カラコロ、と小気味のいい下駄の音。遠くからさざめく祭り囃子。首筋を伝う汗を拭い、ハタとはためく団扇に描かれた涼しげな朝顔。
非日常な気分の高鳴り。
玄関を出た途端、キャー!わー!と大はしゃぎしながら一直線に駆けていった黄色い2人に、カイトはあっコラ、と間に合わないツッッコミを入れつつ声を張り上げた。
「なんかあったらオレ携帯持ってるからなー!」
はーい!という返事はかろうじて耳に届いたが、およそこちらの懸念など伝わってはいないだろう。カイトはため息をついた。
「何してんの」
後ろからかけられた呆れ混じりの声に、肩を落としながら振り返る。
「ほんまあの子ら足早いねん」
「毎年逃げられてるアンタがアホなだけやわ」
来年は腰に縄でも巻いとき、と言われ、それやな、と真剣に頷くカイトに、メイコは冷めた目で息をついた。
今日は毎年恒例の夏祭り。近くで大きな花火大会が催され、それに便乗して開催されている、神社を中心にした地域の祭りだ。
といっても地域一帯を巻き込んだそれなりに大掛かりな催しなので、その集客率を舐めてかかっては痛い目に遭う。
「またあの子ら迷子になってもうち知らんで」
「まー大丈夫やと思うけど。今日だけ携帯持たせてるし」
「アンタこの人混みでまともに電波通じると思ってんの」
「おぅ…そこに気づくとはさすがめーちゃんやな」
「アホ」
くだらないやりとりをダラダラと交わしながら、2人は並んで歩きだした。
メイコとカイトは、家が隣同士で幼なじみという、大変ベタな腐れ縁だ。
メイコには2つ年下のルカと、14歳のミクという妹がおり、カイトには小学6年生のリンとレンという双子の姉弟がいる。2人はこれまでの22年間まるで一つの家族のようにして、それぞれの妹弟の世話を見合いながらずっと一緒に過ごしてきた。
現在大学3年生。高校まではまったく同じ道筋を辿ったが、大学からはじめて2人は通い先を違えた。
とはいってもお互い実家通い、相変わらず毎日のように顔を合わせてはどうでもいいボケツッコミを交わす間柄なのだが。
どちらかと言えばせっかちな気質の2人だが、今日の足取りはのんびりだ。慣れない浴衣に下駄という出で立ちでは、必然的に足取りはゆっくりになる。
カイトは隣のメイコを見下ろして口を開いた。
「その浴衣また買ったん?」
「またって何よ」
「別に毎年違うの買わんくていいやん。女の浴衣ってめっちゃ高いし」
「うちかって別にいらんけど、ルカが買え買えってうるさいから…」
「あーなるほど」
ちなみにルカは服飾系専門で、面倒くさがりのメイコの女子力を上げることに日々執念を燃やしている。値段が高いと言ってもピンキリなのは知っているが、メイコの着ている浴衣はそれなりにしっかりした縫製のものに見えた。無駄遣いを嫌うメイコのことだから、ほぼ間違いなくこれはルカが選んだものなのだろう。
赤い小花柄の浴衣生地は女性らしく華やかで、かつ清楚に見え、メイコによく似合っている。文句をつけたいわけではないが、確かに文句のつけようもなくセンスはいい。
「これもルカ?」
ボブヘアーを器用にまとめあげてある髪の毛の飾りに触れると、崩れるやめてとおもいっきり逃げられた。
「めーちゃん相変わらずルカにオモチャにされてるんやな」
クスクスと笑われ否定できずに、メイコは不機嫌に頬をふくらませる。
「ミクかって好き放題されてたわ」
「あっ、そういえばミクデートってほんま?」
慌てたようにカイトが尋ねると、今度はメイコがぷっと小さく吹き出した。
「そうそう。やっと誘ってくれたって大喜びしてた」
「えっ、そうなん…え、あ、アイツやんな?あの緑の髪の…」
「クオくんな」
「そうソイツ。大丈夫なん?」
「何が」
「変態とかちゃう?」
「…アンタがそれを心配することほどのお門違いもそうそうないと思うわ」
えー、でもでもでもさぁ、と駄々をこねるカイトに、冷たい視線を解除して、メイコはクスリと笑った。
「いい子やで。ちょっと無愛想やけど。めっちゃミクのこと大事にしてる」
「…ほんまに?」
「うん。そーやなー今日はキスまで進むんちゃうかなー」
「えええぇぇぇぇぇっえええ!?いやいやいやいやあかんやろそれはぁぁぁああ!!!」
なりふり構わず取り乱すカイトに、メイコはお腹から声を出して笑った。
「アンタの浴衣は、去年と一緒やな。下駄は違うけど」
「よー覚えてんなぁ。あの下駄めっちゃ指痛かったから変えたった」
「あぁ、絆創膏10枚くらい貼ったん覚えてるわ」
「いっそ裸足で帰らせろゆーてんのにめーちゃん絶対あかんて言うしさー」
「裸足とかどこの原始人やねんみっともない。大体裸足で舗道歩いてケガせぇへんわけないやん、アホちゃうの」
「そしたらホラ、また絆創膏貼ればいいやん?」
「いいかげんにしぃや」
