幼い頃から色々と習い事をしているみたいだが中でも杖術が好きらしく、今でも晴れている日は外で、出勤前に1人で稽古っぽいことをしている。
大学入学時、一人暮らしする時にか弱き乙女だから知り合いが近くにいると安心できるという理由で隣に住むことになったが、多分、俺より圧倒的に強い。
俺や未来は、今は実家のある故郷から離れて暮らしている。
だからもともとは親父とはこのアパートで一緒に住んでいなかった。
ところが色々とあって1年ほど前に親父がこの部屋に引っ越してきた。
色々とは…また話す機会があるとは思う。
夢の中とはいえ、隣の部屋からただ事ではなさそうな声が聞こえると心配になる、おおかた、巨大な虫でも出たんだろうが。
ラックの中段に置かれた液晶のデジタル時計を見ると午前7時17分だった。
現実の世界ならそろそろ寝癖をつけたままの未来がこの部屋に来るはずだ。
そしていつものように、マーマレードが山盛りになったトーストにかじりつく。
朝食を一緒に食べるのは、ここに引っ越してきてからの習慣だからだ。
先ほどの声が気になり急いで様子を見に行こうとサンダルを履いて玄関を出たところで、ちょうど201号室のドアが開くのが見えた。
…?
そのドアから出てきたのは少女だった、見慣れた山王未来ではなく。
それも、今、自分の部屋にいる少女とそっくりな『鏡音リンちゃん』に似た。
裾を何重にも巻き上げた青いジーンズとかなりだぶついている白いTシャツを着て、そしてその上から襟のある白い半袖シャツをマントのように羽織っているその少女は、ドアを開けながらこちらを見ると元気良く挨拶してきた。
「おっす!」
敬礼をするような仕草で、立てた人差し指と中指をこめかみに軽く当ててから、前方に少し突き出す。
そのキザな挨拶の仕方はまぎれもなく山王未来だった。
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