しばらくはこんな日々が穏やかに過ぎていった。登下校も昼ごはんも一緒。毎回の休み時間も互いの教室まで行って他愛無い会話をする。こうして姉と過ごす時間が増え他がおざなりになると、下世話な噂も広まるもので、いつのまにか僕と姉はカップルとして扱われるようになっていた。クラスメイトにも無論からかわれ、僕は恥ずかしさが極まったが、姉は大して気にならないようだった。
そんな姉がクラスでどんな様子なのかは想像しかできないが、おそらく人を寄せ付けない空気を醸し出しているのだろう。僕が姉の教室を訪ねる度に、物好きを見るような視線がいくつも突き刺さるのだ。それら全てのしがらみをまるで意に介さず、いつも姉は僕だけに笑いかけてくれる。僕にとっては至福の日々。多分姉にとってもそうだったろう。少しずつ自然な笑顔を取り戻していく姉。そんな彼女を独占している状況に、僕は怖いほどの幸せを感じていた。
そして十二月に入り数日経った頃。僕はようやく意を決して、駅方面へと足を進めていた。といっても、一度家に帰り悶々と悩んだ後なので六時を回ってしまっている。冬の日は釣瓶落としより容赦ない。五時過ぎにはもう真っ暗だ。今の駅前はネオン全盛期で、ショッピングモールやテナントから漏れる光のおかげで昼より明るいくらいだ。
「久しぶりに来ると、何か緊張するな……」
駅前に来ることがないわけではない。ただ、日用品や食料品は住宅地側にあるスーパーで済ませてしまうし、本もCDも大して欲しいとは思わないから吸引力に欠ける。ついでに言えば、友達と遊びに行くこともほとんどないため、娯楽施設に行くことも滅多にない。たまに駅前に来てみても、ショッピングモールは素通りだ。ああいう所は高いイメージがある上、どうにも値踏みされているような気がして落ち着かなくなる。
「こういう所が、駄目なんだろうけど……」
弱気な自分を脱すると誓ったばかりではないか。そう叱咤し、初見に近いモール内に足を踏み入れる。流石に温かく、心臓のうるさいくらいの鼓動を無視すれば一息つける居心地だ。
「で……どこにあるんだろう」
勿論、事前調査なんてしていないから、何階のどこに目指す店があるのかなどわからない。それでも適当に歩き回り、どうにか見つけ出したはいいものの。ちらと窺ってみた所、中高生くらいの女子しかいない。男は、それも一人で物色している奴なんて更にいたたまれない雰囲気になりそうで、ここに来て頭がくらくらしてくる。
「……どうしよう」
そしてここで迷うのが僕だった。ざっと見た限りでは、店内にも周りにも知り合いはいないし、おそらく自分が思う程に周囲は気にしないものなのだろう。わかってはいても、いざ目の前にすると一歩が重い。
「……リン――」
何とか姉を思い浮かべ、気持ちを奮い立たせる。僕は昔と何も変わっていない、と言い張る姉。この提案だって、それを突きつけただけなのではないか。姉にとっては、昔と変わっていないというのは褒め言葉にも近いものだろう。僕だって、姉に昔のように戻って欲しいと思っているのだから、気持ち自体はよくわかる。
それでも、十一年も交流できなかった姉に“変わっていない”と言われてしまうと、何だか釈然としないものが残る。僕は彼女の弟であることに文句などないが、一人の男として成長した部分を認めて欲しいとも感じていたから。男としての成長が、アクセサリーショップ入店で証明できるのかと言われれば、どうなんだろうとは思うけど。
「でも……ここで逃げたら一緒なんだ」
ぐっと拳を握り、意を決して店に入ると、正面のレジに立つ店員と目が合った。大学生のバイトだろうか。今風に化粧した、目鼻立ちのはっきりした綺麗な人だ。
「あ……」
駄目だ。見られてると思うだけで、進めなくなる。引き返すことも出来ず、固まってしまった僕に視線を据えたまま、店員はもう一人商品を陳列している店員に呼びかけた。どこか興奮した様子で、店内にいた客の視線を集めても全く気にしていない。
「ねえねえ、芽衣子!」
「なによ、美玖。言っとくけど、サボりの口実にあたしを使うのは止めてよね。あんたのおかげで、何度予定外勤務させられてることか……」
一瞥もせずに答える店員は、レジに立つ店員より少し年上に見えた。落ち着いた雰囲気で、大人の余裕を感じる。レジの人に負けないくらい綺麗な人で、横顔だけでもはっと息を呑んでしまう。
「違う違う!ねえ、入口に立ってる子さ――」
僕のことだ。そう思うと余計に、全身が鉄のように固くなる。陳列の手をとりあえずと言った感じで止めた店員が僕の方に顔を向け、ついでに客たちともばっちり視線が合う。
何だ、この針の莚に座らされているような感覚。どうしてこんなことになったのか、さっぱりわからない。やっぱり、男が一人で入店したことが間違いだったのか。僕は世間知らずだから知らなかっただけで、一般的にアクセサリーショップに男が入るのは何らかの罪に問われるのだろうか。例えば、猥褻物陳列とか――。……いや、僕が陳列してるわけじゃないし、まだ手に取ってもいないんだから未遂で罪状は軽くなるはず――。……というかその前に冤罪以外の何物でも――!!
