十四枚目:
親戚の兄が死んだ。
死んだというか、突然消えた。
物心つき始めた頃からよく遊んでいたのだが、
当時中学生だった兄は、臆病で暗い性格のせいか、
クラスメイトから忌み嫌われ、虐げられていた。
兄が受けていたものは、机に落書きとか、
上履きに画鋲とか、そういう古典的なものから、
誹謗中傷、ゲームと称した暴力、根拠もない濡れ衣を着せられるなど、想像するだけでも酷いものだった。
そんな兄が失踪したのは、夏休みに入る前の日で、
最後に目撃されたのは、十数年前に廃屋になった虚神社(うつろじんじゃ)の辺りだった。
虚神社に纏わる古くからの伝承で、
鐘の扉が開く時、都合のいい世界へ行けるというのがあった。
しかし、虚神社での失踪事件は今まで一度も聞いた事がなく、噂なんてデタラメだと言う人もいた。
兄が失踪してから数日経った頃から、
自分の周りで奇妙な事件や事故が相次いで起こった。
兄を虐めていたクラスの人達に、
普通じゃありえない不幸が襲ったのだ。
授業中に窓ガラスが何度も割れたり、
機械的な低い声の幻聴が永遠と聞こえたり、
ドアや壁を強く叩く音が聞こえたり、
居ないはずの兄から何度も殴られる幻覚を見たり、
記憶障害に陥ったり、身体障害を患ったり、
化け物に食われる悪夢を繰り返し見たり、
兄が受けた虐めを受けたり、被害は様々だった。
兄の行方が気になった私は、学校からの帰りに虚神社へ行ってみることにした。
気の遠くなるくらいの長い階段を登り、
年季が入った鳥居を潜ると、
一切手入れがされていないせいか、
神社なのかも怪しい程にボロい建物が立っていた。
長い階段を登ったせいで足が痛かった私は、
賽銭箱の前で腰を下ろす。
すると、急に眠気が襲ってきて、
私はその場で気を失った。
気づけば、先程までいた神社とは違う場所にいた。
辺りを見渡すと、真昼なのに薄暗く、
信じられない程の静寂に包まれていた。
どう見ても、私にとって都合のいい世界とは思えない場所だった。
やはり、今まで語られてきた伝承は半分嘘だった。
とするなら、この世界は一体何なのだ?
いても経ってもいられず、近くにあった玄関から外へ出た。
辺りを見渡すと、人の形をしたものが道を行き来していた。
そのモノ達は、人の形をしているものの、
人とも幽霊とも妖怪とも言い難い姿をしていた。
その中の何人かが私の存在に気づいてこちらを見るが、襲うことも無く、
何事もないような様子で通り過ぎていった。
とりあえず、居なくなった兄を探すため、
再び歩みを進めた。
近くにいた怪異達に、兄の居場所の手がかりを聞きながら探索を進めるが、一向に居場所が掴めない。
手がかり一つも掴めず、途方に暮れていると、
同じ背丈の少女が、私に声を掛けてきた。
姿形は周りにいる奴と変わらないが、
綺麗な花柄のワンピースを着ていて、
遠目で見たら至って普通の女の子だった。
話を聞くと、兄の事を知っているようで、
兄のいる場所へ連れて行って貰うことにした。
三百メートル程歩いて回り、ようやく兄のいる場所へとたどり着いた。
そこは、先程まで私がいた虚神社だった。
兄は、私に気づいたらしく嬉しそうな表情でこちらに駆け寄ってきた。
兄は紛れもなく、以前と変わらない姿をしていた。
安心した私は、兄に事情を詳しく聞いてみた。
やはり、兄も私と同じ方法で気づいたらこの世界へ飛ばされたそうだ。
兄は、会いたかったと言いながら、私を強く抱きしめた。
どうやら、意図してここへ来たわけではないようだ。
一緒に帰ろうと私は言うが、兄は頑なに拒んだ。
ずっとここに居たい。
前の世界では居場所なんて無かったから。
というのが、兄の言い分だった。
それでも私は諦めきれず、兄を説得する。
どうすれば戻って来てくれるのかと聞いたら、
兄は、生きる希望が欲しいと答えた。
私は一瞬、意外な言葉に驚いたが、
一度冷静になり、兄の言う生きる希望を考えた。
例えば、兄は以前から彼女が欲しいとボヤいていた。
それならば、私が兄の気持ちを理解してくれそうな恋人を探せばいいと思った。
それがダメなら、私がなればいい。
とにかく私は、兄を連れ戻そうと必死になった。
後味の悪い罪悪感だけは残したくなかったのだ。
そして私は、以前兄を虐めていた人達が不幸な目にあった事を話した。
それを聞いた兄は、溜息をつきながら立ち上がった。
どうやら、ようやく戻る気になったようだ。
それから私と兄は、無事に元の世界へ戻ることが出来、しばらくして兄は、実家で暮らす事になった。
そして数年後、兄はまた失踪した。
もう私は、兄を探して連れ戻そうとは思わなくなった。
兄への気持ちが覚めたのは、
兄を連れ戻した時に、兄から受けた仕打ちのせいでもあった。
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