「うん。約束」
そう言って、鈴は、小指と親指を立てた。
「ああ。約束」
そう言って、蓮は、鈴の小指に、自分の小指を絡めた。
その小指を、離した、そのときだった。
ゆっくりと、二人を、丸く、描いていた光が、溶けるように、消えていったのは。
「…………!?」
刹那、蓮の胸は、押しつぶされそうに、圧迫された。息ができない。
あまりの苦しさに、蓮は、海の中へ、飛び込んだ。心配そうに、かけ寄った鈴月に、縋りついて、蓮は、思いっきり、息を吸い込んだ。
その瞬間、再び、水しぶきが上がり、鈴が飛び込んできた。心配させてしまったのだろう。
大丈夫だと、言おうとして、蓮は、鈴に駆け寄った。鈴が、苦しそうに、胸を押さえたのだ。
そして、そのまま、勢いよく、水面へと、顔を出した。鈴が、そっくり、蓮と同じように、思いっきり、息を吸い込んで、大きな緑色の鳥に、すがり付いている。
もう、息苦しさは、治まっただろうに、鈴の顔は、真っ青だった。でも、蓮の顔も、同じくらい、真っ青に違いなかった。
水面の向こうから、鈴が、蓮を見ている。空と海の境で結ばれた視線は、水面のように、揺らいだ。
そして、空色の瞳から、涙が零れ落ちた。蓮は、手を伸ばした。例え、この海に落ちても、鈴の零した涙なら、すぐに、わかる気がした。
ゆっくりと、鈴も、手を伸ばす。ちょうど、二人の手は、水面で、結ばれた。
鈴の手は、嘘みたいに、冷たくなっていた。慣れない海に飛び込んで、冷えたのかもしれない。
でも、二人は、微笑み合った。両の手を結んで、微笑み合った。
だけど、鈴の微笑みは、水面越しだからか、ひどく、揺らいで見えた。
「私たち、本当に、住む世界が違うみたいね」
鈴の唇から、弱々しい囁きが、涙でも、零れ落ちるみたいに、零れ落ちた。
鈴が、はっとした顔をして、俯いた。その頬を、ゆっくりと、涙が伝った。
蓮は、ぎゅっと、鈴の手を握った。
“そんなことがない”とは言えなかった。鈴が、“今の嘘”と笑えないように、そんなこと、言えるわけがなかった。
「行こう。蓮。せっかく、光の道が、私たちを導いてくれているのだもの」
明るい声が、水面を揺らした。そこに映る、鈴の顔も、明るい笑顔だった。でも、やっぱり、小さく、震えているのが、蓮には分かった。
「ああ。行こう」
蓮は、それを指摘せずに、微笑んで、そう言った。
鈴月に飛び乗る。
そして、蓮と鈴は、水面を挟んで、かけた。二人が、両手を伸ばせば、触れ合える距離なのに、もっと、もっと、遠く感じた。
蓮は、そっと、自分の胸に手を当てた。硬くて、冷たい。先ほど、触れた、鈴の胸は、柔らかくて、温かかった。ただ、鼓動だけが、同じ速さで、鳴り響いていた。
でも、今に、蓮は、海渡たちのように、もっと、しっかりした体つきになるのだ。だけど、鈴は、そんな風にはならないだろう。それなら、蓮と鈴は、ますます、別の生物へと変わっていくのだ。
だから、双子の月の鏡には、なれなくなるから、十五歳に、満ちる夜を迎えられるのは、一人だけなのだろうか?
水面の向こうに、小さく浮かんだ鈴。そして、その鈴を乗せた、大きな緑色の鳥。
蓮は、首を振るった。鈴は、月じゃない。手の届かない月じゃない。さっきまで、この腕の中にいた、俺が大切だと言った、俺の好きな子だ。
水よ 薄絹のように この身と 鈴月を守りたまえ
唇が、軽やかに、歌を紡いだ。そして、蓮の身を、フワリと、水が包む。蓮は、鈴月とともに、そっと、水面へと、身を躍らせた。
「れ、蓮! 大丈夫なの!?」
「ああ。水の守りをかけたから」
水越しに、鈴の声が響く。それが、少し、くぐもっていて、淋しかったけど、蓮は、明るく、そう言った。
「鈴。紹介する。俺の相棒の水龍。名前は、鈴月」
「鈴月!? 本当に!? わ、私の、この子は、風鳥の、月蓮(げつれん)!!」
不安そうにしていた、鈴の目が、大きくなり、きらきらと、輝いて、鈴ははずんだ声で、そう言った。
「月蓮!?」
「鈴月と月蓮!! 私たち、同じこと、考えていたのね」
「ああ。すごい! すっごく、嬉しい!!」
「私も!! この子たちも、仲良くできそうね」
興奮した声で、喜びを共感し合う主人につられたのか、鈴月と月蓮も、顔をすり合わせて、挨拶している。
蓮と鈴は、微笑み合った。そして、どちらからともなく、手を伸ばしあった。
指先が触れる。ぎゅっと、結ぶ。
お互いを、感じる。
ここに、ともにいる。
蓮と鈴は、前を向いて、光の道を辿り、そして、頷きあった。
ここに、現在(いま)があった。
二人の未来に続く、現在が合った。
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BPM=200→152→200
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