君恋る音(きみ・こうる・おと)
1.お代は39,640円なり(配送費無料) ②

ささき蒼衣(そうえ)

「……―え………?」
 思いもよらない台詞に、葉月の頭は一瞬真っ白になった。
 えっ、―ちょっと待って、何だ、それは?“マスター”って何事!?そうだ、それに、『KAITO』は!?
 次いで、一挙にあふれ出した思考。はっきり言ってパニック状態である。
「…おーい、葉月さーん…?」
「葉月ちゃーん、せっかくKAITOくん、来たんだよぉ、ごあいさつは~?」
 蒼衣(そうえ)と春奈が、固まってしまった葉月をつつく。
「――マスター…?…あの…?」
青年が困惑した風に葉月の顔をのぞきこむ。その透き通った、深い青の瞳に、葉月は、改めて目の前の自分を“マスター”と呼ぶ青年を見直した。
 鮮やかな青い髪。染めたとばかり思っていたが、それにしてもあまりにも鮮やかな、そうだ、黒髪を染めたのでは、こうまでキレイな色にはならないのではないだろうか。
 瞳の色だって、すごく深くてそのくせ透明な青で、まるで宝石みたいな……―えっ?
 そこでハタ、と葉月は気がついた。青年の姿に、目一杯見覚えがある事に!
 白を基調に青の入ったロングコート、襟元に巻かれた空色のロングスカーフ、端正な、やさしい雰囲気を漂わせた顔……
「マスター?どうかなさいましたか?」
 それに、ああ、そうだ、この声!何で声聞いて気づかないんだ、自分!
「―――……KAITO………?」
 失礼ながら。思いっきり指差してしまった葉月に対して、青年―KAITOは、嬉しそうににっこり笑った。
「―はい。CCM社、『VOCALOID』 CVR 00-01β KAITOです!初めまして、マスター・葉月!」
 ……う…そ……ォ…………;;;;
 ――今度こそ、葉月の頭は真っ白になった。

「…なっ、何なんですか、か、彼がKAITOって!?どういうことです!?」
「―はい、ですから、彼が、あなたにお届けしたウチの『VOCALOID』 KAITOですよ。」
 配送のおじさん―いや、よく見ると作業着の胸にCCM社のロゴマークが入っていたからCCM社の人らしい―が、当然のように言った。
「カ、『KAITO』って、ボディは子供型じゃなかったですか!?」
「―はい、確かに、一般に市販されるKAITO達は、僕とは違って子供型ですけど。」
 パニックのあまり、CCM社のおじさんにかみつく葉月に、KAITOがおっとりと説明する。
「だったら、何で!?君は青年型なの!?―いや、悪いわけじゃないけどっ!」
「――あー、葉月さんね、“当たりくじ”引いたみたいだよ。」
 KAITOにまでくわっとかみついた葉月に、頭を抱えながら、蒼衣(そうえ)が口を挟んだ。
「……え?“当たりくじ”…って?」
「…まあ、そこら辺の話は、座ってじっくりとしましょう。ね、葉月さん。高倉さんとKAITO君もどうぞ座ってくださいな。」
 いつの間に用意していたものやら、木原教授が、チョコレートケーキの皿が乗ったトレイを持って立っていた。後から、春奈がコーヒーの乗ったワゴンを押して続く。
 意図してか否かは定かではないが、先生ののんびりとしたしゃべり方に毒気を抜かれた葉月は、おとなしくソファに着席した。

「…いやあ、これは美味しいケーキですなぁ。」
「そうでしょ?木原先生のお手製なんですよ。」
「なるほど。いや、これは玄人裸足だ。」
 その年―と言ってもせいぜい40代後半だが―の男性にはまらず、にこにことチョコレートケーキをパクつく高倉さんに、春奈が横のテーブルから答える。ちなみにこの高倉さんは、CCM社でKAITO達『VOCALOID』担当の技術主任を務めているそうだ。
「KAITOも、甘いものは好きなんだよね。」
 葉月の向かい側に座って美味しそうにケーキを頬張るKAITOに、春奈の向かいの蒼衣(そうえ)が苦笑した。
「甘いものばかりじゃありませんよ。美味しいものなら何でも好きです。」
「…だってさ、葉月さん。」
 ――だから、何でそこで私に振るんですか、蒼衣(そうえ)先輩?
 葉月は黙ってコーヒーをすする。
 ちなみに、人間形態(ヒューマン・フォームド)ロボットであるKAITOが人間の食べ物を食べられるのかと言うと、(見てのとおり)これがしっかりO.K.で、ちゃんとエネルギー変換もされるようになっているそうな。
 ――ずいぶん、人間に近いもんだよね。まったく。――

