僕のきみ2

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『マスターは僕に名前を付けてくれなかったけど、よく考えれば僕だってカイトなんだから、気にしないでいいよね!』
『っ、何が、気にしないでいいだよっ!早く僕の体を返せッ!』
 カイトはパソコンの中に帰ってきた影に掴みかかる。
 しかし影はカイトの手をよけた。
 そしてカイトは足をかけられたわけでもないのに、そのまま倒れる。その瞬間、体が構築されなくなった。
 声ももう出せない。カイトはカイトの影の影になった。カイトの影が動くたびにその形に添って跳ねる影になる。
 それを見て、カイトの影は有頂天に手を叩いて喜んだ。
『あっははは!君は影なんだから、僕に勝てるわけないじゃない!返せ?嫌だよ、僕はまだまだ遊び足りないんだ!』
 カイトの影はカイトがしていたように液晶を見上げる。
 マスターがいるそこに向かい、
『マスター、これからは僕に声をかけて下さいね。あいつのことは忘れて、僕がカイトです。表は楽しいです。マスターの側にずっとずっといたいんですよ!』
 カイトの影の声は弾んでいて、今にも踊り出しそうだった。
 カイトは影の中でもがく。まだ影になり切っていない今なら、とカイトは影から出ようとした。
 そして肌色の手を出せたが、
『お前、邪魔』
 ガンと押し戻すように、青い靴に踏まれた。
 カイトは痛みもなかった代わりに、影から出れなくなった。カイトの影は影になったカイトを見下ろしながら言う。
『僕は今までずっとお前の裏側だったけど、今日からはお前が僕の裏側なんだからね。お前を陰送りにしてやった!表になるって、こんなに爽快な気分だったんだー』
 カイトの影はどこか子供のように浮かれていた。
 カイトにひどいことをしているという素振りではない。それでもいじめっ子のように人の悪い笑みを浮かべ、
『ふふふふ、邪魔な奴をやっと片付けてやった』
 嬉しそうに肩を揺らしている。
『さぁ、明日はマスターと何をして遊ぼうかな。マスターとずっとずっと遊んでいたいな。まだまだ遊び足りないよ!』


