サラサラサラサラと、シャープペンシルの芯が淀みなく紙の上を滑る音がしている。
目の前には、癖のないボブカットの黒髪をたらし、一番上までキチンとボタンをしめた、薄ピンクのシャツに控えめなリボン。ふちの赤い眼鏡をかけて長いまつげを伏せ、綺麗な姿勢で黙々と書き物をしている少女がいる。
カイトはその手前の椅子に後ろ向きで座っていた。
背もたれに乗せた腕に顎をくっつけながら、一つ年上の先輩であるその人を飽きもせずに眺めている。いつも装着しているお気に入りのヘッドフォンから音楽は聞こえない。この時間だけは絶対に、彼は手元の音楽プレイヤーの電源を落とすのだ。
ふ、と少女が息をつく。手が止まり、顔を上げて、上半身をほぐすように、ん、と少しだけ胸を張った。
もちろん目の前でにんまりと笑ってこっちを見ている青い髪の後輩は視界の隅に入っている。だけどいつものことすぎて、もはや気にもならない。
「おつかれさまー」
脳天気な声にチラと目をやり、少女、メイコはかけっぱなしだった眼鏡をカチャリと外した。
「…まだ終わってない」
「えっ。もういいよやめようよ1時間以上経ってるよ?疲れちゃうよもう休んだ方がいいよねぇカイチョー」
「…」
グイグイと矢継ぎ早に言い寄られ、メイコは冷めた視線をカイトに向けた。
「飽きたなら帰りなさいよ」
「え?おれは飽きないよ?カイチョー見てて飽きるとかあるわけないじゃん」
「じゃあ放っといて」
「だって休憩くらいしないとダメだってカイチョー」
「今してる。あんたが邪魔してるだけ」
「ちがうってこれは息抜きって言うんだって!あっ肩でも揉もうか?」
「いい」
「ジュース買ってこようか?」
「いらない」
「だいじょーぶおごるから!何がいい?苺ミルク?アクエリ?はちみつレモ」
「おすわり」
意気揚々と立ち上がったカイトに視線で一喝すると、ピタ、と動きを止めたカイトはハーイと笑顔で座りなおした。
ふぅ、と改めて一息ついて、一旦手元の生徒会日誌を閉じる。
3年生のメイコは現生徒会長だ。業務を手伝ってくれる仲間はたくさんいるけれど、生来の責任感の強さゆえに最終的な報告書やまとめ全般の処理は結局自分が引き受けてしまう。その方がラクなのだ。人任せにできない性格だから。
もう1時間経ったのか。
カイトの言葉を脳内で反芻して、メイコは腕時計に目をやった。確かに教室の窓から見える空は夕焼けの茜色を帯びてきている。あと30分が限界かな。メイコは残りの書類の束を見ながら考える。
「カイチョー、終わったらアイス食べいこーよ」
メイコが適当な算段をつけるのを待っていたかのようなタイミングで、カイトは言った。
メイコはサラリと垂れてきた髪の毛を落ち着いた様子で耳にかけ、鞄の中からピンクの水筒を取り出す。
「行かない」
「カイチョーって甘いもの食べないの?」
「食べるけど学校帰りには行かない」
「あっ何それフラグ?フラグ?日曜日デートしようよそれならいいんだよね!」
「行かない」
「カイチョーが好きな味ってなーに。おれリサーチしとくからなんでもリクして」
「…」
コップ代わりの蓋に注いだ自家製ハーブティをコクリと飲み干し、蓋を閉めて水筒をしまうと、メイコは再び赤い眼鏡をかけ無言で日誌を開いた。カチカチとシャーペンの頭を叩く彼女を見ながらカイトは頬に手を突き、目をくりくりさせて笑う。
「カイチョー、今日もかわいいね」
「どうも」
「好きだよー」
「どうも」
これが彼らの放課後。
*
2年生のカイトがメイコをはじめて見たのは、今と同じような黄昏の生徒会室だった。
どこの部活にもひょこひょこと顔を出すもののどこにも属さず、だけどその器用さと愛嬌で誰からも可愛がられるたちの彼は、その日も興味本位にひょっこりと生徒会室を覗き込んだのだった。
