1-4.
「その子がやめてって言ってるの聞こえてるんだろ?」
その人が通りがかるのが五分早くてもダメだっただろうし、五分遅くてもダメだっただろう。その偶然に、私はこれまで信じてもいなかった神様に、初めて感謝した。
「あ? 何言ってんだテメェはよ。かんけーねーヤツは引っ込んでろよ」
金髪がそうすごんで見せるけど、その人はやれやれと肩をすくめただけだった。
「残念だけど、もう警察には通報済みだから。その子を放して逃げるか、警察から事情聴取を受けるか、どっちにするか早く決めた方がいいんじゃないかな?」
その言葉はまさに効果覿面だった。私を襲おうとしていた三人組は、口々に「おぼえてやがれ」だとか「腰抜けヤロウが」だとかいった捨てゼリフを吐いて、あわてて逃げ出していってしまう。
私は解放されると、そのまま立ってることができなくてその場にしゃがみ込んでしまった。さっきまでの恐怖と緊張のせいか、腰が抜けてしまっていた。
私を助けてくれた人は、そんな私に手を差し延べ「大丈夫?」と声をかけてきた。私は声も出せず、ただこくりとうなずく。
「そう、よかった。ホントは通報するヒマなんてなかったから、警察は呼んでなかったんだ。あいつらが騙されてくれてよかったよ。三対一じゃ、喧嘩しても勝てそうにないしね」
申し訳なさそうに、そして少しだけ情けなさそうに苦笑いを浮かべるその人は、たぶん私よりも年上だと思う。身長は私よりも頭一つ分ほど高く、細身の身体はひき締まっているように感じられる。まつ毛にかかるくらいの黒髪にはクセがなく、サラサラとしていそうだった。
私はおずおずとその人の手をにぎると、思ってた以上に強い力で引き上げられた。
「あ、あの……ありがとうございます」
気恥ずかしくなって、私は学生鞄を胸に抱いたまま、うつむいてしまう。
「女の子がこんなところを独りで歩いてたら危ないよ? 一つ向こうの通りはわりと人通りが多いから、次から通る時はそっちをお勧めするけど」
「はい、えっと。その……そうします」
目も合わせられないまま、ペコリと頭を下げる。
「気をつけてね。たまたま通りがかったからよかったけど、次は誰もいないかもしれないし」
私は、また静かにうなずく。恐怖のせいか、まだ身体がかたかたと震えていた。
「どうする? 独りで帰れる? 駅まで送った方がいい?」
心配そうに、けれどむやみに踏み込むのをためらうようにその人は提案する。その人には、強引に「駅まで送る」などと言うことは、さっきの三人組と同じになってしまうことに気付いているみたいだっだ。
それだけ気を遣ってくれているってわかったから、私は「駅まで来てくれると、嬉しいです」なんて言えたんだと思う。けれど、私の言葉に、その人は肩をすくめて意地悪そうに笑った。
「助けてくれたからって、そうやって他人を簡単に信じちゃダメだよ。助けてやったんだから、とか図々しいこと言ってくる人もいないわけじゃないんだから」
そこまで言うと、その人は一歩下がって慌てたように手を振る。
「あ、いや。俺はそういうことしないよ? 俺はそんなやましい気持ちがあったわけじゃないけど、でも、そういう人もいるらしいから君も気をつけないと」
ふわりと優しげにほほ笑んで、その人はそう言った。私はやっとのことでほほ笑みを返して「次からは、気をつけますから」と答えることができた。いつの間にか、身体の震えは収まっている。
「それじゃ、行こうか?」
その言葉に、私はようやく彼のその整った容貌を真っ直ぐに見る。
「お願いします」
そう告げた瞬間、私は恋に落ちてしまったってことを実感した。
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