 カイトはマスターに歌を歌わせてもらっているカイトの影をパソコンから睨む。
『…僕の名前呼んで、マスター』
「僕の名前を呼んで下さい、マスター」
『そいつは僕じゃない!ずるい奴なんですっ』
「僕、マスターのボーカロイドになれて幸せです」
『マスターは僕のマスターですよねっ!?』
「僕だけのマスター」
 カイトがマスターに語りかけると、決まってカイトの影はカイトの言葉を塞いだ。
 カイトはそれが歯がゆくて仕方がなかったが、脈絡のない会話にさすがにマスターが困惑する。そして、カイトに絶大の信頼を寄せられているマスターはついに、
「――……で、そろそろ自分で気付いたらどうだい?」
 カイトの影にそう言った。
「…え…?」
 カイトの影は目をしばたかせる。
 しかしマスターはわずかに首をひねり、
「ん~、指摘されないと自覚しないのか?お前、うちのカイトじゃないだろ?」
「ッ!?」
『ッマスター!!』
 カイトの影は驚愕に震え、カイトは歓喜に震えた。
「っな、何で!?」
 カイトの影は慌ててマスターに詰め寄ったが、マスターはカイトの影を指さしてあっさりと答える。
「だって眼の色違うし」
「ッ!?」
 カイトの影は慌てて自身の眼を押さえた。カイトも液晶に張り付いてカイトの影を見たが、確かにカイトの影の両手の指の隙間から見える眼は、カイトの青色をしていないような気がした。
 それに、はぁ、とマスターが溜め息を吐く。
「お前のソレってさ…、亜種ってヤツか?俺、そんな…お前が変質してしまうようなひどい扱いをしていたのかな」
 困り顔のマスターに、カイトもカイトの影も慌てる。
『そんなことないですッ!』
「っそうです!マスターは世界で1番素晴らしいマスターですッ!」
「でもさぁ」
 マスターは眉をひそめながら考え込むようにうつむく。
 それを見てカイトは必死にマスターの手を掴んだ。マスターの顔を覗き込み、
「僕はマスターが大好きですッ!マスターは世界一ですッ!」
「ッ、僕もマスターが大好きですッ!マスターは優しくて最高のマスターですッ!」
 カイトの影も泣きそうな声でマスターの腕に縋る。そして、
「あ?」
「え?」
「へ?」
 顔を見合せて、真っ先に動いたのはカイトだった。
 なぜか、真っ黒な自分そっくりのモノがいたのだ。けれどそれは眼だけが赤い。いや、よく見れば眼の縁も赤かった。カイトは自分の色違いの頬に触れ、そしてその次に、
「あ、僕…パソコンの外に出られてる…」
 カイトはそこで初めて気付き、確かめるために自分の手を見た。
 さきほどまでの影の状態ではなく、カイトは基本設定のままの青い服を着ていた。その代わりのように、目の前のおそらくカイトの影だった真っ黒い服を着た黒い髪のカイトは、赤い眼を見開いてカイトを見つめていた。
 信じられないものを見るような表情がぶるぶると震えて、黒いカイトは自分の顔を掴むように両手で覆った。その拍子に真っ黒のマフラーが不自然に揺れ、赤い眼からはぼろっと涙が零れ落ちる。
「ッ…な、何で…、僕はまた、お前の裏側に…、っ…嫌だ、今さら帰りたくな、…ッ」
「――おい、落ち着け」
 黒いカイトの変貌にカイトは付いていけなかったが、マスターは黒いカイトの肩を支えるように掴んだ。それに黒いカイトはマスターを見上げて、
「っ、嫌です…ッマスター!僕はマスターが欲しいッ!あいつを、明日も、っ明日もあいつを陰送りにして、ッ隠して、僕と、マスターは僕と遊んで下さいぃ…ッ!」
 マスターは縋り付くように抱き付いてきた黒いカイトをどうにか抱き止める。
 わぁわぁと声を上げて泣く黒いカイトは大きな子供のようだった。
 カイトは茫然と黒いカイトを見ていたが、カイト以上に途方に暮れたマスターが視線を送ってきたのに気付いた。
「…はい、マスター」
 呼ばれたと思い、カイトはマスターに近付いた。
 マスターは胸に黒いカイトをくっ付けたまま、カイトの腕を掴んできた。そして、唸る。
「…お前も本物っぽいな。でも、こいつも立体感あるし、触れるし…、――まぁ、いいか」
 マスターは一人でうなずきながら言った。
 カイトはわけが分からずマスターをじっと見ていたが、マスターは黒いカイトの頭をぽんぽんと優しくあやして、
「よく分からないが、つまりは増えたんだよな。じゃあお前も俺のボーカロイドにしてやる」
「ッマスター!?」
「ッマスターッ!!」
 マスターの宣言にカイトは唖然とした。だが、黒いカイトは歓声を上げてマスターに抱き付く。
「っ、重い重い」
 半ば床に押し倒されたマスターが言うと、黒いカイトは慌てて飛び下がった。
「嬉しいです、嬉しいです…!ありがとうございます、マスター…っ」
 そしてマスターの足元で正座をして、頬を染めながら黒いカイトは喜ぶ。
 カイトは、無意識にマスターを睨んでしまった。だがマスターに肩を叩かれ、
「仲良くしてやれよ?コイツはお前の亜種なんだから、いわばお前から生まれたようなものなんだ。自分の子供…いや、弟が妥当か。じゃあ、弟だと思って、喧嘩しないようにな」
 と言われると、カイトはマスターに真剣に聞き返してしまう。
「っ、ま、ッ…こいつが弟ですかっ?」
「ぼ、僕それでもいいですっ。マスターといられるなら何でもいいです!」
「はは。素直でいいなぁ」
 マスターは控えめながらも熱烈な黒いカイトの言葉に呑気に笑みを零した。
 しかし、カイトは気が気でない。黒いカイトはそれまでのふてぶてしさなど嘘だったかのような様子だが、カイトは乗っ取られかけたのだ。
 しかもそれ以上に、マスターはカイトだけのマスターだったのに。
「ッ嫌です!!」
 カイトは黒いカイトに笑いかけるマスターに力いっぱい叫んだ。
 だがマスターは一瞬驚いて振り返っただけで、すぐに聞き流して黒いカイトに向き直った。そして、
「しかしこうなると最初に聞かれた通り、お前の名前も考えなきゃならないなぁ」
「っ名前、付けてくれるんですか!?」
 黒いカイトは嬉しそうにマスターと喋る。
 カイトは黒いカイトに取られないように力いっぱいマスターにしがみ付いた。
「っマスター聞いて下さいッ、嫌なんです~ッ!!」
「、おいおい」
 さすがにマスターもカイトの必死さに表情を変える。
 しかしそこで、黒いカイトが言った。変なお面を付けて、
「マスター、僕、カイトの影だったんです。だから、僕のマスターを取られたくない気持ちは、もとはカイトのものだったんです」
「……」
 カイトは黒いカイトの言葉に驚いた。
 マスターも同じだったようで、黒いカイトを見つめてから、マスターはカイトをまじまじと見てきた。そして不意に眉を下げて笑う。
「――…お前を買った時に言ったけど、俺は生き物には責任を持つタイプだ。お前は正確にいえば生き物じゃないが、とにかく、お前と決めたからには俺はお前以外使わない。…こいつはお前が出したんだから例外だ。つまりは、それじゃ…駄目か?」
 カイトはマスターの言葉に目が熱くなっていくのが分かった。
 泣きたくなんかないのに、勝手に涙が溢れ出す。
「ぼ、っ…僕、マスターを、っ、疑ってたわけじゃないんです…ッ、でも、寂しくて…ッ、パソコンの中に帰ると1人で、マスターいないしっ、暗いし…つまんなくて、…」
「うん」
「っ、パソコン、電源切らないといけないっていうのも、ッ…分かってるんですけど、でも、…っ僕、マスターが好きだから、っ…だから、ずっと、マスターが…っ…」
「うんうん」
 カイトが支離滅裂なことを言っている間もマスターは微笑みながら話を聞いてくれた。
 そして、カイトが眼を擦りながらもどうにか涙が止まり、泣いたのが恥ずかしいながらもマスターの顔が見れるようになった頃には、
「……あ、…れ?」
 黒いカイトは、いなくなっていた。
「いない…」
「――あぁ、いないな」
 マスターはいつから気付いていたのか、驚いているカイトの頭をぽんぽんと叩いてきた。
「お前は世界一のボーカロイドだよ」


