「…完璧だな。」
マスターに、"Nightmare of You"の収録に呼ばれ、行くと、グミちゃんは昨日よりさらに美しい歌声を響かせていた。
マスターが俺とグミちゃんに楽譜を渡す。
「ほら、これだ。俺が珍しく何日もかけて作った曲だぞ、ありがたく思えよな。これが成功したら、これから先デュエットは二人をメインにすることになると思う。」
「え!?ほんとですか?」
グミちゃんが無邪気に喜んでいるのが嬉しかった。
ほんの少し戸惑いもあると思うけれど、まだ喜んでくれることだけで幸せだった。
その曲は難易度が高くて、収録には一週間かかった。
でもその甲斐はあったらしい。
「よかったね。君ら、デュエットのメインになると思うよ。…ほんとに素晴らしい出来だよ、これ。」
マスターはそう言って笑った。
グミちゃんはその瞬間飛び上がって喜んだ。
「また次の曲ができたら、楽譜渡すよ。でもしばらくはこの曲を広めて人気出させるからさ。待ってて。」
マスターはゆっくりとグミちゃんを抱きしめた。
何か言っているけれど、その内容までは聞こえない。
そしてマスターは俺のところに来る。
「よかったじゃん。まだまだあれだけ喜んでくれてるよ?脈ありだな。…いや、でもマジでよかったな。お前も上手くなったよ、すごく。Daydreamingからさらに。…今日告るんだよな?」
言い当てられて、俺の頬が一瞬紅潮する。
マスターはそんな俺を見て笑った。
「じゃ、俺は行くからさ。てか俺昼飯食ってないんだわ、食わねーと。」
マスターは、気を利かせて二人きりにしてくれる。ちょうどそのタイミングで、グミちゃんが口を開いた。
「カイトさん…あの、お話が…」
まさか…俺とデュエットするのは、もう嫌とか?
「うん。…座ろうか。俺からも話がある。…先、どうぞ。」
気を落ち着かせる為に、椅子を取りに離れる。
先にグミちゃんの話を聞きたかった。やっぱり俺は臆病だった。
「あの、カイトさん、やっぱりあたしカイトさんのこと好きです。またカイトさんのこと困らせるかもしれないけど、やっぱりこれだけは知って欲しくて。最初は幻想ちょっと抱いてたかもしれないです。でも、今はほんとに、カイトさんの地とかレコーディングで見てきて、やっぱりあたしカイトさん好きだなと思って。振られたけど、それでも諦めきれないから…その、まだ、好きでいたいし好きでいさせてください。」
グミちゃんは強い。はっきりとこういうことを言える。
振られたらどうしようとか断られたらどうしようとか…そんなことを考えてはいるのだろうけど、それに負けない強さがある。
俺はほっとした。好きでいさせてください、とか…
「…ごめんな。」
急に自分のしたことの酷さをはっきりと思い出して、俺は小声で謝った。
今度は、俺も、グミちゃんに対して正直にならないといけない。
好きでいさせてくださいとか、言わせちゃだめだ。
「え…あの…」
「俺さ、あのとき言わなきゃいけないことがあったのに言わなかった。そのせいでこんなにグミちゃんのこと傷つけた。俺ほんと、馬鹿だよな。めーちゃんとマスターにすっげー詰られたよ。」
やっぱり自分の過去を話して幻滅されるんじゃないかって言う思いは消えない。
でも、それはそれで俺が受け止めなきゃいけない問題だ。
勝手だけど、今はグミちゃんが幻滅しないことを信じて話すしかない。
「あのさ、俺、誰かを好きになるって感情がよくわからないんだ。生まれつき。…誰かから愛されたことがなかったからなのかな。自分が人を好きになれないと思ったし、実際今まで好きになったことないんだよ、一度も。だけどそれを言うのが、なんか、何のためらいも無く俺に好きって言えるグミちゃんに言うのが恥ずかしくてさ。だからごまかしたんだよ。
