パソコンが立ち上がり、私は目を覚ました。
…真奈香さんは結局余裕がなかったのか、私が最後に起動してから一週間ほどたっていた。
時刻はもうすぐ日付が変わるといった頃。
…あれ?
これはマスターのパソコンなので、真奈香さんが私やその他音楽のプログラム以外を立ち上げることはまず無いはずなのだけど、何故かメールソフトが立ち上げられるのが確認できた。
不思議に思ったが、ボーカロイドは自分で勝手にフォルダの外に出ることが出来ない。
なんとなく落ち着かない気分のまま、私は真奈香さんが呼び出してくれるのを待った。
「ミクっ!ちょっと見てよこれ!」
真奈香さんは私を呼び出すなり、別窓で開いたメールの画面を指差し言った。
「パソコン起動したら勝手にメール画面になって…。何かのウイルスにでも感染しちゃったかと思ったんだけど、でも、これ…」
『え…』
メール画面に表示される一通の新着メール。
無題のそのメールは本文も空欄で、ファイルが一つ添付されているだけ。
その差出人の名前欄には…「道野 元」とあった。
『マスター、から…?』
真奈香さんは無言で添付ファイルを開いた。
それは、音楽ファイルだった。
「ファイル名は全部数字になってるけど…何の曲だろ?」
再生してみると、それは初めて聞く曲だった。ボーカルは入っていない。
「何だろこれ…。なんか聞いたことあるような感じはするんだけど…」
『あれ?これ………うん、やっぱり…』
間違いなく、この曲を私が聞くのは初めてだ。
だけどその端々に感じるこの「癖」は。
『…マスターの曲だ』
「お兄ちゃんの?」
『はい。真奈香さんが聞いたことあるような気がしたのは、多分、いつも私にマスターが作った歌を歌わせて何回も聞いてるからじゃないかと…』
「でも…そうだとして、なんで曲だけを…」
真奈香さんはしばらく考え込んでいたが、不意にハッとしていくつかのフォルダを探して一つのテキストファイルを開いた。
「これだけ。…お兄ちゃんの音楽関係のファイルを整理した時、他は対応する曲があったのにこれだけはなかったの」
『じゃあ、送られてきたこの曲は…』
「多分、そうだと思う」
しばらく、画面の中と外からそれぞれ二つのファイルを眺める。
マスターが残していったファイルと、マスターが送ってきたファイル。
「…歌って、みる?」
『歌いたい…です』
真奈香さんは、無言でカーソルを動かした。
ファイルを取り込み、ボーカルパートを開いて一つずつ言葉を打ち込む。そのままでは文字数があわないところがあれば微調整。
真奈香さんがキーボードを打つ度に、私の中でマスターの詩と曲が一つになっていく。
「…一応、歌詞入力は終わったよ。ベタ打ちだけど歌ってみる?」
『はい』
「ん、分かった。じゃあ…いくよ!」
♪~
ゆったりとしたテンポで前奏が流れ始める。
歌い始めるまであと4小節…3、2、1…
『♪毎日言葉を交わすことが 当たり前ではなかったと今更気付いた』
それは、別れを歌う歌だった。
だけど、ただ悲しいんじゃあなくて、いつまでも別れを悲しんでないで前向きに未来へ進もう、という内容。
『♪いくら振り返って懐かしんだって あの頃にはもう戻れないけど
この思い出があるから 僕はこの先へと進んでいける…』
「…最後に作ったのが別れの歌なんて…狙いすぎだよね」
歌が終わった後、ポツリと真奈香さんが言った。
『そう、ですね…』
テキストファイルの保存時間をみると二月の中頃に書いた詩らしかったので、多分マスターは本来三月の卒業シーズンに向けてこの歌を作っていたんじゃないかと思う。
だけど、真奈香さんが言う通りに考えた方が、なんだかマスターらしいような気がした。
『でも、なんで今になってこんな風に送って来たんですかね?』
「それはほら、あれじゃない?」
真奈香さんは部屋の壁に掛けてあるカレンダーを指差し言った。
「お盆だから帰ってきたんでしょ。ミクのとこにも、ね」
終
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ご意見・ご感想
時給310円
ご意見・ご感想
お邪魔します、時給です。(帰ってきてから)早速読ませて頂きました。
最後のセリフが良いですね!
なんかこう、ジンと来ました。こういうハートフルなお話って凄く好きです。
死を扱う話というのは、概して重くなりがちですけど、この話には暗さよりも不思議な爽やかさがあって、とても後味が良かったです。この雰囲気は真似したいなぁ……なんてw
きっちり期限内の完結おめでとうございます!
次は長編の続きでしょうか、それとも別の短編が来るか?
ともかく次回作も楽しみにしています!
2010/09/06 23:37:34
スコっち
いらっしゃいませ、時給さん。
不在の数日の間に何があったのかは私には知りえないことですが、とりあえず「あなたの歌姫」EXTREMEクリアおめでとうございます。
話の中で「死」を扱うと、おっしゃる通り雰囲気が重くなってしまいがちですが、そうならなかったのはおそらくマスターの死が過去のことであり、登場人物たちがそれを過ぎてしまったものとしてすでに乗り越えているからではないでしょうか。
個人的には、たとえそれが大切な人のものであっても「死」は乗り越えられないものではないと考えています。もちろん、その為にはある程度時間や力が必要だとも思いますが。
この話の中でそれらのことを表現できてるといいなー、と思っていたのでハートフルで後味のよい話だと言っていただけて嬉しいです。
次の作品は長編の続き…を、書ければいいなぁと思っています。
ではでは、感想ありがとうございました!
2010/09/09 01:37:15