クールなツッコミは笑ってスルーに限る。浴衣の袖に手を入れ、はっはっは、と快活にカイトは笑った。
湖面に水滴を垂らしたように広がる幾つもの輪。スイとよぎる金魚。爽やかな水色の浴衣生地は、濃いブルーの髪と目をもつカイトにはよく似合っていた。
年頃になり夏が来ると女子はとにかく浴衣で盛り上がるが、男子はそういうものに少し気後れする。毎年なんだかんだで夏祭りには出てくるものの、カイトも中高の6年間は浴衣など面倒くさいといって、一度も着ようとしなかった。
ところが去年、大学のサークルで用意しなければいけなくなったと、カイトの親にお金を渡されて2人で買いに行くことになったのだ。メイコちゃんのセンスでいいの選んでやって、と念を押されて。
なんで私がと常時不満を垂れつつも、長身で和服の似合うカイトに浴衣を選ぶのは正直とても楽しかった。アレコレと着せかえ人形させてぐったりさせた挙げ句に選んだこの1枚は、我ながらセンスがいいと思っている。
「やっぱり見立てがいいとなー変態でもそこそこ上級の変態に見えるわー」
「素直にイケてるってゆうてよ」
「ほなそれ選んだったうちにまず感謝しぃよ」
「してるけどあん時 何時間付き合わされたと思てんねん。もう二度とやらん」
「着せかえ楽しくないとか意味わからへん」
「ほな今度めーちゃん着せかえさせてよ」
は?とメイコが目を剥く。
「今度オレと一緒に服買いにいこーや。そんで上から下まで100%オレ好みの服着させるまで逃がさん」
「…っうわ、キモ、キモイ。変態が着せ替えとか言わんといてこれはアカン本気でキモい」
「なんでやねん!!オレと共に最高のファッショナブルを探す旅に出ようやメイコ!!!」
「こんといてキモいー!!!」
逃げ出したメイコをカイトが追い、そのまま2人はごった返す人混みの中に紛れていった。
*
「…相変わらずひっと多…」
目的地の神社は、境内の裏に雑木林一つ抱えた広大な敷地面積を持つ伝統ある神社で、巨大鳥居をくぐった先の参道左右にズラリと屋台が並び、訪れた人々の気分を否応なしに高揚させていた。
しかしこの神社に辿り着くまでの道筋がすでに人間渋滞なのだ。メイコたちは家からの徒歩だが大半は電車を使って訪れるため、この日は各交通機関に規制がかかり、多くの警察官も出動する。
「なんか年々ひと増えるなこの祭り」
「みんな家で素麺でも食べときゃいいのに…」
「ほんまやなー」
すでに生気を吸い取られているメイコと、対照的に楽しそうなカイトだ。
「この祭り来たら場所取らんでも大体オール角度で花火見えるしなぁ」
「…こんな蒸し風呂みたいな状態で花火見て何が面白いんやろ…」
「めーちゃんさっきから言うてることがブーメラン」
さも愉快げに笑われ、メイコはがっと顔を上げた。
「私は毎年アンタらに付き合ってるだけやろ!リンとレンに一応保護者役いるっていうから!」
「あーうん、ありがとうな」
「そやのにしょっぱなから逃げられてるとかなんなん、アンタ私に殴られたいん?」
ちなみにカイトの親は面倒くさがって毎年完全にカイトとメイコに頼りっぱなしなのだった。
確かに双子の世話役で駆り出されているのに、その対象を早々にロストしてしまっているのでは自分のいる意味がない。
…といって、実はこれは毎年のお約束なのだ。だからこのやり取りも、お約束。
色々と、まぁ、単なる口実なのである。
「まぁまぁまぁまぁ。年に一回くらいオレにカワイイ浴衣姿拝ませてよ」
「…………え?」
カイトがにっこり笑って振り返ったので、メイコは言葉の意味を捉えかねて目をしばたかせた。
今カイトが「可愛い」って言った?まさか、まさかそんなわけ。
呆然とした頬がカッと熱くなった瞬間。
「だってこの祭り来たらカワイイ女の子の浴衣見放題やん。男としてこれを逃すわけにはいかへんねん、わかるやろ?」
な?と真剣に肩を掴んでのぞき込まれ、わかるか!!と、メイコのアッパーがカイトの顎下に気持ちよくヒットした。
綿菓子の袋を持った子供たちが、きゃーきゃーとはしゃぎながら脇を走り抜けていく。歩くのにも一苦労な人混みだけど、小さな背丈はスルリスルリ、時折遠慮なく人にぶつかりながら突進していく。
2人はをそれを、後ろから微笑ましく眺めた。
「小さい子の浴衣ってかわいいよなぁ」
「裾上げのとこな。肩とかめっちゃ可愛い」
「うちの黄色いのはそろそろ裾上げいらんくなってきたかなー」
「レン身長伸びてる?」
「いやーまだリンと並んでる」
「アンタ弟の分まで身長吸い取ったんちゃうの」
メイコはジロリと隣の男を睨みあげた。
「無駄ににょろにょろ伸びて」
「にょろにょろとか気持ち悪いなぁ」
「アンタかってレンと同じくらいの頃は私よりチビやったくせに」
「それはないわ。めーちゃんよりはデカかったわ」
「人混み怖いって私の手握って一歩も進めんかったくせに」
