薄暗い照明の下に、細長いコンテナを手にしたミクオの姿が照らし出された。
「この中に、あなたの装備が全て入っています。」
ミクオはコンテナを足元で開き、中から俺の着ていたス二―キングスーツを取り出した。
「さ、早く着て下さい。」
「ああ。」
振り向くと、ワラはこちらに背を向け、しゃがみこんでいた。
まだ調子が悪いのか、凍えるように体を震わせている。
彼女のことも気になるが、先ずは俺が着るべきものを着なければならない。
俺はミクオからスーツを受け取り、装着した。
次にコンテナからバックパックを取り、腰に巻きつける。
どうにかこれで、全裸からは卒業できたようだ。
「ところでミクオ、ここは、ストラトスフィアの内部なのか?」
あらかた支度を終えた俺は、ミクオから聞き出せること全てを聞いておくことにした。
「はい。現在西日本を抜けるところです。残り十分程度で、月へ向けて上昇を開始します。」
「基地にいた俺の仲間とソード隊は?」
「ピアシステムにワームを混入したことを知らせました。現在、基地より一キロ離れた平原で待機しています。皆、無事です。」
それを聞いた俺は、内心胸をなでおろした。
どうやらあのセリカも生きていてくれたようだ。
「ですが、雑音さんは・・・・・・。」
「・・・・・・!」
そうだ。雑音ミクが。
俺は確かに見た。彼女が降り注ぐミサイルの前に立ちはだかり、その全弾を身を挺して受け止め、消滅したのだ。
彼女だけが・・・・・・。
「デルさん。よく聞いてください。雑音さんは生きています。」
「え?!」
ミクオの言葉に驚嘆の声を上げたのは、ワラだった。
「ミク、ミクって、無事だよね?!生きてるよね?!」
ワラはふらつく足でミクオに詰め寄り、彼の制服の襟を握りしめ何度も何度も訴えかけた。
「ウソじゃないよね?!ウソだったらブッ殺すからね!!あんた昔に前科があるんだからね!大体何?あんたって奴らの仲間じゃない!!」
必死にミクオの体を揺さぶるワラの様子は、明らかに異常だった。
彼女の瞳が、正気の色をしていない。
先程からそうだった。ミクオが目の前に現れた瞬間、怒りと悲しみともつかない雰囲気を漂わせ、ただ震えているだけだった。
それは、ミクという親友の死をの間あたりにしながらも、今だ心の中で真実を否定し続けたせいで軽い混乱状態にあったのかもしれない。
そんなときにミクオからの言葉を耳にしたことで一気に否定の感情が現実を押しのけ、狂喜か、疑惑か。真偽を確かめようとするあまり今度は錯乱状態になったのだ。
そして、ピアシステムの奪取による体調不良もある。
もはや、彼女は心身ともに限界にきているのだろうか。
「ワラ、落ちつけ!」
俺はワラの両腕を抑え、力を込めず、優しくミクオの襟から放させた。
ワラはもはや抵抗しようともせず、ただ俺の瞳を見つめていた。
「ワラ・・・・・・俺の声が分るか。」
俺も、彼女の顔を見据え、静かに言葉をかける。
「あぅ・・・・・・うん。」
それだけで彼女は静まり返り、その場に力なく座り込んでしまった。
「ミクは生きてる。そうだなミクオ?」
「はい。体の損傷は激しく、完全に活動停止していますが、あなたのお仲間の協力で彼女を回収することができました。」
「そうか・・・・・・それはよかった。」
「それと、よろしければ、これを。」
ミクオは背中から細長く黒い物体を取り出し、俺に差し出した。
「これはミクの・・・・・・。」
受け取ると、冷たい金属の重みが掌に圧し掛かった。
薄暗い照明の光を鋭く反射し、妖艶な黒い光沢を持つ、高周波ブレード。 ミクはこれを小枝のように振い、アンドロイドの装甲を切り裂いたのだ。
刃渡り一メートル程度はあるその武器は、日本刀と言われる武器によく似ている。
柄を持ち、その刃を僅かに鞘から引き抜くと、照明に煌めく漆黒の刀身のが現れた。
「これを俺に?」
「はい。もしかしたら、この先必要になるかもしれません。あなただったら、弾丸を弾くこともできるでしょう。」
「ふん、そうかもな・・・・・・。」
俺は鞘を背中に取り付けると、鞘から刀身を抜いた。
少し重いが、戦闘に使うには十分だろう。
感触や重みを手に馴染ませてから、刀身を鞘に収めた。
「よし・・・・・・これで準備は整った。ミクオ、脱出の道を案内してくれ。」
「はい。では、ついてきて下さい。」
ミクオの先導で、俺はワラの手を引きながら狭い円筒形の通路を歩き始めた。
「ミクオ、脱出の手筈は整っているのか?」
歩きながら、俺はまたもやミクオに質問した。
