12.秘密
ヴァシリスの決断は早かった。リントをかくまうことは彼の中でゆるぎない決定事項だったが、島民みな知り合いのような島で、人ひとりを隠すことが難しいことを彼は気づいていた。そして、島民はいざというときには結束するが、その状態に至るまで、すべての人が同じ考えを持つとは限らない。
「いざというとき味方になる人間は多い方がいい」
それが、島に移住した大陸の民、ヴァシリス・アンドロスの判断だった。
「レンカちゃんと、パウロ医師には、君のことを話すよ。リントくん」
リントはレンカや医師に迷惑をかけたく無いと告げたが、ヴァシリスは首を振った。
「人を頼るなら、中途半端に頼るな。君は俺を頼った。俺はそれに応えると決めた。だから出来ることは全部するつもりだ。……遠慮されると、まるで俺がリントくんに疑われているように思うのだが」
ヴァシリスの言葉に、リントはぐっとうつむいた。
「……すんません。ヒゲさん……」
熱く啜りあげた息の音に、ヴァシリスはそっと彼の肩を叩いた。
* *
その日の夕方、レンカが荷物を抱えて博物館の事務所へ移ってきた。
「リント。あたし、しばらくこっちに住みこむことにしたから」
着替えと日用品を携えてあっさりと移ってきたレンカに、リントの方が面食らった。それどころか、彼女は、逃げてきたリントを見ても、まったく動じなかったのだ。
「リントは、郵便飛行士になったんでしょ。兵士になったわけじゃないもの、それは逃げたくもなるわよね」
まぁ無事で良かったわとあっさり彼女は笑い、かつて一日の大半を過ごした、勝手知ったる博物館の事務所に着々と自分の居場所を整えていく。
「村の人もパウロ先生も、あたしが『また女神像を調べたくなった』と言ったらあっさり信じてくれたわ」
「パウロ医師には俺から話してある。医師が居るといざというとき心強いからな。彼は協力してくれるそうだ」
「なんだ!そうなの!」
ヴァシリスの言葉に、心強いわとレンカが笑う。リントはひたすらに驚くばかりだ。
「レンカは、もっと取り乱すかと思った」
「あたしもね、もう子供じゃないのよ」
レンカがにこりと笑う。
「事務所にすみかを移すのも、ヴァシリスさんのところに人一人分の食糧を持ち込むことを、変に思わせないためだから。そのくらいは、考えられるようになったの!」
レンカが振り向き、くくった髪をゆらして二コリと笑う。
「大丈夫。もうリントの前に洗濯物ぶちまけたりしないわよ」
わざと他愛のない話題を選ぶレンカに、リントは再び目頭が熱くなるのを感じた。
「……やっぱりお前」
リントが、顔を上げてにひっと笑みの表情を作った。
「お前、すごいよ」
「もうひとつ」
レンカが、すっとリントに目を合わせた。真剣な、大人びた表情にリントの動悸がどきりと跳ね上がる。
「島に、大陸の国の駐留部隊が来ている。……その中に、ルカちゃんが、いた気がするの」
目を見開いたのは、リントだけではなかった。その場に居たヴァシリスも動きを止めた。
「ヴァシリスさん。何か聞いていませんか」
レンカの問いに、ヴァシリスはひとつため息をつき、机の引き出しを開けて中の手紙の束を取り出した。
「……ルカは、父親の後を追って軍人になった。そう、手紙が来た」
レンカが一番新しい手紙を手に取る。ルカらしい几帳面な字で、ヴァシリス宛てに文章が綴られていた。
「リント」
レンカがそっと口を開いた。
「……リントを知る人が駐留部隊の中にいるの。ルカちゃんに会いたいだろうけど、絶対に、島に来ていることを知られちゃダメだよ」
レンカの言葉に、リントは静かにうなずいた。
翌日、リントの乗っていた黄色の飛行機が、ドレスズ島の藪の中で発見されたと新聞で報道された。パイロットは行方不明とされ、リントの所属していた郵便飛行士協会によって捜索されたが、見つかるわけもなく、七日後、捜索は打ち切られたと、再び新聞で発表された。
* *
「コルトバ上等兵」
上官の呼び掛けに、ルカははっと意識を現実に戻した。そのことで、ルカは自分の意識が飛んでいたことを認識した。
「大陸へ伝達の書類を発送してくれ」
「了解いたしました」
ルカの仕事は、高官の秘書の役割だ。訓練は通常の兵士と同様に課されるが、実際の戦場とは遠い部隊の、さらに安全な部署に配属されていた。大陸の国と島の国の同盟に大きく貢献しているコルトバ大将の娘なのだ。特別扱いが存在することに、誰も不服は言わなかった。
「ご息女に何かあってコルトバ大将の働きが落ちることの方が、我々にとって脅威だからな」
ルカの父コルトバ大将は、大陸の国の本部にて、島々との同盟のために働いている。ルカとしては、特別不満はない。仕事は仕事だ。自分に求められている役割が、自分が安全な場所に居ることならば、それを果たすだけだ。
「私は、父上の仕事を知りたくて、軍に入った。父上の話が聞こえてくるなら、目的は叶っている」
淡々と働くルカを、現場の者も自然に受け入れている。それに、しなやかな長身を生かした身体能力も悪くなく、訓練では足を引っ張ることもない。ルカは、異質ながらも奇妙なバランスの中に、自分の居場所を見つけていた。
「どうした、コルトバ上等兵」
「いえ。すぐ手配いたします」
ルカはすぐに意識を切り替えて動き始めた。彼女の脳裏にあったのは、今朝島に届いた新聞であった。
白黒の写真であるが、藪に落ちた飛行機の写真と、パイロットの名前が載っていた。
その名を、ルカはよく知っていた。
「リント……」
片時も、忘れたことなどなかったのだ。四年前のあの時、一時の美しい思い出があったからこそ、ルカは、島の国を守るとされた駐留部隊の中でも、この島へ来る部隊への配属を希望したのだ。
「飛行機が落ちたのは、……私がこの島へ来る、二日前」
たった、二日前。そのときまでは、この世界に、リントがいた。生きて動いて、空を飛んでいたのだ。
ぎゅっと胸を押し上げた思いに、ルカは思わず書類を抱きしめる。宛先は皮肉なことにも、リントの飛行機が発見されたドレスズ島であった。
「……今は感傷に浸っている場合ではない」
ルカは白い頬をまっすぐに上げ、感情を振り切るように石造りの庁舎の廊下を歩いて行った。
暗い建物内とは対照的に、窓の外には、四年前と変わらない夏らしい青い空と海が広がっている。
本日の勤務が終わったら、女神像のところへ行ってみよう。
そして悔しさもむなしさも悲しさもこめて、思い切り泣こう。
「私は……ずっとリントが好きだったから」
感情をくれたあの人のために泣こうと、ルカは心に決めた。
つづく!
滄海のPygmalion 12.秘密
レンカちゃん。白いリボンだけは昔のまま。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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-----------...ネバーランドから帰ったウェンディが気づいたこと【歌詞】
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-----------------------------------------
BPM=172
作詞作編曲:まふまふ
-----------------------------------------
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