「説明しますとですね、今日こちらに連れて来たKAITOは、試作機のうちの一体なんですよ。」
 取りあえず一服した後。仕事モードの真剣な表情になった高倉さんが、説明書の冊子をテーブルにおいて、穏やかな口調で話し始めた。
「……試作機?」
「正確に言うと、擬似人格(パーソナル)タイプの『KAITO』の試作プログラムの一体が僕なんです。ボディ付きのヴァージョンが出る事になって、僕達もボディにインストールされて、で、今日、マスター・葉月の所へ来たんですけど。」
 葉月の半ばつぶやきに近い声に、KAITOが答える。
「一般に市販される『KAITO』は確かに子供型なんですが、青年型のボディの『KAITO』を欲しがる人もいるだろう、と言う事でね。彼を含めて何体かは青年型として作られたんですよ。―で、さすがに、この段階で、一般のご家庭に青年型の人間形態(ヒューマン・フォームド)ロボットをいきなり預けるのもどうか、と言う事でね。こちらの大学に、西荻さんを紹介していただいたんです。」
 高倉さんの言葉に、葉月は軽くため息をついた。
「―つまり、私は、モニター役、ですか。」
 “当たりくじ”というのはそういう事らしい。確かに葉月はロボット工学を学ぶ学生で、一般の人よりはロボットを知っている。専門職という程でもまだないから、こう言った―青年型ロボットの『KAITO』のモニター、としてはまあ適任と言えるだろう。
「まあ、そういう事です。ただ、今日こちらに連れて来たα(アルファ)―P-01αに関して言えば、モニターうんぬんに関係なく、西荻さんがマスターと言う事になりますので。どうぞよろしくお願いします。」
「…あ、はい…こちらこそよろしくお願いします。」
 さっきからの事の成り行きにすっかり引きつってしまった両頬を、何とか笑みの形に動かして葉月は答えた。―だって!さっきから、KAITOがじーっとこちらをみてる!あの透き通った深い青の瞳で見つめられたら、うかつな事はできないし、言えない!
 葉月が内心ドギマギしていると、じっとこちらを見ていたKAITOが、にっこりと笑った。―まるで、葉月を安心させるように。
 トクン!一挙に、心臓のドキドキが危険領域まで跳ね上がった。多分―いや間違いなく顔も真っ赤になっているハズ。
 ――ああ、もう!今からコレで、この先、私大丈夫なんだろうか?

