[5月22日(日)]
モ「はじめまして、マスター。」
まず俺が驚いたことは、その声の、温かさを含んだ柔らかなものであることだった。
ついでいうと、マスターと呼ぶことに驚いた。てっきり「ご主人さま」かと思っていた。
モ「?マスター?」
俺があまりの衝撃に声が出なくなっている所へ、モモは心配そうに声をかけてきた。
俺「ああ、はい。大丈夫です。」
モ「うふふ、そんなにかしこまらないで下さい。あなたは私のマスターなのですから。」
俺「俺がマスター、か。そうだな。よろしく頼む。」
モ「こちらこそ、よろしくお願いします。」
その笑顔に、俺は自分で造ったはずの彼女に、心にくるほわんとした温かさを感じた。
******
まぁ、圧倒されたのは、一段落ついたところで出てきたモモの言葉だな。
モ「では、このお家でのルールを教えていただけますか?」
俺「え?ルール?」
モ「はい。どこのお家でも、少なからずルールがあるとうかがっております。」
俺「た、例えば?」
モ「マスターがお風呂に入っている間は脱衣所へ入ってはいけないとか、部屋へ入るときはノックをする、とかですね。」
俺「ああ、そういうことか。ここはアパートで数部屋しかないから、ルールというほどのことはないぞ。一人暮らしだし。」
モ「お一人で生活していらっしゃるんですか?」
俺「ああ。だからモモには掃除、洗濯、料理でもしてもらえればなって。」
モ「それだけ…ですか?」
俺「ああ、そうだ。」
モ「あの…充電はどこですれば良いでしょうか?」
充電か。そういや充電式にしたんだったな。
の割にはコンセントは埋まっている。一人暮らしでは電気機械類を多用するからな……。
俺「ベッド横に空きが一つあるな。」
携帯充電用のが一つ。下の一つが空いている。
俺「しかしモモの座るスペースはないなぁ。」
モ「でしたら、横になって充電しますよ。」
……!?
俺「それって、添い寝だよね?」
モ「……え?」
あれ、なんか俺は床で寝ること前提でした、みたいな顔をされた。
モ「そ、そういうのはいけないと思います!」
あ、顔が真っ赤になった。
モモってこういうネタに弱いのね。
俺「うーん、じゃあ扇風機をこっちに移すか。」
ここで言っとくけど、エアコンないって不便だね。
モ「そうしていただけると助かります。」
まだ顔を赤らめたまま、申し訳なさそうに頭を下げた。
ぎゅろろろr(ry
ちょうどその時、俺の腹が鳴った。二人の間に流れる、しばしの時間。
どちらからともなくこぼれる笑み。
モ「うふふ。ご飯にしましょうか。」
俺はきっと、こんな時間を欲していたに違いない。
******
と思ったのもつかの間。
冷蔵庫を開けた瞬間、彼女の表情は凍りついた。
モ「な、何もないじゃないですか!」
俺「もやしがあるだろ。」
ちなみにカップラーメンにのせる用のものである。
モ「よく今まで健康でいらっしゃいましたね。」
俺「褒めるのはよしてくれ。くすぐったい。」
モ「褒めてません!!」
だめか。やはり家事専門メイドロボなだけあって、そういう点にはうるさいか。
モ「今どれくらいお金を持っていますか?」
俺「……今月の食費の見積もりは三万だが。」
両親が、給料日の毎月20日に生活費(家賃、食費、携帯日etc.)を振り込んでくれる。
今日はちょうどその後だったので、通帳にはそれなりのお金が入っている。
モ「それでは、お買物に行きましょう。」
俺「一緒に?」
モ「当たり前です。いつもどこでお買物してるかなんて知りませんもん。」
ツン、としながらも一緒に行きたいって言うんだからかわいいよなこいつ。
俺「よし、じゃ準備するからちょっと待って。」
とりあえず今着てるシャツを脱いでっと。
モ「きゃあ!!」
上半身裸になった瞬間、モモの悲鳴が聞こえた。
こっちを見ないよう目をつむり、そっぽを向きながら彼女は早口に言った。
モ「か、仮にも女の子と同じ屋根の下なんですから、もう少しわきまえて下さい!」
きっとこの性格は、お年頃の女の子くらいなのだろう。俺と同じか、少し下くらい。
慕い方も、高校の時の後輩のようなイメージを受ける。でも妹ほどはない感じ。
結局俺の着替え場は風呂の脱衣所となり、入るときはノックをする、ということになった。
あ、ルールってこういうことか。
~~20分後~~
モ「とても……おっきいですね。」
俺「だろ?こればっかりはこの辺の自慢だな。」
近所にある巨大ショッピングモール。廃人にも関わらず俺が外出するのは、ここを歩きまわるためだ。
俺「とりあえず銀行行ってくる。いくらいる?」
モ「待って下さい。私も行きます。」
俺「まあ人は多いけどさ。もしかして寂しい?」
モモはジト目になった。
モ「違います。これからは私が通帳をお預かりしようと思っただけです。」
俺「通帳を預かる?」
モ「はい。これからはマスターがいない間に買物をする機会も増えますし、家計簿をつけようかと思いまして」
家計簿。人生初めて聞く言葉。
俺「っていうか大丈夫なの?」
モ「?何がですか?」
俺「仮にも俺の通帳だからさ。預けていいものなのかって。」
モ「私はマスターに逆らえないようプログラミングされています。もし反しても、マスターがお仕置きできるようになっていますから。」
自分のメイドの口から「お仕置き」なんてワードが出るとは思ってもみなかった。
しばらく考えてみると、今までの俺のお金の使い方はまずかった気がしてきて。
俺「分かった。信じよう。番号は一回で暗記できるな?」
モ「大得意です。お任せ下さい♪」
結局彼女に甘えてしまうのだった。
******
かくして約一週間分の食料(生ものとかあるから、こまめに買い足したいらしい)を調達した。
家に帰って、もちのろん、まず手洗いうがいをしなさいと怒られた。
もう十一時なので、ブランチを作ってもらうことになった。
今までだったら「ブランチ」とかいう単語は使わなかっただろうなぁ。
モ「お皿を出していただけますか?」
俺「はいよ。」
棚を開ける。よく考えると使ったことのない皿ばっかだ。
どうせ初めてのことばかりになるんだったら……
モ「このお皿、かわいいですね。」
俺「妹が誕生日にくれたやつだ。」
モ「いいんですか?そんな大事なお皿。」
俺「いいんだよ。」
俺が一人で生活していくとしたら、どうせ使わないままだ。
しかし、モモという特別な存在が現れて、俺の生活は普通ではなくなる。
ならいっそ。
俺「二人で、一人ではできない生活したいなって思ってね。」
そう。異なるものに「なる」じゃなくて「していく」と、俺自身がそう決めたんだよ。
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