「闇くん。さっき言ったことは、もう忘れていいよ」
やっぱり気を使っていたようで、パンキッシュは申し訳なさそうに言う。
「忘れろ、ってのは無理があると思うよ。・・・・まあ、気にしなきゃ大丈夫だよ」
名前とは裏腹に、すごくさっぱりした性格のストレンジダーク。
直訳すると・・・『奇妙な闇』。
本当に裏腹である。
「闇くん。今度また遊び来るね」
「あ。うん」
気付いたら鳥籠の前にいた。
そこが、ストレンジダークの家。
彼が形を貰ったと共に、彼に渡った場所。
ストレンジダークは、この姿になるまでは、延々と同じことを続けさせられるムービーデータだった。
ただ、虚しさに包まれる日々。
だが後に新しいモジュールデータを受け、DIVAフロアでのみ、自由に生活することを許された。
いわば社会人だ。
働いた分だけの報酬ーーー・・・。
キィ・・・・。
鳥籠を開け、中に入るストレンジダークの足取りは重かった。
「・・・・・」
キィ・・・・。
鍵を閉め、案外暮らしやすい鳥籠の、一人用ソファに腰掛ける。
いや、蹲る。
よく言う、体育座り、とか、お山座りで。
「青・・・黒・・・」
クスン、と音を立てたストレンジダーク。
外では、無駄に愛想良く振舞わない彼には、溜まった哀しさを吐き出す所は無かった。
・・・・まあ、今の涙はあながち先程のパンキッシュに抉られた、過去の事だろう。
「・・・・・・・」
一人で泣いて、一人で立ち上がる。ストレンジダークはいつもそうだった。
見た目は可愛らしく、鏡音にしては幼めに見えるが、中身は誰よりも強かった。
それほどの孤独に耐えてきたのだから。
まあ、その分相当な恥ずかしがりだが。
「ふぅ・・・。思い出し泣なんて・・・誰も見てないよね?」
辺りを見回すが、いる気配はない。そしてまた、ポツリ。
「もう・・・やだよ・・・。お姉ちゃん・・・・」
そう。
ストレンジダークには、ムービーデータの頃に双子の姉がいた。
彼女は演技中は成り切っていたが、本当はすごく優しかった。
いつも、置いてけぼりのストレンジダークを気にかけ、守ってくれた。
ストレンジダークは、そんな頼れる姉を慕っていた。
だが、ある日。
ストレンジダークは、二つに分けられた。
ムービーデータと、モジュールデータに。
でも、その一方。姉は置き去りだった。
彼女はまだ一人。
でも、ストレンジダークは二人。
片方は彼女の元に残ったとしても、こちらのストレンジダークは、向こう側の事を何一つ知らない。
つまり、双子の姉と引き離され、一人暮らしーーーー・・・。
耐え難い苦痛。
乗り越えられない困難。
ストレンジダークは何事にも、一人で立ち向かっていた。
いや、一人で立ち向かわなけてばいけなかった。
だって、彼には相方が、頼れる自分の片割れがいないから。
だからなのか、相方がいる藍鉄や蘇芳、胡蝶や扇舞たちとは、中々話ができなかった。
そんな中、同じように周りに溶け込めていなかったのがブルームーンとブラックスターだった。
そして、仲良くなり現在に至る。
しかし、ブルームーンとブラックスターにも、大切な相方がいる。
そこだけは、ストレンジダークは考えないようにしていた。
また、人前で泣いてしまうから。
つまり、そう考えるとパンキッシュはストレンジダークに、かなりと言って近い存在だった。
まあ、確かにパンキッシュにも、デュエットで右肩の蝶をやる時には、それに対応したモジュールがいる。
でも、彼女にも専用の持ち曲があった。炉心融解が。
だから、パンキッシュも置いてけぼりのような者だ。
それに、本当は彼にも、対になるリンがいるはずだった。
だが、最終的には、彼女は企画から消された。
「同じ・・・・かあ・・・」
ストレンジダークは呟く。
同じ。同じ。
「そうだよ。俺ら、似てるんだ」
「!?」
何の前触れもなく、聞こえた声。
レンの声。
だが、その声の主はパンキッシュだった。
「ごめんね、いきなり。闇くんがさっきの話、もし気にしてたら・・・って思ってさ」
そう言って微笑み、パンキッシュはストレンジダークの頭をポンポン、と軽く叩く。
「パンキ・・・?パンキっ!!」
ストレンジダークは、さっきとは全く違う態度で、パンキッシュに抱きつく。
そう。
まるでブルームーンやブラックスターと話している時かのように。
「!?闇くん!?どうかした?!」
慌てふためくパンキッシュ。
パンキッシュに抱きつくストレンジダーク。
