朝を迎え、いつも通り身支度をし、いつも通り朝食を済ませ、いつも通り学校へ向かう。
学校へ行けば、普段通りに授業を受け、友人と駄弁り、生徒会室で生徒会の業務を行い、たまにサボっては叱られては、気にせずバカ騒ぎをする。
いつも通りのルーティーン。いつも通りの日常。
そのはずだった。
「名取が来てない?」
その普段通りの日常は、二週間前ほどから、緩やかに崩れていっていた。
異常に気が付いたのは三日前。違和感を感じたのは十日前。
そして今日、授業の課題を図書館で半分以上終え、生徒会室へ行くと名取が来ていない。
彼の表情を見て、会長――七海響はふぅんと何か言いたげな表情を浮かべてから隣に座る。
「心配かい、幼馴染のこと」
「べっ――別にそういうのじゃ……」
口ごもる。
思わず否定してしまう。
何が、別にそういうのじゃない、だ。本心を語って見せろよ。
本当は――どうなんだ。
「大丈夫、宮君の考えていることはだいたい解る」
なぁ、相棒よ。そう言ってから、響は少し離れたところで文庫本を読み耽っていた副会長――槙統也に問いかける。
統也は、少し考えるような表情を浮かべてから、少しだけ疲れたような表情へ変わり、そして言った。
「僕が言うより、宮自身が――」
槙が言い切る前に。
思わず最後まで聞き終える前に。
彼は飛び出していた。
嫌な予感がしていたこと。それが的中している気がしたから。
階段を一足飛びに駆け下り、さらには今の自分では信じられない速度で靴を履き替えると、そのまま走りだす。
見慣れた道を全速力で駆け抜け、フリーランニングもかくやという速度で障害物じみた街中の人を、ガードレールを、看板を。するりするりと避けていく。
本当なら歩いて十数分かかる道のりをその半分以上の短時間で目的地に到着すると、その流れでインターホンを鳴らす。
一秒、二秒、三秒経ってから――
「はぁい……?」
扉の向こうから出てきたのは、額に冷えピタシートを張り付け、依然あった時以上にやつれた表情を浮かべていた、名取絢子の姿だった。
「おま……大丈夫か?」
「うん……ちょっと、頑張りすぎちゃって」
上がってあがって、という彼女の言葉に誘われ、作之助は数か月、否、一年と少しぶりに彼女の部屋に上がる。
彼女の母親にあいさつを交わし「心配だから見舞いに来た」ということを伝えると、何故だか「ゆっくりしていきなさい」という返答が来る。
その返答が来ることに、若干の疑問を覚えながらも彼女の部屋に足を踏み入れ――絶句した。
机の周りに散乱しているのは、数十数百の原稿用紙。その中の一枚を広げると、そこには大きくバツ印が書かれた物語。
これらは全て、彼女自身が引き受けた、あの生徒会劇の脚本の失敗作だった。
ゴミ箱からあふれ出るほどの没作。その全てが、くしゃくしゃに丸められ、黒いマーカーで大きくバツ印がつけられていた。
「あちゃぁ、見られちゃったかぁ」
階下からウーロン茶を運んできた彼女が、彼に向かって言う。
何で、とは聞かなかった。
彼女がこういう人だって言うのは、昔からわかっていたことだから。
やりたいこと、成し遂げたいことがあれば、それに向かってまっすぐ進んでいく。
その途中で何があろうと。
周りに何を言われようと。
不評を、批判を言われようと。
否定されようと。
結果として、彼女なりの最高の形で成し遂げてしまう。
自分の体に鞭を打って。
自分の心に、本心に鍵をかけて。
そうやってきた彼女のことを、作之助は昔から気にかけていたのに――
「何で、毎回言ってくれないんだよ」
「え――?」
そして、タガが外れたように、作之助はまくし立てていた。
頼ってほしい。自分一人でどうにかしようとしないでほしい。いっぱいいっぱいになる前に、俺を頼ってほしい。
「無理な時は無理なんだから、もうちょっと俺を頼ってくれよ。泣きたいときくらい、俺が――」
そこまで言うと、彼女は作之助の肩に自分の頭を預ける。
ゆっくり深呼吸するように、落ち着かせるように息をする
そして、小さく、彼女の耳元で呟く。
――ありがとう、少しだけ、甘えるね
小さく嗚咽を含んだ声。
仄かに暖かくなる肩。
支えるように優しく抱き、作之助は机の上に置いてあったメモ帳と分厚い原稿用紙をとり、小さくつぶやく。
「後のことは俺に任せろ。絢子が形にしたやつ、俺が完成させてやるから」
そんな風に言って作之助はキュッと拳を握り締める。
その拳から、緩やかに血がにじんでいることに気が付かないまま――
「A sunny day after tears」2
(2018/6/18 誤字修正&加筆)
しゃちくったーなせいでなかなか執筆できてませんでしたが、どうにか二話目書けました。
前回( http://piapro.jp/t/H_CL )の続きです。
登場キャラ覚書は、下に書いておきます。
宮 作之助
・生徒会所属。高校二年。男子。
・絢子とは昔馴染み
・インドア派だがアウトドアもそこそこに好き。
・周りからはよく茶化されるが、ある文豪と同じ名前を気に入っている。
・仲のいい友人からは「サク」と呼ばれている。
名取絢子
・生徒会所属。高校二年。女子。
・作之助とは昔馴染み
・インドアも好きだがどっちかといえばアウトドア派。
・そこ抜けて明るい性格。ただ、自分の中に抱え込む癖があり……?
・作之助に「サク」というあだ名をつけた張本人。
七海響会長
・生徒会会長。高校三年。女子。
・将棋部の部長も兼任。
・さらに「頭を使うスポーツなら何でもできる」を自負している。(実際運動神経抜群)
・若干涙もろい一面あり
槙統也
・生徒会副会長。書記も兼任している。高校三年。男子。
・会長の理解者であり良き右腕。親友であり悪友。
・運動はあまり得意ではないが「ゲーム全般なら何でも得意」。特に麻雀はずば抜けており、高校卒業後はプロ雀士になるらしい
瀬尾 翼
・高校二年。男子
・名取絢子のクラスメイト。
・趣味で小説を書いており、悠木の描く漫画の原作担当。
悠木 鮮花
・高校三年。女子。
・生徒会長のクラスメイト。
・漫画家を夢見ており、瀬尾とともに漫画を描いている。
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