注意:実体化VOCALOIDが出て来ます。
   オリジナルのマスターが出張っています。
   カイメイです。
   苦手な方はご注意くださいませ。










 とはいえ、紫苑さんの誕生日をどうやって祝ったものか。少し考えを巡らせ始めた時点で、ふわりと声がかかる。
「そういえばカイト」
「何ですか? 紫苑さん」
「お前がここに来て一年半以上経っているけれど、どうして今になって、わたしを名前で呼ぼうと思ったのかな?」
 思わず身体が強張る。やっぱり、…気にするよね。
「えっと、ですね…」
「その様子はメイコ絡みだね」
 …ちょっとどもっただけで見抜くのは止めて欲しいところ。恨みがましく紫苑さんを睨みつけるけど、紫苑さんは柔らかく笑っているだけ。
「カイトにそこまでの影響を与えられるのは、メイコを除いて他にないだろう」
「…まあ、そうなん、ですけど」
 笑顔でじっと僕の言葉を待つ紫苑さんを見つめ返して、…僕の表情が曇っていくのが分かった。
「メイコさん、が、ですね」
「メイコがどうかしたのかな?」
「今日、まだ、僕の名前を呼んでくれてないんです。…一度も」
「そうか」
「まあ、いつも、あんまり呼んでくれないんですけどね。『ばか』とか『あんた』とか。それはそれで嬉しいんですけど」
 僕の主張に紫苑さんが眉根をひそめる。
「カイト、お前…」
「ああいや、けなされるのが嬉しいわけじゃなくてですね。メイコさんの『ばか』ってすっごく柔らかくて、『すき』って言ってるように聞こえるんですよ」
 素直じゃない、照れ屋のメイコさん。…ある種の思い込みかもしれないけれど、本当に、メイコさんの「ばか」って言葉の響きが好きなんだ。
「でも、やっぱり、…今日は名前を呼んで欲しくて…」
 だから、紫苑さんもそうなんじゃないかな、って思った。僕と良く似た紫苑さんだから。
 ご両親を亡くして、身内は歳の離れた妹さんひとり。妹さんは「兄さん」って呼んでおられるから、紫苑さんを名前で呼ぶ人って、今はかなり少ないはず。
「そういえば、メイコはあまり、カイトを名前で呼ばないね」
「はい。…それに、メイコさんに触れてないんです。手も握れてないし、ぎゅっと抱き締めてもないし、キスもしてないし…」
 僕の伸べた手に身をすくませたメイコさんを思い起こす。いつもなら強引に押し切って触っていただろう。でも、今日はダメだ。不安ばかりが枷となってのしかかる。
 本当ハズット、コンナ僕ニ触ラレルノハ、嫌ダッタンジャナイカ。
「カイト」
 呼びかけと共に、僕の手の上に、きちんと蓋を閉じた状態のオルゴールが改めて乗せられた。あれ、いつの間に蓋閉じてたんだろう。曲が聴こえなくなったのに気付かなかったな…。
「欲しいのなら、求めなさい」
「え?」
 にこ、と紫苑さんが笑う。
「言わなくても分かるだろうとか思わずに、思い込みに足をとられずに、求めておいで。棚からいつもぼた餅が降って来るとは限らないのだしね」
「…で、も」
 とんとん、と紫苑さんの指がオルゴールの蓋を叩いて、僕の言葉を止める。
「いつものお前なら、既に走っていっているだろう? わたしなら大丈夫だよ。色々なものを振り切る為にも、確かめておいで」
「紫苑、さん」
「わたしは、カイトとメイコが仲良く並んでいるのを見ると、幸せになれるのだからね」
 マスターの満面の笑みと、そんな言葉につられるように、足が部屋の外へと向かう。
「…すみません、紫苑さん」
「構わないよ。…っと、カイト、ひとつだけ」
「はい?」
「幸せの涙以外の涙を、メイコに流させたりしないようにね」
 …気軽に難題を投げられた気がする。それでも僕は頷く。だってそれは僕の望みでもあるから。
「頑張ります」
「頑張りなさい、カイト」
 ああもう、今日は大切な人に背を押されてばっかりだ。巣食っているモノの重さをこんな形で認識するなんて。でも。
「紫苑さんも大切ですからね!」
「うん。それは良く分かったから」
 苦笑しながら紫苑さんに言われれば、止まる理由もなくなり、…僕はオルゴールを握り締めて紫苑さんの部屋を飛び出した。

 会いたい。会いたい会いたい会いたい。
 同じ家に居るのに。紫苑さんの部屋を訪ねる直前にも会ったのに。それでもやっぱり会いたい。ちゃんと言っておかなきゃいけないことも、訊いておかなきゃいけないことも、ある。
 …そして、もしも、望めるなら。