「パンキ、あのね・・・ボク、怖かったの・・・。皆、ボクを置いて行きそうで・・・。お姉ちゃんに・・・申し訳なくて・・・ッ!」
うわああああ、と声を上げ泣じゃくるストレンジダークは、周りに嘘を貼り付けた、いつものストレンジダークではない、本当のストレンジダークだった。
パンキッシュはそんな震えるストレンジダークを抱きしめる。
「大丈夫。俺がいる。それに、青や黒ちゃんもいる、ね?大丈夫だよ」
彼は優しく言う。
ストレンジダークは、いつの間にかすうすう、と、寝息を立てていた。
・
・
・
「ふぁぁ・・・・朝?」
ストレンジダークはソファの上で眠っていたようで、落ちないようにゆっくりと起き上がる。
パンキッシュは地べたに座りながら、そのソファの背もたれに体を傾けて眠っていた。
「パンキ?パンキ??朝だよ?」
パンキッシュは何度か呼びかけると、ゆっくりと目を開いた。
「ん?おはよう、闇くん」
「おはよう!」
ストレンジダークは、もう起きないかと思って心配してた、と可愛く笑う。
「・・・・闇くん」
「?」
突然パンキッシュは言い出した。
「俺・・・今日アンインストールされるんだ」
「あんいんす、とーる・・・?」
本当に突然の事だった。
「ッ・・・!!なんでっ!?どうしてなの!?」
必死になって問い詰めるストレンジダーク。
パンキッシュは、一瞬驚き、そして哀しい目をした。
「青・・・黒ちゃん・・・・いるんなら、出て来て」
「!?青!?黒!?」
すると、鳥籠の奥から二人が出て来た。
黒を基調としたモジュールだから、気づかなかったのだろう。
「パンキ・・・・ごめんなさい。私、誤解してたわ。ダークを助けてくれてありがとう」
「パンキ。消えるって、本当なのか・・・?」
彼らの大きな青い目は、悲しみのせいなのか、少し曇っていた。
「あはは、ありがとう、黒ちゃん。青。消えるのは本当だけど・・・。新しい俺と、仲良くしてくれないかな?」
願うように、言う。
ストレンジダークは突っ立っていたが、やがてパンキッシュに突進し、
「何で消えるのか・・・理由教えてよ」
と言う。
パンキッシュの服を掴んで、俯き加減で。
パンキッシュは、ため息交じりで話し始めた。
「・・・・あのな、実は、昔から俺にはバグがあったんだ」
「「「バグ??」」」
初めて聞いた事実に、彼らの驚きの声は揃って反響する。
「そ、バグ。で、最近になって、本格的に悪化してきたんだ。だから、マスターに聞いたら、『悪いんだけど、アンインストールしないといけないんだ。』って言われてさ。まあ、新しい俺が来るから、役割とかは気にしなくていいよ」
パンキッシュは安心させようと試みるが、やはり皆、動揺しかないようで。
「パンキ・・・・」
ただただ、俯いていた。
そんな中、声を絞り、
「パンキ・・・・いつ頃消えるの?」
とストレンジダークは言う。
ブラックスターとブルームーンは、アイコンタクトで何かを考えているようだった。
「・・・・今日の、午後12時きっかりに、消える」
パンキッシュは、もっと皆と遊んでたかったな、と作り笑いをする。
「・・・ねえ、青。ダーク。お別れライブ、しましょ?特別に、私達だけで」
ブラックスターの突然の提案に、皆驚いた。
何故なら、ブラックスターとブルームーンは超人気のプロギタリスト、プロベーシストだからだ。それにボーカルやコーラスまでやっている。
それに、案外侮れない。
ストレンジダークもかなり腕のあるキーボーディストらしい。
まあ、パンキッシュもプロドラマーだが。
そんな彼らの、仲間の生演奏を、消える前に聞けるというのは・・・嬉しいことだろう。
「そういや、パンキもドラム上手いんだろ?折角だし、みんなでやろうぜ!ライブ!!」
「おう!」
意見がまとまり、始めることになった。
「皆でバンド結成!チーム名はどうする??BBPSとか?」
「さすがダーク!頭文字ね!」
チーム名が決まった後、ミーティングをした。
「なんか思い出にでも残したいな」
というブルームーンの提案から、
今日の演奏をCDに収めることになった。
1、孤独の果て
2、パラジクロロベンゼン
3、右肩の蝶
ロックでない曲が半分をしめているが、彼らならアレンジなどお手の物だろう。
そして、午後3時。
4人だけのライブが始まるーーーー・・・・
ハズだった。
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