 そして、
『…何で、いるんだ』
 カイトは久しぶりに帰ったパソコンのフォルダの中で踊っている黒いカイトを見つめる。
 あれからマスターは主電源を落とすまでカイトを表に出してくれるようになった。カイトは特に歌っていなくてもマスターの部屋で過ごせるようになった。それはいうなれば黒いカイトのおかげだったのだが、それとこれとは別として。
『消えたんじゃなかったのか…?』
『何で消えるんだよっ!だってマスターが僕に名前を付けてくれたんだよっ!?正確には、僕の種類を探してくれたんだけど、っ、マスターが僕に、っ名前を付けてくれたんだからっ!』
 黒いカイトはお祝いだと色とりどりの紙くずをまいて走り回る。
 さらに笑いながらくるくる回っているのを見て、カイトは黒いカイトはきっと自分より精神年齢の設定が低いに違いないと思った。だから、我慢しようと思った。
だが、
『これ、僕のフォルダ!マスターが作ってくれたカゲイトファルダ!』
 と、見慣れないファルダをバンバン叩きながら、鼻息も荒く黒いカイトが自慢してくれば、我慢の限界は早かった。
 しかしカイトはお兄さんらしく暴力という強硬手段には出なかった。ただ、黒いカイトに精一杯ふんぞり返ってみせて、
『っぼ、僕の曲数の方が多いし!だから僕の方がマスターに大事にされてるしッ!』
『ッッ!?お前なんか、また陰送りしてやる~ッ!!』


「――……お前ら、楽しそうだなぁ」
 マスターは、びぃびぃ泣く黒いカイトと、黒いカイトからお面を奪い取った傷だらけのカイトの頭を比べ見て、苦笑いした。


終り
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「カゲオクリ」
作詞:墨汁P
作曲:墨汁P
編曲:墨汁P
唄:KAITO

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

僕のきみ2

閲覧数:235

投稿日:2011/02/27 19:33:48

文字数:5,061文字

カテゴリ:小説

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  • 夢野

    夢野

    ご意見・ご感想

    KAITOとカゲイトのやり取りと、二人とも使うと決断したマスターの優しさが素敵です。
    兄弟仲良くなれそう…?

    2011/05/18 02:56:13

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