UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その11「ユフさんとの出逢い」
文化祭が終わり、生徒会役員の選挙が始まった。
わたしたちがやることは、残務整理と引き継ぎのための書類作りだった。
意外なことに顧問の先生は、私たちに手を抜くように言った。
「お前たちが全部やってしまったら、後輩のすることがなくなるだろう?」
しかし、わたしは先生に涼しい顔で言い返した。
「後輩が自主的にやることを探し出してくると思いますが」
先生は苦笑した。
「みんながみんな、紫苑みたいに『やる気』の塊のような生徒とは限らないんだがな」
「やることがなくて、遊んでばかりいる『生徒会』もいいと思いますよ。後継者に困りませんから」
隣のネルちゃんが涼しい顔で言った。
ネルちゃんの後ろの窓は、夕焼けが濃い赤に染まっていた。
顧問の先生は苦笑して席を立った。
「そうだな。それもありかもな」
先生は扉のノブに手を掛けて言った。
「日も短くなったし、そろそろ帰れよ」
先生が出ていったところで、ネルちゃんが立ち上がった。
「先生のお言葉に甘えて、この辺りで切り上げますか、会長?」
ネルちゃんはイタズラっぽくこっちを見て言った。
わたしは軽く頭を振った。
「あと五分。文化祭の司会のスピーチの原稿の整理が終わるの」
「じゃ、下駄箱で待ってる」
そう言うとネルちゃんは鞄を持って部屋を出た。
入れ替わりに先生が戻ってきた。
「さっきお前の担任の先生に聞いたんだが」
先生、藪から棒、過ぎます。
「紫苑、お前、まだ、高校、決めてなかったのか?」
担任の先生が口を滑らせたのは仕方ないとしても、顧問の先生が口に出すのはいかがなものでしょう。そう思ったが私は口には出さなかった。
「いや、そう睨むな。高校を決め兼ねてるんだったら、ひとつアドバイスがあるんだが」
そういうことでしたら、伺いましょう。
「君の学力なら、私学の特待生という手もあるんだが。先生の母校で、男女共学で寄宿舎もある、都心から離れた静かで良いところなんだ」
先生も人間だから仕方ないのかもしれないけど、こんな時は先生の下心透けて見えてしようがない。ネルちゃんじゃないけど、嫌みの一つも言いたくなってしまう。
「それ、先生のポイントになるんですか?」
顧問の先生は図星を刺されたようで一瞬言葉につまった。
照れ隠しに頭を掻いて見せたが、わざとらしさがわたしの鼻に残った。
「まあ、な。大人の事情ってやつだ。気にしないでくれ」
先生は、そそくさと部屋を出て行った。
わたしは、すっかりやる気をなくして、ネルちゃんの待つ昇降口に向かって歩いた。
が、そのネルちゃんは出た扉のすぐ脇に立っていた。
「おお」
私が驚きの声を上げても、ネルちゃんは反応せず、少し呆れたような、ちょっと怒ったような視線を投げてきた。
ネルちゃんの言いたいことがなんとなくわかった。そして、思った通りのことをネルちゃんは言った。
「まだ、高校、決めてなかったの?」
「う、うん」
「ふーん」
それっきり、ネルちゃんは口を閉じてしまった。
わたしは何か言われるのかと内心焦っていた。
帰り道でもネルちゃんはなにも言わなかった。
わたしも何と言っていいか分からず、ネルちゃんの後を歩いた。
いつも通り駅前に差し掛かった。
駅前の広場で、わたしとネルちゃんは同時に足を止めた。
白いトレーナーとジーンズの男の人が立っていた。前に会ったときと雰囲気は違っていたが、長いロールした髪は変わっていなかった。
〔確か、テトさんのマネージャーさん…〕
「あはっ」
ネルちゃんは笑顔を輝かせて振り返り、わたしに指し示した。
わたしは二回頷いた。
四ヶ月ぶりだろうか。ネルちゃんとテトさんのバックで踊って以来だ。
「こんにちは」
ネルちゃんは気さくに挨拶が出来るけど、わたしは少し構えてしまう。
「お忙しいところ、失礼します」
