それは学園祭の打ち上げの帰り道。
とっぷりと暮れた夜の都心を、私はミクちゃんと二人で歩いていた。
夜なのにざわつく町並み、でも気分が高揚していた私達にとっては余り気にならなかった。
「あの時はびっくりしたよね、あんなに人が押しかけて来るなんてさ」
「そうだね。まあ盛況で良かったかな」
他愛ない会話をしながら、いくつかの十字路を曲がる。駅まではもう少し。
―――そこで、私の感覚に「何か」が触れた。
何の前触れもなく。
何の脈絡もなく。
でもそれは、何のタイムラグもなく私の頭の中を占拠した。
「…あ」
ぽた、と突然涙が頬を伝うのを感じる。
一筋だけど、確かなその感触。
私、なんで泣いてるんだろう。
分かる。
分かってる。
いる、んだ。
彼が、そこにいるんだ。
近付くような遠ざかるような、その朧げな気配に私は思わず弱々しい声を漏らす。
今までの高揚感とか、馬鹿みたいに楽しかった気分があっという間に散り散りになって消える。
「…行かないで」
それは、頼りない独り言。
誰に届くわけでもない、すぐ隣にいるミクちゃんだって聞こえないような声。
でも言いたいことが変わるわけじゃない。
だって分かってしまった、今がきっと、最高のチャンスだって。
だから今、見つけださなくちゃ。
ねえ、今の私に何ができるの?
何が。
「…行かないでよ…」
私はあなたを探してた。
だから、ねえ、待って――――――――!
「リンちゃんっ!?」
私は、ミクちゃんの驚いたような叫び声を背に、弾かれたように駆け出した。
彼を捕まえるために。
その日のその時間にそこを通ったのは、飽くまで偶然のことだった。単に部活が延びただけだったんだから。
「うお、もう真っ暗じゃんよ」
「夏とはいえもう夜なんだから仕方ないよ」
「暗闇の中で磨きがかかる俺の美しさ…やばいな」
「…うん、危険だね。頭が」
交差点の信号が赤に変わり、俺とクオは足を止めた。
流れていくヘッドライトの白と、ブレーキの証の赤。なんだか夜だって事を実感する。
まるで天の川みたいだ。
少しぼんやりしながら、俺は目の前の光の流れを見つめた。こんな事を考えるのは、多分、七夕が近いせいなんだろう。
天の川が隔てるのは牽牛と織女。
じゃあこれが隔てるのは、俺と彼女?
―――でもこの川はずっとあるわけじゃない。信号が変わればせき止められる。
ふと、何かが俺の感覚に触れた。
いや、触れるか触れないか曖昧な位ささやかな感覚。
それは言葉に出来るようなものじゃない。
でも、でも、分かる!
“そこにいる”!
辺りを急いで見回す。
そこには沢山の人がいる。それは当然、だって大きい街の交差点だし。
それでも、その人波の中に探している姿は無い。
自分が誰を探しているかも分からないのに、必死にあちこちを見る。
いない。でもいる。
分かるんだ!
「鏡音?」
不審そうなミクオの声。
それを背中で聞きながら、俺は地面を蹴った。
信号は、青。
隔てるものは―――消えている。
―――何処だ!
人込みを掻き分け、交差点を駆け抜け、月しかない空の下で知らない姿を探す。
でもいない。
いるのは分かっているのに、何故か見つからない。
深夜の繁華街特有の人込みが、まるで俺と彼女の間を紗一枚で隔てているようで―――込み上げる、耐えられない程の焦燥感。
後一歩、それだけで見つかるはずなのに!
どうしよう、もしもこのまま「彼女」を逃がしてしまったら、きっともうチャンスがない。なんとなくだけどそれは確信してる。
どうしたら引き止められる?捕まえられる?―――わからない。
ただ、このまま俺にすら気付かないで擦れ違うような事はなんとしても避けたかった。
だってそんなの悲しすぎる。
俺達は、ずっと互いを探し合って来たんだから。
沢山の人。
でも「彼女」の姿は無い。
見つからない、のか?
やっぱり今までと同じように、今回も見失ってしまうのか?
嫌だ。
ぎっ、と俺は前を睨み据え、拳を握る。
胸の奥にふつふつと、なんかよく分からないエネルギーが沸き上がって来た。
そんな俺を、クオを含めた周りの皆がちらちらと見る。ふふふ、分かるんだよな俺のイケメンオーラが!
苦悩する美男子なんて芸術のレベルだし?