「はい。最初は手ごろな機体を奪って脱出する予定だったのですが、ワームがシステムを停止させるまで残り、およそ四十分です。ですから、機体のパラシュートだけを奪い、エレベーターに乗り、ハッチを開放させることにします。」
「それで、高度数万フィートからパラシュート降下ってわけか。」
「はい。」
と、平気で答えるミクオ。
高い所から飛び降りるのは慣れたが、今はワラのことが心配だ。
いや、重力に身を任せて空から落っこちるだけだ。難しいことではない。
いざとなれば、俺がワラを・・・・・・。
その時、ミクオが小さなハッチの前で立ち止まった。
「さぁ、ここのハッチから駐機場に入ってください。機体があるといいのですが・・・・・・。」
ミクオがバルブを回してハッチを開放させると、駐機場に籠っていた空気が流れだした。
「チャンスです。今は誰もいません。入ってください。」
ミクオが、俺達に駐機場への入り口を明け渡した。
「お前はどうするんだ。」
ミクオは、口許に微笑みを浮かべた。
「僕のことはご心配なさらずに。さぁ、早く。」
「ミクオ・・・・・・礼を言うぞ。」
俺はミクオに敬礼を送り、ワラの体を抱きかかえてハッチをくぐった。
その先は、Sハンガーよりも広大な空間だった。
端から端まで、百メートルほどの広さがあり、俺とワラの僅かな足音さえ、隅々まで響き渡って行く。
照明は、小さな蛍光灯があるのみ。
俺は、どこかに航空機がないか、そしてそれのシートにパラシュートが装備されてないかと、周囲を見渡した。
『デル・・・・・・遂にここまでやってきたか。』
その時だった。
この駐機場中に、網走智樹の声が響き渡ったのだ。
『これも、クリプトンの息がかかった陸軍のVRFT訓練の成果か。それとも、私がお前に与えた戦いの才能か・・・・・。』
俺は奴の姿を見つけようと、必死に視界を巡らした。
だが、人の気配すらここにはない。
奴の声が俺とワラの全身に降りかかるだけだ。
『クリプトン・フューチャー・メディアが行う、今なお続く人工の魂を持ったアンドロイドの生活実験。それと七か月前、我々と本社の連携で執り行った、雑音ミクと強化人間のソード隊による戦闘実験。そして今回、陸軍で開発されたVRFTの成果を世界に示し商品としての信頼を得るため、本社自らが、お前という新米アンドロイド・ソルジャーを、我々の蜂起を阻止するという題名で戦場に投入した。タイトやキク達も、おまけ程度ではあるがお前の援護という形で参加させられた。』
「何を言っている!?」
奴の言っていることが、上手く理解することができない。
俺が・・・・・・VRFTの信頼を得るために?
『過去の実験に引き続き、今回もなかなかの好成績が出たようだ。デルよ・・・・・・お前はやはり、私の創り上げた中でも最高傑作だ。だが皮肉なものだな。やはりお前もクリプトンの手先となり、何の疑問も持たされずに戦い続けてきた。クリプトンの私腹を肥えさせるために。そして、お前の生みの親であり、クリプトンの独裁と野望に反旗を翻した、私と対峙することになろうとは。そして悲しい・・・・・・最後まで自分の手足はおろか、心にまで縫いつけられた操り糸に気づけないとは。自由と未来の相続者も、やはり我々となったか・・・・・・。』
「姿を見せろ!」
俺が姿なき声に向かって叫ぶと、天井のスポットライトが一斉に点灯した。
そして俺の目の前に、三人の人影が舞い降りた。
それは、網走智樹本人と、紅い戦闘スーツに身を包んだメイトと、テッドの姿だった。
「デル・・・・・・最後までクリプトンに味方するのか。可哀そうな奴だ。お前は元々仲間に招き入れる予定でもあったし、お前の体内にあるデータはクリプトンの根絶に必要だった。だが・・・・・・。」
言いながらメイトが俺の前に足を踏み出すと、突然、スーツの上半身を脱ぎ捨てた。
「ここまで抵抗するというのなら、もはやお前は完全なる敵。俺が、今ここで破壊してやる。」
「・・・・・・いいだろう。」
彼の拳に答えるように、俺もまた、バックパックをその場に投げ捨て、背中のブレードをワラに手渡した。
「ワラ。これを頼む。下がっていてくれ。」
俺はワラが安全な場所まで退いたことを確認すると、改めてメイトと向き合った。
「さぁ・・・・・・・行くぞッ!!」
「ふん・・・・・・・来いよッ!!」
俺とメイトは床を蹴り、互いの顔面めがけ、全身全霊の力を込めた拳を振り上げた。
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