◆プロローグ


 どこで、まちがえたんだろう――。
 黒と黄色を基調としたセンスのいい城の一室で彼は自問する。
 それは、多分――



◆第一章 ―序(ハジマリ)―


 荘厳な鐘が国中に鳴り響いた。王子と王女の誕生を知らせる鐘だった。やっと。もしくは、ついに、といったところか。長い間子宝に恵まれず、王も高齢になってきており、このままでは後継者が不在で国の存続に関わる所だった。何度か養子の話しも出たこともあり、周りからのプレッシャーに王妃の心労も相当なものになっていただろう所の妊娠の知らせに、王のみならず重心もほっと胸をなでおろしたのだった。
 姉のリン・M(ミラー)・トーンと、弟のレン・Mトーン。王と王妃は彼女らをこれ以上ないほどに愛していたが、その一方で王の後継者を誰にするかという議論が続いていた。
 この国では先に生まれた王子を後継者にするのが伝統だった。今回も同様、王子であるレンに王権を継承されるはずであった。だが、それに待ったをかけた男がいた。ブロッソム子爵。最近めきめきと力を付け、いまや重臣お一人で主に商業を任されている男だった。その男がリンを押したのだ。何も男に限る必要はあるまいと、代々女性が統治してきた緑の国(インターリア)や、彼自身の一人娘、メイコ・ブロッソムが異例の速さで階級を上げ手いることを上げ、王にせまった。無論、古参の重心の多くは反対し、毎日の会議の場だけでなく、王宮全体が一気に険悪な雰囲気になってしまい、それが王の新しい悩みの種になってしまったのだった。


 「くそっ。あの若造め、でしゃばりおって・・・・・・」
 毎日定例の国議の後、オブスタネイト伯爵は廊下を歩いていた。
 彼自身、リンが王位を継ぐのはやぶさかではないと思っていた。王女たちが生まれて早2年。二人とも健康に成長していた。特に、リン王女はメイドが眼を離した隙にどこかへ行こうとするなど、活発で、つたないながらも既にいくつかの単語を扱えるようになっていて、賢い娘だと評判になってさえもいた。
 それでも、彼が反対側のいるのは、危機感からだった。リン王女を押すブロッソム伯爵は何を考えているのか分からない人物だからだった。長く国政に関わったわけではない彼は、ほかの重心と比べその生活が知られていない。どんな人物なのか分からない、何を考えているのか分からない。そんな、いうなれば恐怖心が彼を頑なにさせていた。


 「・・・・・・ふむ。」
 部下からの報告を聞き、ブロッソムふむとうなずく。
「まだ動きませんか。」
 王宮の自室で紅茶をすすると、頑固者ですね、とふふふと笑う。
「もう少し上げれば諦めるでしょうかでしょうかねぇ。――まぁ、どうせすぐ王宮から消してやりますがね。」
 椅子から立ち上がって窓から外を見る。
「頭の固い古狸は駆除しなければ。この国の、未来のためにも――。」


 国全体に王の訃報が伝えられたのは、3年の後、王女たちが5歳になってすぐのことであった。


その日も、リンとレンは遊んでいた。口うるさいメイドたちの目を盗んで王宮の裏庭に行っていた。
 はぁ、はぁと肩で息しながらも二人で笑いあう。
 広大な庭に散在する低木の陰で隠れながら、二人は今日はどこに行こうかと話し出す。
 「ねえリン、今日はどこにいこっか」
 声を潜めてレンが喋りだす。
「うーん。あ、あの湖とかは?」
「うん、じゃあ」
「見ーつけたっ!」
「「わあっ!?」」
 いきなり大きな声でだきつかれ、二人は驚いて後ろを向く。そこにいたのはルカ・サーキュレート。今年で15歳になる桃の国(スターラード)出身の少女だった。4年前、王から二人の世話役を命じられた人物だった。比較的年が近いことも手伝って、二人からは『ルカ姉さま』と慕われていた。
 「まーた勝手に王宮を抜け出して。今は勉強の時間だったはずよ?またキヨテル様に怒られてしまうわよ?」
 ルカのそれにリンとレンは頬を膨らますと
「・・・・・・だって、、、」
「キヨテルの授業つまんないんだもん」
「地理とかテーオーガクとかぜんぜんわかんないし」
「うんうん」
と口々にいいあう。はぁ、とルカはひとつため息をつくと、二人をたしなめるように言った。
「・・・まあ、あの方は歴史学者だから、難しいかもしれないけど、あなたたちが将来この国を治めるのよ?だから、ちゃんと勉強しないと。」
それから、急にいたずらっぽく笑う。
「ま、あたしはこの国の王族じゃないから、そこまでやる必要ないけどねー」
「ぶぅ。・・・いいなあ、ルカ姉さまは。」
レンガそう言うのにのって、リンも言う。
「あーあ。私もルカ姉さまみたいだったらよかったのに。」
「うんうん。」
「というか、レンがおっきな声出すから、ルカ姉さまに見つかっちゃったじゃない」
「ええっ!僕のせいじゃないよぉ!」
「レンのせいだ」
「ちがうよ、リンだよ!」
「なんでよ」
言い争いながらも王宮に戻っていく二人を見て、ルカは思う。成長したなぁ、と。二人ともすでに8歳。出会った4年前と比べれば、とても立派になったと、ルカの目には映るのだった。
 「・・・・・・けど」
 ルカは心なしか雲の増えてきた空を見てつぶやく。
「王権を継ぐのはリンだけ、か・・・・・・。」
 あまり政治のことは分からないが、既に王位継承者はリンに決まっているらしい。ぶろっそむの暗躍によってか、オブスタネイト伯爵をはじめとするレン派の人間はみな王宮から去り、地方に飛ばされている。リンが王になりのは一向に構わない。ただ、そのときレンはどうなるのだろう。もはやレンの後ろ盾はない。ルカは、ただそれが心配だった。あの小さい少年を、守れるのは、多分・・・
「あたししかいない・・・・・・」
 先代の王があたしを二人の世話役にしたのは、こんなことを予見していたのかもしれないと、ルカは思うのだった。