「あの子――すっごい可愛くない!?やーん、頭撫で撫でした~い!」
……え?
「ちょっと、美玖!お客様に何てこと――!!」
「だって、可愛いんだもん!ねぇねぇ、そこの君!その制服、この近くの簿夏炉高校のだよね?」
店員に指摘された通り、僕は制服のままここに来ていた。女に思われる屈辱と、男としての羞恥を天秤にかけ、後者を選択したのだ。
僕が茫然自失の状態ながらも頷くと、店員の大きな瞳がきらきらと輝いた。
「男の子なのに、すっごく可愛い~!!なになに?お姉さんが見繕ってあげようか?」
「ちょっと!美玖はレジに入ってて!」
「もう、何よ芽衣子ったら。もしかして可愛い後輩を独り占めしたいとか?だったら、もっとあたしにも優しくしてよ~」
後輩……ということは、この綺麗な店員は同じ高校出身なのか。口調からして、レジに立つ店員もそうらしいが。
「私は、あんたとは違うの。大体、あんたは可愛いどころか先輩を敬いもしないで……。そんなことより、お客様が待っているんだから、さっさとレジを打ちなさい。お客様、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」
確かに、レジの前には客が品物を持って待っている。その客も僕の方を興味深そうに見ているから、大してご迷惑ではなかったのではないだろうか。ご迷惑なのは、むしろ僕の方だ。
「申し訳ございません。本日は、どういたしましょう?」
次いで流れるように自然な所作で、店員の身体がこちらを向く。若い人向けの接客とは思えない対応に、思わず背筋をぴっと伸ばして僕は言葉を押し出した。
「えっと……。姉にリボンを買いたいんですけど……」
「どのようなおリボンをお探しですか?」
「白くて……さっき店員さんが並べてたみたいな……」
「こちらでございますね。どうぞ、お近くで御覧下さい」
手振りで促され、多少救われた気分で入っていくと、丁度勘定を終えた客とすれ違った。食い入るように見つめられて、嫌な汗をかいてしまう。商品の前に立った後も、なかなか顔を上げられずに、何とも挙動不審な客だ。
「手に取って頂いて構いませんよ」
僕がもじもじしているのを見かねてか、くすっと笑いながら店員が助け船を出してくれる。身体中が発熱しているような恥ずかしさに紅潮しつつも、そっとリボンを持ち上げてじっくり眺めた。昔姉がしていたものより生地が薄くて、引っ掛ければすぐに解れてしまいそうだ。それでも繊細なレース編みは、今の姉によく似合っているような気がした。
「お姉さまへの贈り物ということですが、お姉さまとお客様のお顔立ちは似ていらっしゃいますか?」
店員の質問に、僕は特に何も意識せず頷いた。僕たちは一卵性ながら性別が違うという比較的珍しい双子で、顔かたちは当然よく似ている。僕が姉に似ていると言う方が正しいのか。とにかく、高校生になっても、双子だと知らないクラスメイトから似ていると言われるくらいにはそっくりな姉弟だ。
店員は一度頷き、次いで一拍の不穏な間で紛らせるように意見を滑り込ませた。
「それでしたら……一度お客様が合わせてみられますか?」
「え……?」
本日二度目。頭が真っ白になる瞬間が訪れた。何を言われたのかわからず立ち尽くしている僕に、店員は眩い営業スマイルで対応する。
「きっとお似合いだとは思いますが、確かめられた方がお客様もご安心かと」
「何だ。結局、芽衣子も可愛いって思ってるんじゃん。じゃ、丁度お客さんもいないことだし、ファッションショーでもしちゃいますか!!」
レジに立つ店員の声が、死刑宣告に聞こえたのは気のせいだろうか。鏡の前という絞首台へと背中を押され、僕は誰が為に鳴る鐘の音を確かに聴いていた。
(続く)
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