「それじゃな、アルファ。末永く大事にしてもらうんだぞ。」
「はい。主任もお元気で。」
 ―って、何か、ムコ入りした息子に対する父親の台詞みたいなんですケド。そりゃ、似たようなものかも知れないが……。
 一通りの説明を終えて帰る高倉さんが、頭一つ分背の高いKAITOの肩をぽんぽんと叩く。KAITOの方も素直に頭を下げて、完全に親子の図。
 まあ、これから2ヶ月に一度くらいの割合でCCM社の仙台支社に整備(メンテナンス)とモニターの報告に出向く事になるし、その時に高倉さんには会う事になるのだが。
「―それじゃマスター、よろしくお願いしますね。」
 高倉さんを見送ったKAITOが、葉月の方を振り返ってにっこりと笑った。…思わず、ビクリと身を振るわせる。―だって、KAITOの目に涙が浮かんでいたように見えたから。
 …でも、振り返ったKAITOの顔は、全然そんな事なくって。逆に、葉月の方が泣きそうな顔をしていた。
「―マスターっ!?どうしたんですかっ!?あの、あのっ……」
 KAITOが慌てふためいて葉月の肩を抱く。必死な表情で彼女の顔を見るKAITOに、葉月は笑いかけようとした。.
『大丈夫だよ、心配かけてゴメンね。』――と。
 でも、できなかった。KAITOの青い瞳が、葉月の茶褐色の瞳を捉える。それが引き鉄となって、葉月の目からぽろぽろと涙がこぼれだした。
「わ――っ!?マ、マ、マスターッッ!!??…な、泣かないでくださいぃぃぃぃ!!」
 …今度こそパニック状態となったKAITOがおろおろと周りを見回す。自分が泣いている事に気がついた葉月は、目元をぬぐってKAITOを見上げた。何とか口元を笑みの形に整える。
「……ゴメン、驚かせちゃって。」
 ――本当に、どうして私、泣いてしまっているんだろう。
「…マスター……」
 KAITOが心配そうに葉月を見つめる。『大丈夫』と言葉を継ごうとした葉月の横から、さっ、とハンカチとポケットティッシュの束が差し出された。
「――はい、葉月ちゃん、ハンカチとティッシュ。」
 そちらに顔を向けると、春奈が、年相応の大人びた笑顔を向けていた。KAITOが、ハンカチを受け取って葉月の涙をぬぐってくれた。
「木原先生、このピアノ、ちょっと借りますね。」
「蒼衣(そうえ)先輩……?」
 窓際に置かれていたベビー・グランド・ピアノに歩み寄っていた蒼衣(そうえ)が、ピアノの蓋を開けて鍵盤をいくつか押している。葉月は、KAITOに礼を言ってからその方を見る。気づいた蒼衣(そうえ)が、葉月を見て、ニヤリと口角を引き上げた。
「―葉月さんさ、自分の事“音痴”だっつーて、ずっと悩んでたじゃない。KAITOも来たことだし、ちょうどいいから、そこら辺の誤解を何とかしようじゃないの。」
「―先輩っ!!;;;」
 思わず葉月は悲鳴を上げる。よりにもよって、よりにもよってKAITOの前で恥をかけと!?
 ――その上。
「そうねえ、ここで何とかカン違いを解消しないと、葉月さん、歌うのが下手なままだものね、それはつまらないわよねえ。」
「木原先生~~!!;;;;」
「だーからー。“誤解”だっつーてるでしょー?確かに葉月さん、あまり歌歌うのうまくないけどさ。それだからつーて“音楽的才能に欠ける”とは限らないって、前にも言ったじゃないの。」
 にっこりおっとりととんでもない事を(あくまで葉月の主観でだ)言い放つ木原教授に葉月が半泣きになる。呆れた風情で蒼衣(そうえ)がため息をついた。
「…“音楽的才能に欠ける”……って、マスター・葉月が、ですか?」
 とまどったようなKAITOの言葉に、葉月がびくん、と身を震わせる。ばっとKAITOの方に振り返った彼女は、ぎゅっと目をつむって、悲鳴のように言葉をつむぎ始めた。
「――そうなのっ!私音痴でっ…ごめんなさいっ、せっかく来てくれたのに……KAITOに、上手く歌わせてあげられない……あ、あのね、がんばるから…音痴なりにがんばるから……で、でもっ……」
 再び泣きそうになる葉月の肩に、KAITOの手のぬくもりが触れる。
「……マスター……。」
「―――――!」
 そのまま抱きしめられて、一瞬呼吸が止まる。
「マスターが謝る事ないです。」
「……KAITO……」
 優しい声が耳に届く。
 葉月の体に回されたKAITOの腕は彼女の背を抱き、指は優しく髪を撫ぜる。
「―別にいいですよ、僕は。マスターが、…その、歌が下手だろうが、何だろうが。――僕は、そもそも、マスターに“歌わせてもらおう”なんて思っていません。」
「…――え……?」
「――ねぇ、マスター・葉月。貴女が、『僕』を、『KAITO』を買った理由は、何ですか?」
 腕の中で見上げる葉月の瞳をまっすぐに捉えて。KAITOの青い瞳が強く見つめる。
 嘘は、つけない。この瞳に、彼に、嘘はつきたくない。
「……貴方が……KAITOが、好き、だから……貴方と…一緒にいたい、って…思った、から…だから……」
 人間の男性に対する“恋”とは違う。それは葉月にも解っている。“恋”と呼んでいいのかも定かではない。――それでも。
 頬どころか首筋まで赤く染めながら、KAITOの瞳を見つめてやっと告げると、彼は嬉しそうに、本当に嬉しそうに、にっこりと笑った。
「――ありがとう、ございます。すっごく、嬉しいです。」
「………――!」
 再び、KAITOの腕が葉月の体に回される。抱きしめられて言葉を失う。
「貴女は、今、僕が一番欲しかった言葉をくれた。――本当に、ありがとう。……――葉月…………」

〈To be conntinued〉
 
 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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君恋る音(きみ・こうる・おと) 1-2

「君恋る音(きみ・こうる・おと)」1話目の2です。
中途半端なところできれてしまっていますが、ご容赦を。
KAITO×マスター(女性)ですが、ストーリーの進行は遅いです。

閲覧数:237

投稿日:2011/08/22 17:37:12

文字数:5,196文字

カテゴリ:小説

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  • cyotto

    cyotto

    ご意見・ご感想

    こんにちは!新着のお知らせがありましたので、来ました。

    KAITOもそうですが、マスターが可愛く見えて仕方がないですv
    "誤解"の意味が気になりますね。σ(’’*

    ちょwえ、生殺しですかwいいところで終わった!!
    ゆっくりでもお待ちしてます!

    2009/01/03 18:15:27

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