雪のちらつく冬の日、ある男が仕事を終えて家への道を急いでいた。今日はこれから荒れると、朝の予報で知っていたからである。しかし……彼が家に着くよりも早く、天気は徐々に荒れ始める。やがて風も出てきて、本格的な吹雪と化してしまった。
前がほとんど見えない中だが、歩きなれた道を彼は立ち止まることなく進む。近道をするため、男は公園の中を通ることにした。すると、視界の悪い中に見えてきた公園のベンチに、影が見える。なんと……人が座っているようだ。不思議に思った男は道を外れ、その人に近づいてみた。
徐々に視界に捉えたその姿は──帽子からコートにブーツまで、全身白の服装に黒い手袋、薄紫の長いストレートヘアの、女性であった。一体この吹雪の中、このような場所に座って何をしているのだろうか……?
男は声をかける。
「あの、」
呼びかけられ、ゆっくりと男のほうを見るが、その女性は一切の言葉を口にしない。同時に吹雪がわずかに落ち着いた気がした。
「こんな天気なのに、ここにいては風邪をひきますよ?」
まっすぐ男を見ていた女性は、視線をゆっくり下に向けて俯いた。何か意味ありげである。……彼は察して言った。
「あの……よければ、うちに来ませんか?ここは寒いですから」
また男のほうを見る女性、今度は少しだけ目を見開いている。明らかな表情ではないものの、驚いているようだ。男は公園の出口まで行き、女性に向かって手招きした。彼女は彼の立つほうを見ながらベンチを立った。わずかに明るい表情を見せた。吹雪が一気に収まっていく……。
女性は男のもとへ近づいていった。……男ははっとした。今まで吹雪で見えづらかった、女性の顔がはっきり見えたのである。……雪のように透き通った白い肌に、吸い込まれそうな青い瞳をしている。長い髪も相まって、とても美しい。
男の自宅はアパートであった。彼はいったん、ドアの前で女性を待たせて自分だけ中へ入った。まさか女性を招き入れるとは想定外で、とても部屋の準備などできていなかったのである。急いで服をタンスに押しこみ、タオルや敷きっぱなしの布団などは押入に入れた。寒い外に、あまり待たせては申し訳ない。
「ど、どうぞ…」
数分後、男はやっと女性を自宅へ受け入れる。女性は、小さく会釈してから中へ入った。…男は、もう彼女をまともに見ることができないほどに惚れ込んでしまっている。彼女が窓の外を眺める後ろ姿を見るのがやっとであった。
窓のそばが気に入ったのか、目は窓の外のままそこに斜め座りし、ゆっくりと帽子と手袋を取る女性。手袋を取った手も顔と同様に真っ白な肌をしている。その一挙手一投足に、男は見入っていた。
(美しい人だなぁ……)
お湯を沸かし、お茶を入れる男。
「寒かったでしょう?どうぞ」
と女性にすすめる。が……彼女は無反応。それどころか、男のほうを全く見ようとしない。まるで、全く聞こえていないかのようである。……が、男は緊張してしまい、それ以上女性に声をかけられなかった。
……その後、夜遅くになっても、女性は男の家を出ようとしない。男は段々心配になり、問う。
「あの……」
女性が、この部屋に来て初めて男のほうを見た。言葉を発さずに首を傾げて、「何?」という仕草をした。男はドキッとする。
「あっ、いや……帰らなくて大丈夫ですか?もうだいぶいい時間ですよ、ご両親など心配するのでは……えっと、公園まで送りましょうか──」
男が言葉を言い切るかどうかのところで、女性は男から目を逸らして俯いた。それはまるで「帰らないとダメ?」と言っているよう。言葉を一切使わず、表情も全くと言っていいほどない彼女だが……伝えたい気持ちは、不思議とはっきり伝わってきた。
「あ…あの、自分は平気です!誰も一緒に暮らしているわけじゃないし、その……い、いくらでもいてくださいっ」
言葉もついたどたどしくなる。男は段々、自分の顔が熱くなるのを感じた……ここまでのたった数時間に見た姿や仕草で、完全に彼女に心を奪われてしまったようだ。こんな方が自分の部屋に来て、しかも帰りたくないと言っているとは……彼にとって夢のようである。
男は彼女にベッドを譲り、自分はソファで休むことにした。
「あ……寝る時、そのベッド使ってください。自分は……もう休みますね。……おやすみなさい」
その言葉に、やはり彼女は全く反応を示さなかった。まだ、座ってさっきよりも落ち着いた雪景色を見ている。その姿を、男はまどろむまで眺めていた……。
「うわっ!?」
数時間後、男は部屋中響くその声と共に目を覚ました。同時に、彼の驚愕する理由となった女性も、驚いて数歩引き下がった。男が目を覚ました時、女性は彼に顔を近づけていたのである。それはまるで……
「あっ、あ、あの……ど、どうかしましたか?今……あなたは何を……?」
女性はもちろん何も答えない。一瞬、目をほんのわずかに細めたが……男には、その表情が何を示しているのか、わからなかった。そして彼から目を逸らし、また窓の外の景色を眺め始めた。……男は、布団をかけているにもかかわらず、全身に震えるような寒気を感じ、同時に強い睡魔に襲われた──
目覚まし時計が鳴る。窓からは光が差し、雪は止んでいることがわかった。いつの間にか、朝がきたらしい。
「あれ……あの人は?」
女性の姿がどこにもない。確か彼女は窓の外を眺めて……そこまで思い出したところで、男はあのことも思った。
「あれは……一体、何だったんだろうか?」
