レティシア・バーベナ。

 その名は、ルディ退治に関わる者の間では有名だった。
 いわく、「闇討ちのレティ」。
 
 レティシア・バーベナは、いつも一人で仕事をする。そして、確実にルディを倒す。ルディの被害に悩まされている多くの町や村が、彼女を呼びたがっていた。仕事は正確で、報酬は一人分で済むのだから、これほどありがたい存在はいない。

 ルディには、三種類ある。
湖を囲むこの国に、三つの種族がいるのと同じように。
 第一に、森林性の生命が進化したと言われる、狼族だ。通常の狼族はその名のとおり、人の外見に加え、狼の尻尾、もしくは耳を持つ。今回アルタイルが戦ったルディがこのタイプだ。
 第二に、アルタイルの属する、鷲族だ。人の外見の、肩甲骨あたりに、黒もしくは褐色の羽毛が生える。まれに耳の裏辺りに羽毛がふわふわと生える者もいる。これは家族ごとに遺伝することが多い。ルディは、そのまま、するどい爪とくちばしを持つ、大きな鷲となる。
 第三に、トカゲ族だ。人の外見に加え、トカゲの尻尾をもつ。緑や褐色など、人それぞれに、さまざまな色合いを持つ。髪に明るい色を持つ者も多い。ルディとなると、オオトカゲだ。すばしこく、力も強い。もっとも厄介なルディである。

 少し前までは、人は、神が創ったとされていた。その神は、湖の中心の小さな島に残された神殿に祭られている。
 結局のところ、二本の足で立ち上がって歩き、器用に手先を使い、大脳と知恵を発達させたものが、湖の周囲の森や、その外に広がる草原や海に生育するのに有利だったのだろう、爬虫類から、哺乳類から、そして鳥類から、それぞれの特徴を体に残したまま、二足歩行の生き物が進化した。それが、この国に生きる人間ということらしい。
 
 さて、アルタイルは、肩に小さな翼を残した鷲族だが、このレティシア・バーベナは何族なのだろう。
 丸いかぶとは両脇の輪に布を通してあごの下で結んである。背中と腹を革の鎧、皮の直垂、ブーツという重装備では、尻尾も羽も確認困難だ。誰とも組まない彼女は、名前だけがひたすらに有名で、本人の実際の人となりは、噂では何も明かされていない。

「レティシア・バーベナが何族か分かったら、話の種になるな」

 レティシアの後を追って洞窟の出口に向かいながら、アルタイルはふとそんなことを考えた。しかし、ふと、思い出した。
 もう、自分には、たわいもないことをしゃべる仲間はいない。
アルタイルがついさっきまで仲間と呼んでいた者達は、アルタイルとともに虚栄を張り、身の丈に合わぬ危険に巻き込まれ、恐怖のあまり彼を置いて逃げ出した。
 皆、プライドの高い連中だった。戦わずに逃げ出したという苦い記憶を再び思い起こさせるアルタイルには、二度と近づかないだろう。

「……大丈夫?」

 いつの間にか立ち止まっていたらしい、アルタイルを、レティシアが覗き込んでいた。

「だ、大丈夫に決まっているだろ! 人の心配なんかするな!」

 しおれていた肩の羽をぶるんと震わせ、ずんずんとレティシアを追い抜いて、アルタイルは出口に向かった。
 朝に見たよりもまぶしい太陽が、アルタイルの目を灼いた。

 洞窟を出るとレティシアは、まず村の役場へ行き、ルディ対策課の役人を呼んだ。
 係の者を、五人ほど集めて再び洞窟へ戻り、ルディの死体を回収した。
人々の生活を脅かすルディに対し、この国では、ルディを専門に駆除するシステムが構築されている。まず、民間の個人や団体が、ルディを倒す。倒した者は、その証拠となる死体を、村や町の役場に設置された《ルディ対策課》の役人に引き取らせる。すると、町や村から金一封が与えられるという仕組みだ。
 厚手の布に厳重にくるまれたルディを、村人たちがじっと見守っている。アルタイルにははじめてのことばかりだったので、ただレティシアが手際よく処理をしていくのを見ているだけだった。
 全てが終わると、やっと、ルディを倒した報酬を受け取ることとなった。