そのまっすぐな「好き」って感情に応えられるのか心配でさ。めーちゃんとか引き合いに出して、俺、要するに逃げたんだよな。ほんとごめん。…めーちゃんのことは、憧れてるんだ、俺。憧れと恋の区別もつかないガキなんだよ、俺は。
まだ俺は誰かが好きって言う感情がわからない。でも、…グミちゃんとのレコーディングの曲が入ってないって聞いたとき俺、なんか知らないけどめっちゃ悲しかった。グミちゃんが部屋から出てこなくなって会えなくなったらすっげー寂しくてさ。で、どうしても我慢しきれなくなって、グミちゃんの部屋押しかけてさ、一生懸命歌ってるグミちゃん見たら、抱きしめたくなった。
それが人を好きになるってことなんだよ、ってマスターとがっくんに言われて、ようやく気がついた。」
一息で言い切る。
顔から火が出るんじゃないかってぐらい恥ずかしかった。俺の方が…どれだけ子供か。
「え…じゃあ、そのっ…」
「うん。俺グミちゃんのこと好きみたい。…ごめんな、あのとき気がつかなくて。俺の変なプライドでグミちゃん傷つけて。」
グミちゃんが泣き出した。
俺は咄嗟にグミちゃんを抱きしめた。
「だって、強いのが好きって、普通すぎるって、…そう言ってたのに、」
…あぁ、あのときの酷い言葉。まだ覚えていて…くれている。
俺が、どんなに馬鹿だったか、思い知らされる。
「うん。ごめん。強いのに憧れてるだけなんだ。…それにグミちゃんは、充分強い。めーちゃんと違う強さ持ってる。あとね、俺、ほら、この変人達の中で生きてきたじゃない?だからさ、…その中でも普通でいられるグミちゃん見てて、なんか落ち着くんだ。普通すぎるのは、悪いことじゃなくて、…うん、だから、それに自信もっていい。ごめん。」
言いたいことがなかなかまとまらない。でもこっちは、あのときのまとまっていた嘘よりよほど本当だった。
「か…カイトさんの、馬鹿ぁ…あたし、あのとき、すっごいショックでっ…」
俺は馬鹿だ。笑顔が傷ついていないとイコールじゃないなんて自分が一番よく知っているのに。
「ごめんな。ほんとごめん。俺ほんと馬鹿だった。あんなこと言わなきゃよかったってすっげー後悔した。しかも俺鈍感だから、あのときグミちゃんが笑ってたから傷ついてたの気づかなくてさ。めーちゃんにすっげー勢いで殴られたよ。お前は馬鹿か!って。リンとかレンにもバカイトって散々連呼された。ミクにも蹴っ飛ばされたし。ルカに至っては俺のこと完全無視するし。…それでようやく気づいたんだから俺ってほんとに馬鹿なんだよな。」
泣かれるのはやっぱり嫌だから、おどけた口調でそう言うと、グミちゃんは小さく笑った。
「カイトさん…だ、いすき、好きぃ…」
たまらなく愛しい。
必死で手を伸ばそうとしてくる少女が、可愛い。
「うん。…俺も。…あぁクソ、言葉じゃ上手く言えねーな。」
俺は本来は口下手らしい。想いに応えたいと思うのに、ふさわしい言葉が出てこない。
だから、"Sweetest Fruit"を俺は歌った。マスターが俺の代わりに俺の気持ちを言葉にしてくれた歌。
俺の唯一のコミュニケーション手段。
グミちゃんは黙ってそれを聞いていた。
"Love Fruit"がグミちゃんの歌だとすると、この曲はそれと対だ。
…結局、抱いた感情は俺もグミちゃんも同じなのかな、と思った。
「…俺、まともに好きって気持ちに応えられないかもしれないけど。あだ名が自他共に認める『バカイト』だから、変なことまたするかもしれないけど。…それでもよかったら。その…付き合って、ください。」
これだけは歌に任せるわけにいかなかった。
一生で初めての、俺が告白した相手。
「こちらこそ…よろしくお願いします。」
グミちゃんは泣きながら、満面の笑みを浮かべた。
そして、二人の"Lovely lovely sweetest fruit"は、実った。
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