UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その28「実技試験その4~解答~」
再び厳かなモモさんの声が聞こえた。
「紫苑さん、お疲れ様でした」
わたしは最後のポーズを解いて、やっと自分が肩で息をしていることに気づいた。
額と耳の裏から汗が滴っていた。ぽつりぽつりではなく、ポタポタと。
いつの間にか、わたしの後ろにパイプ椅子が置かれていた。
わたしはモモさんに注目していた。
その表情が、わたしをどう評価しているのか教えてくれそうな気をした。
でも、ニコニコした笑顔は特に変化は見られなかった。
「では、お座りください」
その声に、わたしはまだ試験が続いているのを知った。
〔危なかった。後少しで椅子に座るとこだった、許可なしで〕
わたしは背筋を伸ばして座った。
「ゆっくりと、息を整えながら聞いてください」
わたしは大きく頷いた。
返事はできなかった。
「次の受験生のために、部屋を整えるので、15分インターバルを取ります。次の受験生の面接と実技試験はその後です。45分くらいで、またインターバルに入り、15分くらいで次の受験生の面接と実技試験を行います。その後、3人の受験生に今日の結果をお伝えしますので、まだ帰らないでくださいね」
「は、い」
ルナさんがドアの前に移動した。
「それまで、廊下で、お待ちください」
モモさんが言い終えると、ルナさんがドアを開けてくれた。
わたしは椅子から立って、深く一礼した。
「失礼します」
荷物を持って、ドアまで歩いて、もう一度深く一礼した。
後退りするように部屋を出て、ドアを閉める前にもう一度お辞儀をした。
自分でドアを閉めた後、振り向いても自分の椅子しか目に入っていなかった。
腰を下ろしたとき、思わず、「ヨッコイショ」と口から出てしまった。
まだ肩で息をしていた。
横から声がかかった。
「大丈夫?」
それは、エリーさんだった。
〔ああ、伝えなきゃ〕
わたしは頷いて口を開いた。
「とんでもない実技試験だったわ」
開口一番、それが出た。
「へえ、どんな、なの?」
ユアさんがわたしの隣に椅子ごとやってきた。
「課題曲は、『気まぐれメルシー』なんだけど、知ってます?」
エリーさん、ユアさんが同時に頷いた。
「その曲に合わせて、…」
「踊ればいいの?」
条件付きで、その通りなんだけど、その条件が凄い。
「ただ踊るだけではだめです。マコさんとルナさんの二人が一緒に踊るので、触らないように踊らないとダメなんです」
「何、それ?」
「鬼ごっこ、かな?」
二人に大変さが伝わっていない、と感じました。
「マコさんもルナさんも動きが尋常じゃありません。今練習している踊りのペースを二倍にして、高さを二倍にしてみてください」
ユアさんはう~んと考え込んだ。
エリーさんはユアさんをじっと見ていた。
「何となく分かったわ。大変なんだね」
ユアさんは二度頭を振った。
「何となく」もちょっと緊張感が足らないかな。
「訂正します。本当は4倍です」
緊張感を増すために、スパイスをかけてみた。
「え?!」
「ええ?」
「そんなの、無理ゲーじゃ」
「そう。無理無理無理、無理」
うん。スパイスの効果、あった。
「それじゃ、わたしの話しを聞いて、無理かどうか、判断してください」
二人が同時に頷いた。
「まず、一応、二人分の踊りを考えてみました」
二人は同時に目を剥いた。
「わたしが考えたのは、どうすればマコさん、ルナさんに触らずに済むか、です」
喉、渇いた。我慢できない。
とりあえず、渇いた喉に水分を補給するため、デイパックからペットボトルを出して、ふたを開け、中の液体を流し込んだ。
「ん、くぅ」
生き返るわぁ。
「まず、ユアさん」
「はい!」
「踊りが得意そうでしたから、とりあえず、練習した通りに踊ってみてください」
「え、それでいいの?」
ユアさんがポカンとなった。
わたしは首をぶんぶんと振った。
「それに八の字の動きを加えてください」
「『八の字』って、何?」
わたしはデイパックからメモ帳とシャープペンを取り出した。
白いページを開いて、「ル」と書いてその右に「マ」とりあえず書いた。
その下、正三角形の頂点の一つになるように丸を書いた。
「これがスタート位置です。『マ』が、マコさん。『ル』がルナさん。丸がユアさん」
丸の右下に『A』、左下に『B』を書き足した。
「基本的な足運びは、Aの次にB、そこから元に戻って、ルナさん、マコさんのいた所を通って、元に戻ります。この動きで二人を避けながら八の字を書くように動きます」
「それだけでいいの?」
わたしは首を振った。
「いいえ。まず、歌が始まるまではここで踊れます。歌が始まったらすぐに移動です。そして、すぐに次に移動します」
わたしはシャープペンでBを指した。
「AメロからBメロに変わるタイミングで元に戻ります。Bメロからサビに変わったら、ルナさんの位置です。Cメロに変わったら、マコさんの位置です」
「ということは?」
「メロディが変わるタイミングで場所を変えると触らずに済むかと思います」
ぱっとユアさんの顔が明るくなった。わざとらしいくらいで。
「ただ、間奏のときだけ、二人の動きのペースが上がりますから、避けながら移動するのが、いいと思います」
ユアさんの目はメモ帳に釘付けになった。
わたしはそのページを丁寧に切り取って、ユアさんに渡した。
「わたしは? どうしたらいいの?」
エリーさんの目が助けを求めていた。
わたしはもう一度、マとルと丸を書いた。今度は丸の位置を少し後ろに下げた。
「ユアとは違うの?」
「はい。エリーさんはなるべく動かず、歌に専念したほうがいいかと思います」
「ま、踊りはユアの方が上手いっていうか、わたしが下手なんだけど。でも、歌?」
「本当に歌わなくてもいいと思いますけど、歌う振りがこの場合、生きると思います」
「うんうん、続けてください」
「基本的な動きというか、足運びは、反復横飛びでお願いします」
もう一口だけ、ペットボトルに口を付けた。
「それって、足を迂闊に上げると、誰かに触るってこと?」
「そうですが、この場所は、二人が同時に迫ってくることが少ない場所なんです」
「ふんふん。それから?」
「サビの直前の二、三秒、身体を九十度ひねります。あと、間奏の間」
エリーさんは目を輝かせて頷いた。
「それ以外は、二人が近づいてきたら、反復横飛びで避けてください。動きは肩幅くらいです」
ふうっと大きく息を吐いた。
「本当に? それだけで、いいの?」
わたしは力強く頷いた。
エリーさんは、覗き込むようにわたしの目を見て、ユアさんを振り返った。
「ユア、どう思う?」
「わかんない。やってみないとね」
その時、エリーさんは意味不明なことを言った。
「どうする? 聞いてみる?」
ユアさんはにっこりと頷いた。
「もちろん、ろんろんよ。答え合わせだね」
え、お二人とも、何を仰有ってるのですか?
ユアさんは胸のポケットから、スマートフォンを取り出し話し始めた。まるで最初から電話が繋がっているみたいだった。
「今の聞こえましたぁ?」
相手の声は聞こえなかった。
ドアがドンと開け放たれた。
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