まだ起床時間ではない時にふと目が覚めると、女性がものすごく接近していたのだった。目を覚まさないと思ったのだろう、彼女のあの驚いた表情は、とてもはっきりとしたものだった。
職場でも、あの女性のことばかり考えてしまい、仕事の手が進まない。
「大丈夫ですか……?」
と、職場の知り合いの女の人に声をかけられ、ボーっとしていた男はかなり驚いた。
「わっ!あぁすいません、ちょっと調子がおかしくて……」
「体でも壊したの?昨日すごい天気だったし……風邪とか」
「いえ、大丈夫です」
「そうならいいですが。あ、そういえば……今日、また泊まりに行っていいですか?」
「えっ?」
男とこの女の人は、実は最近とてもいい雰囲気になってきているのである。しかし、彼女を最後に家に泊めたのはもう何ヶ月も前であった。
「久しぶりに、ダメ?」
「うーん……うん、わかった。いいよ」
仕事が終わり、いつも1人の道を職場の女性とともに帰る男。しかし、彼の頭にはまだ引っかかっていた。公園で会った女性……なぜ突然いなくなったのだろう?……自分の家へ帰ったのだろうか?せめて連絡先を聞き出せばよかった。
だが、男にはかえって好都合であった。職場の女性を彼女に会わせずに済むからだ。……こちらの女性とのせっかくのいい雰囲気も、壊したくはない。
「あっ……雪?」
女性がポツリ言った。いつの間にか小雪がちらついていた。
「今日の天気、雪だったっけ?」
「ううん、今朝予報見たけど、そんなことは……」
昨日のあの公園の前へ来た。
「昨日さ──」
「うん?」
「あっ、いや、ごめん。何でもないや」
ここで女の人に会った、などと言ったら彼女に嫉妬されてしまうかもしれない。男は話すのを思いとどまった。彼女とのニアミスを避けるため、公園の中を通るあの近道は使わずに家へ向かう。
自宅に着いた。昨日のことで部屋はきれいなので、職場の女性をすんなりと中へ入れる──
「!?」
女の人が驚いている。
「どうした──」
男もそう言いながら中を見ると同時に驚愕した。……そこには、同じく驚いたのだろう、目を見開いた女性が……昨日公園で知り合った女性がいたのである。今朝家を出る時には、確かにいなかったのに。男はそう思いながらも、目の前の状況に唖然とした。
「な……なんで女がいるのに……私、帰ります」
女の人は消え入りそうなその言葉とはうらはらに、家を勢いよく飛び出していった。
「あっ!ま、待って!」
そんな男の言葉も、もちろん彼女には届かない。
男は玄関を開けたまま立ち尽くした。動揺してしまい、何も考えられない。
「!」
やっと思考が戻ってきた時、男は部屋の中の女性を見た。……相変わらず全身白い服装の彼女は、部屋の窓のほう、男には背を向けて立っていた。薄い紫色の長い髪で、背中がほとんど隠れている。
……部屋の2人に、長い沈黙が流れた……。その沈黙を破るのは、もちろん男である。
「あっ……あの……」
やはり女性は反応しない。男は玄関を閉めて部屋にあがる。彼女に近づき、そっと肩に触れた……その瞬間だった。
玄関、台所、ソファやベッド、窓や床や天井……男とその女性のいる空間の全てが、強い冷気で凍りついたではないか。
「!?」
男は驚いて、思わず女性から一歩離れた。自宅にもかかわらず、まるで冷凍室内のように寒い。同時に男は、彼女の足元に影がないことに気づいてしまう。男は、この美しい女性から初めて……身の毛もよだつ恐怖を覚えた。この世のものではない……!
「……どうして…………?」
小さく消えそうな声でそっと発した女性の一言も、男は聞く余裕がなくなっていた。一目散に玄関へ走るが、つまづいてしまう。それでも四つん這いでなんとか玄関にたどり着き、ドアノブに震える手を伸ばす。……が、ノブが回らないほどに凍りついている。逃げられない……!男はさらに焦った。
女性のほうを見ると、彼女もゆっくりとこちらを向く。全くの無表情である。そして一歩一歩、男のほうへ近づいてくる。それらの動き全てが、男の恐怖をさらに煽った。部屋の強烈な冷気もあいまって、声が出せない。
「来るな……」
この状況から彼がやっと吐き出したのは、その言葉だけである。女性は、全く表情を変えない。男は尻餅をつき、冷たくなった玄関に背中をつけた……。
「!?」
背中が凍りついた玄関にくっつき、身動きがとれない。四肢もいつの間にか床に張り付いてしまっている。
女性はさらに近づき、男の前まで来た。すると膝をつき、顔をゆっくりと近づけてくるではないか。やがて右手は男の肩へ触れ、左手は男の顔のすぐそばの壁につけた。そして……男と女性の唇が触れ合った──
玄関を開けもせず、なんとすり抜けて、女性は部屋を去っていく。
男は尻餅をつき、目を見開いたままの状態でピクリともしない。……全身を氷づけにされていた。
ふと部屋のほうを振り向き……女性は、左目から一滴の涙をこぼした。落ちた涙は、地面に到達するまでに氷となり、地面には染み込まない。目を閉じながら向き直り、彼女はその場から消えるように立ち去っていった。……雪は、徐々に本降りとなっていく。
snow white
テストがてら、初投稿してみました。pixivに載せたものと同じです。
DIVAFに登場するルカモジュール、エターナルホワイトをイメージして書きました。
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