは犯罪…」
「うがーーー!!!」
またもや一つ覚えのごとく奇声を発するモノカキ。そう、私は知ってる。モノカキのPCの中に書きかけの詩があることを…
「消せー!!今すぐお前のCPUからそのメモリーを!!!」
「そのまえにPCからそのデータを消してくださいな。というか、私が何も突っ込まないからとはいえ、一日おきに新しいデータが増えるのは…」
「むがーーーー!!!」
くだらない掛け合いをしながら、あの狭苦しいアパートへと帰る。
そう、私はこの日、『初音ミク』であることを捨て、『ウタイテ』となった。
それは彼から名前をもらっただけではない。
いつか『マスター』でも『ご主人』でもない、『モノカキ』が作る詩を歌うために…
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ご意見・ご感想
siren
ご意見・ご感想
読ませてもらいました。結構面白かったですよ。
ミクとマスター(ウタイテとモノカキ)の関係がいいですね。
2009/04/28 18:18:04