何人かの執行部員がテキパキと作業をこなしている。そんな中ふと、引き寄せられるように目をやった先。
教室の隅っこの机で、黙々と資料に目を通している眼鏡の少女がいた。
一見地味な。だけどひどく清廉とした、どこか近寄りがたい雰囲気をまとった、その横顔。
気が付いたら、カイトは目が離せなくなっていた。
その後その綺麗な真顔に見つめられ、「関係者以外は出て行って下さい」と一刀両断された瞬間、完全にカイトは彼女の虜となってしまった。
カイトにとって、そんな女子ははじめてだった。しかもそれがあんな美人であれば、俄然興味も沸くというものだ。
以来メイコが一人で教室に残っている時間をチェックして、少しでも長く彼女の傍を陣取っては悦に入っている。好きだ好きだと口癖のように告げているが、今のところこの情熱が彼女の琴線に触れた気配はない。
別にかまわない。誰もが近寄りがたい、生真面目な生徒会長サマの傍を一人占めできる。それだけでカイトは優越感を感じていた。
今日の彼女の予定はどうだったっけ。確か昨日は中央評議会委員なんちゃらがあったらしいから、今日も残って一人、何かしらの事務作業を黙々とこなしているに違いない。
最終的に誰にも頼ることのできない彼女の強さを、可愛げがないと評する輩もいるだろう。
だけどあの人は、意外と可愛い面もあるのだ。
下ネタに関する知識の低さとか、実は運動音痴だとか、機嫌がいいと鼻歌を歌うだとか。
この前おれが指にケガしているのを見咎めて、ため息交じりに絆創膏を貼ってくれたりだとか。
学ランの袖のボタンが取れかかっているのを見咎めて、ため息交じりにソーイングセットを取り出して直してくれたりだとか。
カイトは一人で思い出し、ニヤニヤとほくそ笑んだ。世話焼きさんなんだよな。わかってて甘えるおれ策士。
やはり、今彼女と距離が一番近い男子は自分以外にあり得ない。そんな自意識に自惚れながら、通りかかった教室の中に何気なく目をやったカイトは、―――ビクリと足を止めた。
メイコがいたのだ。
いつもなら真っ先にカイチョー!と飛び込むであろうカイトの足は、だが凍り付いたように動かなかった。
彼女が、見たことのない表情で微笑んでいたから。
背の高い白衣の教師がそこには立っていた。
メイコが持っているテスト用紙か何かを指差し、ほのかに染まった頬で彼を見上げて何かを問えば、不愛想な教師はボソボソと何かを返す。それにメイコはまた頬を染め、口元に手を当てて控え目に笑った。
なんだあれ。
カイトは目の前で起こっている光景が信じられず、呆然としていた。
あんな生徒会長は見たことがない、ともう一人の自分が首を振る。
あんな、普通の女子みたいな。
あんなのは、おれの知ってる彼女じゃない。
なんだよ、あれ!
嫌だ。見ていたくない。
何も考えられなくなったカイトは無意識に後ずさり、弾かれたように踵を返して走り出していた。
【カイメイ】 きみとぼくの答え合わせ 【パカグラ】
※全3Pです。前のバージョンで進みます。
DIVAfモジュ「学ランパーカー」と「グラデュエート」で学園カイメイと言い張ってみます。
前回ジニホイ『せいしょくしゃ・2』の続き、というかなんというか書きたかっただけというかいやあの、す、すみません…あ、繋がってるけど続いてないから片方のみで大丈夫です…
学園に何度挑んでも爽やかになりきれない私の業の深さときたら…
注意事項※ジニホイ前提
思春期は悩めばいいと思うの
よくわかんないけど恋してるって、悩めばいいと思うの…(とおいめで
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