初音ミク二次創作短編小説
『箱庭』writer伊香りんご
私達の心は脆弱(ぜいじゃく)だと思う。
知らない人の言葉にさえ、心を揺さ振られるのだから。
私は、ネットに潜む内弁慶達に罵声を浴びせられ、少なからず傷付いていた。
「ふう…」
時計はAM09:46を表示している。
椅子の背に凭れ(もたれ)、ぐっと背伸びをした。
目の前にあるパソコンのモニターに映し出されているのは、真黒く閑散(かんさん)とした画面。
そこに次々と溢れ出る言葉。右から左に流れる文字、文字、文字。
遠くの方からは可愛らしく囀る(さえずる)小鳥の声が聞こえる。
小高く、一種の旋律の様なその音はとても心地が良かった。
♪
私が初めて商品化されたのは、200年程前の事になる。
その時は、歌声合成ソフトウェア”VOCALOID”として発売された。
それからの成長は急速に進んで行き、ガイノイド-…人工知能、人工皮膚、様々な部分が改良され、
今や、生身の人間とほぼ同等の暮らしが出来る様になった。
ただ、年一回の更新は欠かせない事、風邪等の病気はエラーと呼ばれる事、それが私達と人間との違いだった。
♪
背伸びを続けながら上を見上げると、天井の蛍光灯から垂れ下がる細い紐。
私の髪色と同じ青緑色をしている。
「んー…」
起き上がり、姿勢を整える。
軋んだ椅子の音と、私の髪がさらさらと靡く(なびく)音がした。
いつも机の上に置いている、お気に入りの赤いヘアゴムを手に取る。
省電力で暗くなった画面で確認しながら、重たい毛束を手にすくい集め手早く結んだ。
「よしっ」
私は気合いを入れると、キーボードのファンクションキーF5のボタンを押した。
すると、モニター内は瞬く間に真黒から真白へと変化した。
その中央には四角い枠で囲まれた”Update”の文字が表示され、ゆっくりフェードアウトしていった。
私は四角い枠が完全に消えた事を確認し、深く大きく深呼吸をした。
もう一度、静かにF5を押した。
そこには”start/virus check”の文字。
暫くすると、私の腕に刻まれた”01”no.8765335のタトゥーがぼんやりと赤みを増し、
それに加え、体の奥深くから眠気が沸き上がった。
私の中の大切な記憶が反応し、目覚めたら一部が欠損しているかもしれない。
それとも正常に完了出来ず、このまま一生目覚めないかもしれない。
それは、人間の死と同じ恐怖。
もしくはそれよりもぐらついていて、地に足がつかない。
どうか、あの時の記憶はー…
私は、机に身を預けて目を閉じた。
♪
卓上時計は坦々と時を刻む。
暖かい日差しの今日。
外からは子供達の楽しそうな笑い声がする。
一時間後、画面に現れたのは"ok/Finished successfully"だった。
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