「では、どちらが倒したのですか」

 レティシアがためらった瞬間、

「俺です!」

と、アルタイルが手をあげた。

「ほう……君か? 本当に?」

 国から発行される、ルディ退治の記録手帳は、今回初めてルディ退治に赴いたアルタイルのものは薄い。対してレティシアのものは、その戦いの経験の記録を反映して、かなり厚い。
 二人の手帳を見比べながら、係官が不審そうにレティシアを見る。

「本当です。止めを刺したのは、かれ、ですから」
「そうかね」

 弱弱しいレティの微笑みと、分厚い彼女の手帳をものめずらしげに係官は見つめた後、

「わかりました。では、アルタイル・イーゴリ。これを」

 アルタイルは、白く輝く、丸い宝石を受け取った。
 レティシアが目を丸くした。

「これは……『風の加護』! しかも、こんなにきれいな白色は、見たことない……」

 感嘆の息を漏らすレティシアに、係官は満足げに微笑んだ。

「そうです。この村の特産、『風の加護』です。今朝たおしていただいたルディが根城にしていたのは、その採掘坑だったんですよ。あの坑からは、いくつもの上等な鉱脈がみつかっていたのですが、ルディが居座ってしまって、入れなかったのです。
 もうこれほどの上物は、取れないだろうとあきらめていましたが、これでまた、あの坑に入ることができます。その記念として、お受け取りください。アルタイル・イーゴリさま」

 白く美しいその宝石を。ちいさな袋に入れて、係官がアルタイルに手渡す。袋には紐が付いており、首にかけられるようになっている。

「ルディと戦う前に、風の加護を、と唱えて、守りたい場所をささやいてください。風が、その部分を爪や牙から守ってくれますから」

「魔法の力も、強い石なのですね? すごい……こんな立派なものが特産品なんて、すごいですね」

 レティシアがひたすら感嘆する。
 アルタイルに渡された、『風の加護』と呼ばれる石は、ルディ退治の報酬の相場の五倍以上はするだろう。この村にとって、一番の収入源を抑えていた特別なルディの退治報酬だとしても、破格の高額だと、レティシアには思えた。

「さすが、レティシアさん。よく分かっていらっしゃる。たしかに、相場より高い報酬です。しかし、われわれがあのルディの退治にあせったばかりに、お若い方々を危険な目にあわせ、レティシアさんのお手間も取らせてしまったのです。これくらいは、当然ですよ」

 
 ここ五十年の間に、ルディの被害は増える一方だ。
 人の生活をおびやかす危険な獣、ルディの退治は、出現から間を置かずに職業として成立した。そして、尊敬と感謝を一身に受けるルディ退治は、血気盛んな若者たちの、花形の職業となっていった。
 
 ルディ退治を目指す少年は、まず村や町ごとに設置された訓練校に入学し、『セル』と呼ばれるようになる。そして、直接攻撃を担当する剣の技か、後方支援を担当する攻撃魔法の技、どちらかを訓練校で身につけ、剣もしくは攻撃魔法の使用免許を取得する。
 それから三ヵ月くらいの間に、『サリ』とよばれるルディ退治専門のパーティを結成し、連携の訓練を重ね、最初のルディを倒して、晴れて職業人としての『ゼル』と呼ばれるようになる。これが、ルディ退治を志した者の王道だった。
 
 朝一番に役場に、ルディの居所をたずねてきた坊ちゃんの一団も、それはよく教育された若者らしく、さわやかで威勢のいい集団だった。
 ところが、案内したものがまだ帰り道にあるうちに、坊ちゃんの一団の、アルタイル以外の者が、役場への帰路についていた案内者を追い抜かして役場に駆け込んできた。たった半時足らずで、見る影もなく崩壊した彼らのサリ。