 居間に踏み込む寸前、廊下でルカちゃんに出くわした。ルカちゃんは、僕を認めて片手をあげ、僕を止める。
「カイト、居間に入らないほうが良い。ミクやリンレンが祝いたくて仕方がないようだから、離してもらえないだろう」
「ルカ、ちゃん…」
「メイコなら自室だ。こちらは任されておく。また充電した後にじっくり祝ってもらえ」
「ごめ、ん」
「気にするな。…メイコとカイトを見ていると、思うのも悪いことばかりではないと思えるからな」
 それだけ言って、ルカちゃんが居間へと入っていく。その背を見送って、僕はメイコさんの部屋を目指した。
 恵まれていることを痛感して涙が出そうになる。ああもう、足をすくませてばかりいないで、拗ねてばかりいないで、顔を上げなくちゃ。

 メイコさんの部屋の前に立って深呼吸。オルゴールを握り締めたまま、空いている手で小さくノックをすると、思った以上に勢い良くドアが開けられた。部屋の主のメイコさんがドアノブを持ったまま僕を見上げて、…泣きそうな顔になる。
「えと、あの、メイコさん」
「とりあえず入って」
「あ、…うん。お邪魔、します」
 硬い声に促されて部屋へ。ぱたん、とメイコさんがドアを閉じる。メイコさんも奥へ行こうとしないから、つられてドアの前で立ち尽くしてしまう。
「メイコさん、さっきはごめんね。…謝らせてあげられなくて」
 気にかかっていたことを言葉にすると、はあ、とメイコさんが大きくため息をついた。呆れ返った顔で僕を見てくる。
「…先に謝られたら、私、どうすれば良いのよ」
「う、ごめん…」
「まったくもう…。マスターは大丈夫そうだった?」
 やっぱり紫苑さん優先なんだなあ、なんて思うけど、妬く気にはなれない。
 僕らが僕らとして存在する為に必要不可欠な人だし。僕だって紫苑さんは大好きだから。
「うん、浮上してくれたみたい。素敵なものをもらったんだよ」
 まばたきながら小首を傾げてくるメイコさんにオルゴールを差し出してみせる。
「…はこ?」
「音楽の箱なんだ」
「ああ、オルゴールなのね」
 メイコさんがまじまじとオルゴールを見つめている。音、って聴くと反応してしまうのは、VOCALOIDならではの習性だよね。
「開けても良いよ」
 開けやすいように金具をメイコさんの方に向けると、メイコさんは箱と僕の顔を何度か見比べてから、手を伸ばしてきた。
「じゃ、…遠慮なく」
 メイコさんの白い指が金具を外して、蓋を開ける。流れ出す音に聴き入るより先に、メイコさんが、目をぱちくりとさせた。僕もつられて目をぱちくりとさせてしまう。
「メイコさん、どうしたの?」
「これ、…何だと思う?」
 メイコさんがオルゴールの中に手を差し入れた。摘み上げたのは、って、これ、どう見ても。
「…鍵、だよね」
「鍵よね。…って、知らなかったの?」
「うん。僕が開けた時には入ってなかったし…」
 銀色に光る鍵。入れたのはきっと紫苑さんだ。オルゴールの蓋を閉じたのはあの人だろうから。
「何処の鍵なのかしら…」
 呟くメイコさんを見て、…繋がった。繋がってしまった。ああもうそういう気遣いの仕方は反則です紫苑さん!
 とはいえ、この場で紫苑さんへの愚痴を吐き出しても仕方がない。
「その鍵、こっちにちょうだい」
「はい、どうぞ」
 メイコさんが素直に僕に鍵を渡してくれる。代わりにオルゴールをメイコさんに預けた。嬉しそうに耳元にオルゴールを寄せたメイコさんが、優しく笑いながら、僕を見つめる。
「…良いもの、もらったわね」
「うん。…本当に、良いもの、もらったと思うよ」
 笑顔を返すと、メイコさんが目を伏せて音に聴き入り始めた。僕はそっと、メイコさんの部屋の鍵を、内側からかける。メイコさんはそれには気付いていないようで、歌うように呟いた。
「カイトとマスターの音って、オルゴールに良く合うわね。…綺麗で、優しくて、ほっとする」
「うん…」
 頑張りなさい、カイト。紫苑さんの声が、改めて聴こえた気がした。 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

名前・5【KAITO誕生日】

やっぱりカイメイに落ち着いてしまいます…。

もう少し続きます。

閲覧数:387

投稿日:2010/03/20 23:49:31

文字数:3,506文字

カテゴリ:小説

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