 いま、黄の国(テアトール)には王がいない。3年前に王が崩御されてから、重臣たちによる会議で国政が決められている。とは言っても、先代が類を見ない英君だったこともあって、当時の政策の大部分を引き継いでいるだけだった。
 だが、王のいない国は乱れ始めていた。「王」という絶対権力者がいない今、王都センタリオンにかつてほどの力はなくなっていた。ゆえに、早急に王を決めなければならなかったが、出産から体調を崩し、病床に臥している王妃を王にすえることは不可能だった。だからといって、幼い王女達に王権を継承するのは時期早々だといわれていた。かといって、この状況を打開するほかの手を持っているわけでもなかった。

 その年、C.E.(コンティネント・イラ)1785年の夏。
 「・・・・・・もう、仕方ないでしょう。」
 その日の会議で、ついにブロッソム伯爵は重い口を開いた。
 「少々早過ぎる点は否めませんが――。」
 目を閉じて、一瞬笑うように口角を上げたかと思うと、目を開け宣言した。
 「――リン王女殿下を、わが国の第26代目の王といたしましょう。」
 ブロッソムはあたりを嘗め回すようにみると、異論はないですね?、と聞く。無論、異論は出るはずもなかった。既に、会議に出席している重臣はみなリン派に一掃されていた。
 ブロッソムは満足そうに数回うなずいて言った。
 「では、正式にリン王女殿下をテアトールの――」
「ちょっとよろしいか。」
 ブロッソムの声をさえぎって手を上げた男がいた。何事かと、ブロッソムは不機嫌そうに眉をひそめる。
 「何か異論でも?ミーク子爵。」
 ――この男は前からリン派だったはずだが・・・・・・。
 若干の戸惑いを感じながらも、平静を装って聞く。
 「――いや、リン王女殿下の即位にはまったく異論はありません。ですが、そのとき、レン王子殿下はどうなさるおつもりですか?」
 はあ、何だそんなことか。と心の中で毒づきながらそれに答える。
「わが国の伝統では、王位継承者の兄弟は王族を離れ、その従者として一生を捧げることになっております。今回も、それに則ろうかと――」
「しかし、ブロッサム伯爵。貴殿は伝統に縛られてはいけないと何度も・・・。」
 嗚呼、五月蠅い。これはとんだ計算外だった。 
 ブロッソムはふう、と息をつくとミークに言う。
「よろしいですか、ミーク子爵。私は伝統のすべてを否定しているわけではない。この国を守り、繁栄に導くために大事で、かつ素晴らしいものもたくさんある。いや、そのほうが多いのです。ですが、今の世の実情に合わないものもあるのも事実なのです。私はそれを変えたい。この国が、未来永劫この地で繁栄を築くために!」
 語気を強めて言う。それだけで十分だった。
 「申し訳ない。少々熱くなりすぎました。では、今日はこれで閉会ということで。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪の王国

「悪ノ娘」の僕なりの解釈です。

レイジ様に触発されて書いたものです。

と、言っておく。

閲覧数:356

投稿日:2010/12/25 22:35:08

文字数:3,628文字

カテゴリ:小説

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