声をかけられてマネージャーさんは一瞬不思議そうな顔をして、何かに気付いたようで、はっとなった。
「あー、君たち、夏にバックダンサー、やってくれた…」
残念、名前までは覚えてないようでした。
「確か、中学生の、…」
マネージャーさんが少しだけ思い出すのかと期待したけど、五秒待っても出てこなかったので時間切れになりました。
「紫苑ヨワです」
「亞北ネルです」
ネルちゃんはちょっと澄ましたように、わたしはちょっと遠慮がちに軽く、会釈をした。
わたしたちの名前を聞いても、マネージャーさんはピンとこないようだった。内心、ガックリ。
マネージャーさんは照れ隠しに頭を掻きながら頭を下げた。
「申し訳ない。名刺をもらった人のことは忘れない自信があるんだけど」
わたしは少し辺りを見回した。
「今日は、テトさんは?」
「彼女は今日はテレビ番組の録画でスタジオに。僕は、彼女のミニコンサートの手伝いだ」
マネージャーさんの指した方に、紫のウィンドブレーカーを着てフードを被った女の人が立っていた。
女の人はフードを取って一礼した。
「初めまして」
起き上がった顔は綺麗な顔立ちで、大学を卒業した大人の女性の雰囲気だった。
その後ろで綺麗に編み込まれた密編みの銀髪が揺れていた。
身長は少しわたしより低かった。
「雪歌ユフ、と申します」
ハスキーな声だった。それは氷に触ったような冷たさを持ちながら、耳の中で甘くチョコレートのように溶けた。
〔すごい。不思議な声〕
ユフさんはすっと自然に手を差し出した。
その手を躊躇わずに握ったのはネルちゃんだった。
「亞北ネルです」
わたしはちょっと控えていて、ゆっくり手を出したら、ユフさんは躊躇わず握ってくれた。意外に暖かい手だった。
「紫苑ヨワです」
「知ってます」
綺麗な笑顔でユフさんが言ってくれた。
「そちらの亞北ネルさんも」
笑顔は凄く優しそうなのに、心の中が読めない、一瞬、そんな風に、ユフさんが見えた。
「どうして、わたしたちのこと?」
「テトさんから聞きました。凄い中学生がいる、って」
正直なところ、初めて会う人に誉められると照れる。ネルちゃんなら怪しむところだろう。
だが、ネルちゃんの表情は素直に真っ赤に染まっていた。
〔ということは、初対面じゃないってこと?〕
「よかったら、聞いていってくださいね」
わたしは疑問を披露する間もなくユフさんの笑顔に釣られて頷いた。
「はい、勉強させていただきます」
ネルちゃんの強い言葉にわたしは目を丸くした。
くすっとユフさんが笑った。
「そんなに畏まらなくていいから」
ふわりと雪が降るように、ユフさんはネルちゃんの肩に手を置いた。
それからふわりと離れると、ユフさんは駅の中に入った。
入ってすぐ、いつもは臨時の土産物売り場にしかならないスペースに、こじんまりしたライブステージがあった。ステージの上のアーチに「雪歌ユフスペシャルライブ」の文字が掲げられていた。
すでに五、六人のファンとおぼしき人が、ステージの前に陣取っていた。
もし先に、ユフさんに会っていなかったら、奇特な人がいるものだと軽く考えて、通り過ぎていただろう。ユフさんの声を聞いたら、どんな歌い方になるのか気になって仕方がなかった。
振り返ったネルちゃんは、聞く気満々だった。小さなCDプレイヤーがリハーサルと宣伝を兼ねて出しているカラオケに、小指でリズムを取っていた。
ユフさんは、手鏡を覗きながら、髪の毛をいじっていた。そのとき微かな歌声が聞こえてきた。カラオケに合わせてユフさんがハミングをしていたのだ。
それを聞いてわたしは鳥肌が立った。不思議な感動が足元から登ってきて体の中に入り込もうとしているみたいだった。
〔うわ。ユフさんの歌、聞きたい。絶対、聞きたい〕
そのときだった。駅前のロータリーに大型のトレーラーが入ってきた。
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