 彼らが、見捨ててきた仲間を、

「あいつが無理に行こうというから……」

と、互いに罵倒するのを見て、係官は脱力感に襲われた。こんな馬鹿者たちの救援に駆けつけてくれるゼルは、いるだろうか。
 そんなとき、偶然、前の日にこの村に一人のゼルが泊まっていると連絡があった。

 それが、レティシアであった。

 彼女は事情を聞くと、顔色を変えた。すぐに自分から、自身の退治記録手帳を示した。
「私に任せてください」
 開口一番、手帳を示し自らの経験を提示する。
 それが信用へつながると知っている、玄人の行動だった。そして、すばやく身なりを整え、あっという間に現場に向かった。そのきびきびとした鮮やかさに、長年さまざまなゼルを見てきた係官も舌を巻いたものだった。

 レティシアは納得した。
 この石は、アルタイル・イーゴリに対する、この村の不手際の口止め料ともいえるのだ。
 しかし、この役人を軽蔑することは、レティシアには出来なかった。
 どこの村も、町も、生活を脅かすルディ対策に必死なのだ。

「こういう報酬の形もあるんだな。ありがたく、受け取らせていただく」

 そして、アルタイルはレティシアに向かって傲慢に言い放った。

「レティシア。命の礼には足りないが、これで一割は借りを返してもらったと思ってやってもいい」

 係官が、あまりの言い草に目を丸くした。レティシアはあいまいに笑った。

「もちろん、金に換えるのも自由ですよ。イーゴリさま。レティシアさんは、道中にも関わらず、状況を聞いてすぐに、あなた方の救助に向かわれました。私が口を出すのは、はばかられますが、そのお心には、名門イーゴリ家の名において、ぜひ、報いてあげてください」

 係官が、弱気なレティシアに見かねて口を挟むが、アルタイルは胸をそらして進言を弾き返した。

「なにを言う。礼を言われるのは、俺のほうだ。命の恩人様だぞ。分かっているな、レティシア・バーベナ」

 係官は一瞬声を失ったが、レティシアは、ゆるりと微笑んだままだ。

「……ありがとうございます。本当に、いいんです。彼が、最後に投げた剣が、ルディの致命傷になったことは、本当ですから」

 係官が、目の前で落胆したことを、レティシアは感じた。彼にとって、レティシアは、傲慢な少年の実家、イーゴリ家の権力にこびへつらう存在に受け取られたかもしれない。

 ルディ退治に関わる者なら誰でも憧れる『闇討ちのレティ』。
 その美しい幻想を壊してしまったことを、レティシアは、彼の落胆を思って、心を痛めた。

「アルタイルさまの新たなる旅立ちを、この石が守るよう、お祈りしています」

 係官は、落胆を押し隠して、にこりとアルタイルに微笑み、アルタイルはぶすっとそれを受け取った。横で困ったような笑顔を貼り付けていたレティシアに、係官はまなざしを向ける。
 去り際に、こっそりと、レティシアに耳打ちした。

「レティシアさん。あなたにお目にかかれて、光栄です。しかし、なんだ……かわいい後輩は甘やかすだけが先人の務めじゃないと、年寄りから言っておこうかね」

 係官の言葉が聞こえたのか、アルタイルがかっと振り向いた。

「いくぞ! レティ! ……俺は、お前の命の恩人様なんだからな!」

アルタイルは、さっさと扉をくぐって役場を出て行ってしまう。

「すみません……。みなさんの平和な生活が長く続きますように」

レティシアは、ぺこりと弱弱しい微笑みと挨拶を残して去った。

「ふうん……アレが闇討ちレティと、……今朝の威勢のいいお坊ちゃん方の一人、か。人っていうのは、分からないものだねぇ」

 係官が見送る窓の外では、虚勢を張ったアルタイルが肩を怒らせたまま通りを行き、その後を重装備のレティシアが追いかけている。

つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 2

オリジナルの2です。
⇒ボカロ話ご希望の方は、よろしければ味見に以下をどうぞ……

☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
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投稿日:2010/02/20 01:47:17

文字数:4,798文字

カテゴリ:小説

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