窓ガラスがガタガタと音を立てていた。
そのせいで目が覚めた。かなり激しい音だ。割れなければ良いが……。
窓の外を見てみると……何も見えなかった。一面黄色だ。これは……砂嵐か。細かい砂が窓に当たって、こんな音を出していたのか。
これは眠れそうにない。ちょっと早かったが、ベッドから抜け出した。
オレがミクの家へ来て一週間ほどが経った。すっかり馴染んだもんだ。今じゃ、このだだっ広い空間で寝起きするのにも慣れた。
ミクは結局隣の部屋で寝ている。アンドロイドの癖に、妙にそういう所が人間っぽくて困る。オレとしても、相手は機械だから間違いが起きっこないんだが、そういう風に意識されるとちょっとやりにくいって言うか……まあいいや。
ちなみにミライもこっちで寝起きする事になった。最初の1日こそミクと一緒に眠っていたのだが、奴にとっては自分の宝の山で寝起きする方が何倍も素敵な事らしい。今も満足気な顔して眠りこくってやがる。お気楽なもんだね、まったく。
寝起きのだるい体をソファーに投げ出す。こんな砂嵐じゃ外に出れないな。商売あがったりだ。視覚何たらなんて凄いシステムが生きているんだ。きっとここはオレにとっても宝の山に違いないのだろうが……。
何となく顔上げると、あの写真立てが目に入った。
また手に取ってみる。何度見ても古ぼけた写真だ。写真の中の人々は、相変わらずの笑顔だった。きっと生活は苦しかったはずだ。だけど、みんな生き生きとしていた。
ミクはアンドロイドだ。だから年を取らない。果たしてそれは幸せな事なんだろうか……。
無邪気に笑う写真の中のミクを見ると、なぜだか胸が痛む。この写真の頃が、ミクにとっても幸せな頃だったんだろう。やっと安住の地を見つけたという安堵感。オレみたいな戦後生まれでも、その尊さは容易に想像が出来る。地に足を着けるという事ほど素晴らしいものはない。
しかし……しかしだ。愛する人々はみんな彼女よりも先に逝った。ひとり残されてた彼女は、今までどんな気持ちで生きてきたのだろうか? 年を取らない、寿命もない……そんな人生は果たして幸せなのだろうか……。
オレはミクではないし、ミクのようなアンドロイドでもない。だから、考えてもしょうがない事だった。
オレは写真立てをテーブルに戻すと、酷い空腹を感じていた。人間、住むところと食うものに困らなければ、こんなにも堕落するものなのか。最近、感覚が鈍くなっているような気がする。旅をしていた頃は、いつ自分の身に危険が迫るかわからないから、いつも神経を張りつめていたんだが……。
とはいえ、ここでの生活も悪くはない。ちょっとした休暇だと思えばいい。休暇なら、もうちょっと楽をするのも良いだろう?
今日のミクは遅いな。いつもなら、もう起きてくるはずなんだが……。
ミクは食えないくせに、オレと食事したがる。彼女曰く「私は食べれないんだから、せめてあなたが美味しいそうに食べる顔を見て楽しむんだから」だそうだ。彼女の食に対する憧れというか執念は、ちょっと病的な感じがしないでもないが……まあ、可愛いもんだ。
そんなわけで、オレが食事する時は必ずミクで一緒でなければならないのだ。そんな習慣が出来てしまった。
今日に限ってオレの腹の虫は大暴れだ。腹が空きすぎて気持ち悪くなりそうだ。
とは言え、勝手に食うのも気が引ける。仮にもオレは居候の身。そこまで図々しくはなれない。
あー、腹減った……。
天井を眺めていてもしょうがない。ちょっと物乞いをするようで嫌なのだが……背に腹は替えられない。ミクを起こしに行くか。
空腹を訴えるだるい体を起こして、ミクの部屋の前に来る。勝手に入ると怒るだろうな。ここは無難にノックでもしておくか。
「おーい、ミク起きてるかー?」
ノックをしながら呼びかけてみる。沈黙。
珍しいな。ミクはアンドロイドらしい几帳面さで、いつも同じ時間に起きてくるのに返事すらしないなんて。
「ミク、そろそろ起きないかー?」
沈黙。うーん、どうしたんだ一体。
ドアの前で立っていると、空腹のせいでクラクラしてきた。
「おーい、ミクー。起きよう。もう時間だぞー」
……まあ、オレにもプライドがあるという事で。
またも返事なし。どうしたんだ?