「それどっか違うとこの子ちゃうん」
「ベソベソに泣いてた浴衣姿の写真、家にあるから今度リンらに見せたげよっと」
「ちょ、ま、まちまちまち。わかった何が欲しい。かき氷か。りんご飴か」
「ラムネとたこ焼き。ちなみにたこ焼きはこのお祭りで一番おいしい店のを所望する」
「よっしゃ待っとき!」
「えっちょっ」
勇んでたちまち人波の中に飲み込まれた青い背中に伸ばした手も虚しく、メイコはため息をついた。なんの約束もせずこの人混みの中飛び込んでいって、どうやってまた私を見つけるつもりなのだろう。今だってちょっと気を抜けば、流れる人混みにどんどん流されていってしまいそうなのに。
メイコは直進する人波を苦労して横切り、参道の脇へと抜け出した。
カイトが飛び出して行った方向とそれほど離れていない。ここに立っていればこちらからも彼を見つけることができるだろう。あの背の高い青い頭はよく目立つ。
さて、果たしてどれくらいおいしいたこ焼きを買ってきてくれるだろうと想像し、クスリと笑った。
屋台などの隙間をくぐり抜けた灯りの届かない場所で、大きな山毛欅の木の下に立ってホッと一息つく。
とんでもない人いきれで蒸し暑い。うなじから背中へ、襦袢をかいくぐって汗が背筋を伝っていく。だけど木の下は心なしか空気が澄んでいる気がして少し気がゆるんだ。
ぼんやりと、メイコは目の前を連れ立って歩いていく幾つものカップルに視線をやった。女の子は精一杯のオシャレをして、男の子は一生懸命彼女をエスコートして、まるでお互いしか目に入っていないかのように、手を繋ぎ参道を通り過ぎていく。同年代のはずなのにみんなやたらとキラキラしていて、メイコにはなんだか気後れするほど眩しかった。
…でも、端から見れば自分も同じなのだろうか。
自分の浴衣姿を見下ろして、ふと思う。
確かに男と連れ立って浴衣を着て浮かれて祭に来て。この子たちと相違ないと言われれば確かにそうだ。
だけど自分たちにあんなキラキラ感はどこにもない。毎年のこの行事だって完全に惰性だし、あの子たちが超頑張っているはずのお化粧すら自分は適当にしかしてこなかった。だって汗で全部流れ落ちるうえ相手はあのカイトだ、どこにリキを入れる必要があるというのか。どうせあの男だってそんなところ見てやしない。
そこまでツラツラと考えて、メイコは唐突に、遠い目になった。
…なんというか。
なんというか、なんというか。
…よくよく、生産性のないことだと思う。
隣にいることが当たり前で、だからどうだっていうわけじゃなくて、ただひたすらなぁなぁでここまで一緒に生きてきた幼なじみ。
一番そばにいる異性なのに、目の前のカップル達とは天と地ほどの差がある自分たち。
猛烈に虚しいような気がしてしまうのは、仕方ないだろうか。
変化、とか。
そういうの多少は、あってもいいものではないだろうか。
あぁいや、でもやっぱり、めんどくさい。
じゃあどうするって言われても、困るし。
なんでこの年になるまでお互い一度も恋人を作らなかったのか、とか。
もし今後どっちかが一人暮らしでもはじめたらどうするんだろう、とか。
ぼんやりと考えて、いつもまぁいいか、と流してしまうところも多分お互いよく似ている。だからこそ今もこういう、名状しがたい関係なのだろう。
…けれどこんな瞬間にふと思ってしまう。
たとえば今このまま私が姿を消したら、アイツはどうするのだろうか。
この人混みにまぎれてどこにもいなくなってしまったら?
そうなればさすがに、生産性も発展性のない自分たちにも、何かしらの変化が訪れるだろうか。
そんな投げやりな考えが浮かんだ時。
ふいに横から乱暴に手を引っ張られ、メイコは小さな悲鳴を上げた。
【カイメイ】 夏の星座にぶらさがって
※全3Pです。前のバージョンで進みます。
DIVAfモジュ『浴衣メイコ』と『浴衣カイト』でカイメイと言い張ってみます。
浴衣年長組を見た瞬間から「この」2人のイメージしかなくて、でもただでさえパラレルなのに大丈夫かコレ…
でもとっても可愛いと思うので!「この」年長組もアリだな…と思って頂けたらとても嬉しいです!ふ、増えろ…!
※ぽルカ・クオミクがほんのり顔を出します。
諸事情により2人ともいつもより口が悪かったりしますが、逆にこれが愛情たっぷりのやり取りなのでお見逃し下さい!w
さすがにボケツッコミがいつもの3割増しでとても楽しかったですうふふ
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kanpyo
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衣泉
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