空腹で気持ち悪くなりそうだ。オレがドアを開けようか思案していると、
「……起きてるわよ」
部屋の中から、小さくて機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。
ん? ミクの機嫌が悪いのは珍しくはないが、妙に声が掠れていたのは気になる。まるで……そう、風邪を引いているみたいに。
でも、アンドロイドは風邪を引くのか?
「ミク……大丈夫か?」
「大丈夫……。だから待ってて。今そっちに行くから」
そんな声がしてから、彼女がドアを開けるまで、実に1分ぐらいかかった。
ドアの隙間から覗くミクの顔はいつも通り不機嫌だった。いや、不機嫌なのはいい。問題は顔が赤くなっていた事だ。見るからに熱がありますって顔色だ。
「お前……大丈夫か?」
少しの間。
「……大丈夫よ」
おい、その反応は全然大丈夫そうにないぞ。
「お、おい──」
「お腹空いたでしょ? 今、用意するから」
「無理するなって」
「……無理なんかしてないわ」
オレを睨みつけるミク。だが、心なしかその視線は弱々しい。
「明らかに無理してるだろ!」
「……うるさいわね。大きな声、出さないでよ……。頭に響くわ」
頭を押さえている。まさに風邪の症状だな、これは。
「ほら、ベッドに横になれ。食事ぐらいオレひとりでも用意できる」
「それはダメよ……」
「どうしてだ?」
黙り込むミク。何がいけないってんだ? オレが用意すればコイツの面倒もなくなるだろうに。
「……たいからダメ」
小さなつぶやきが聞こえた。
「おい、何か言ったか?」
「……見たいからダメ」
「見たいから……?」
「……だから、食べる姿、見たい……」
赤い顔をさらに赤くしてオレから視線を逸らした。
たいしたもんだ。ミクの食に対する執念の凄さを見た気がする。
だが──
「わかったわかった。だが、無理はするな」
「で、でも……」
「話は最後まで聞け。オレが用意して、オレがそこで食う。お前はそこで座ってろ」
「……うん」
嬉しそうな顔を一瞬したが、オレが見ているのに気づいたのか、より一層俯いて返事をした。
ようやく折れたか。まったく、ミクはアンドロイドなのに妙に人間っぽいよな。アンドロイドってもっと聞き分けの言い存在じゃないのか? こんなに自己主張が強いなんて思わなかった。
「歩けるか?」
「それは大丈夫」
ミクはドアを開けた。開けたが……おいおい、大丈夫なのか? 膝が笑ってるように見えるぞ、おい……。
フラフラとした足取りで、歩みを進める。2、3歩進んだ所で、
「……あっ」
ほら、言わんこっちゃない。
「だから無理をするなって」
バランスを崩したミクの肩を掴んで支えた。それは細かった。見た目が女の子だから、その感触も見た目通り華奢だな。だが──
「……お前って見かけによらず重いな」
「ば、ばか……」
赤面するミク。ま、まあ……そういう所は可愛くないわけでもないな、うん。
「しっかり掴まってろよ」
「……わかってるわよ」
オレはミクの肩を支えた。ミクもオレにしがみつく。彼女の体温は熱かった。それはまさに機械の放射熱のそれだった。そして人間の女の子にしてはあり得ない重量。そういうのを感じると、やはりミクはアンドロイドなのだと再認識させられる。妙な気分だった。
なぜそんな気分になったのか……考えるのはやめた。いや、それはあり得ない事だからな、うん。だから止そう。
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