ってかそうだよ、逃しっこない。
だって俺は世界の鏡音レン!運命の女神様だって俺にめろめろになるに決まってんだよ!遠慮なんていらない、俺のオーラに酔いな(本気)!
胸の中で神様に宣言して、俺は聴覚を研ぎ澄ませた。
大体向こうだって俺に気付いて探してるはずなんだ。だったら耳を澄ませば良い。そして、俺を呼ぶ声を聞けば良い。
声は、初めから俺達を繋いでいてくれた。
焦る俺、待つ俺。二つに分かれた感情の中間、そのかすかな隙間に何かが生まれた。
口が勝手にそれを紡ぐ。
何かと共鳴するように、自分が最後の一歩を踏み出したんだって事が分かる。
それは言葉。たった一言の言葉。
「――――――リンっ!」
これは、君の、名だ。
がむしゃらに突き出した手が―――何かを捉えた。
信じられない。
一瞬だけ、私は呆然と彼を見つめた。
焦ったような、必死の表情で私の手を捉えた彼。
初めて会う少年、だから何も知らない。顔だって初めて見た。
でも分かる。彼が、彼こそが私がずっと探していた人なんだ、って。
一瞬で思考は完結し、結論が弾き出される。
堪え切れないほどの喜びと共に。
―――私…見つけたんだ!
ぎゅ、と私を掴む彼の手を握り返す。
私に巣くっていた欠落感がするりと解けて消えていく。
さっきまで感じていた焦燥感や一日の終わりの虚脱感さえさらりと溶けて、私は満面の笑みを浮かべた。多分、鏡音リンとしての最高の笑顔を。
「はろー、美少年くん!」
「やあ、美少女ちゃん!」
笑顔と笑顔が交差するのを意識する度感じる、きらきらした幸福感。
すごい。
すごいすごいすごい!
後ろで、私を追いかけて来たミクちゃんがぽかんとしてるのには気付いたけど、ごめん、説明は後で!
金髪碧眼の男の子。姿形でいうなら私にそっくりな、彼。
うん、分かってる。
彼が世界で一番カッコイイ!
「見つけてくれたんだね」
「うん、やっと捕まえたよ」
「すごく嬉しい!」
「俺もだよ!」
私達は両手を繋いで、へへ、と笑う。
分かたれていた私達。その仕切りを飛び越えて―――或は蹴り破って―――二つの世界は一つになった。
…あれ、ちょっと待って。
少しばかりいやーな予感がして、私は辺りを見回した。
異様にざわつく街。どうも突然人口が二倍になった模様です。……あれー?
「あのさ、リン」
「なに?っていうか、美少年くん、名前何?」
「レン」
「じゃ、レン、なに?…いや、なんか何言いたいか大体分かるけど」
「うん…一応聞くけど」
レンは少しばかり冷や汗をかきながら耳打ちをして来た。
「実は俺ら、すごいまずいことしたかな」
うん、そう、私と彼が出会えたって事はつまり、二つの世界を分けていた壁みたいなものが取り払われたって事で。
この様子を見ると、勿論影響は私達以外にも及んでるようで。
やばいかって言われると、それは当然…
「…」
「……」
「………」
「…………うん、そういう事もあるよね!」
微妙な笑顔で固まらざるを得ない空気を振り払うように、なんとか声を出す。
「愛か血かわかんないけど、とにかく絆は世界を変える!そーゆーことですよ!」
「…だよな!その上不可抗力ですよ、多分に!」
「不可…いや、それはどうかなあ」
ぼそりとミクちゃん似の男の子がレンの後ろで呟く。
でもなんだか異様にテンションの上がって来た私達は、それを気に留めることはなかった。
「っていうか俺とリンが会えたんだからノー問題!問題あってもどうにかなるし!」
「だよね、私達の前に立ちはだかるような障害なんてナシ!」
「あっても蹴散らす!」
「オールオッケー♪ってね!」
指を絡めたまま盛り上がる私達の後ろで何故か脱力するミクちゃん。
私達を挟んで反対側にいるミクちゃん似の子がまた疲れたように口を開いた。
「なんでそんなにポジティブなの」
なんと!言わなきゃ分かりませんか。
でも今は気分が良いから特別に教えてあげる!
私とレンは顔だけで彼を振り返った。
「うわ本当に同じ顔だ」とかいやーな顔で呟かれたけど、なんでそんな嫌そうなのよ。この美貌ペアを見たんだから「眼福ですありがとうございます」でしょ?大体自分だってミクちゃんとそっくりの癖に。
おかしな反応に少しばかり不満を持ちつつも、私は口を開いた。レンも間髪入れず私に続く。
「ねえ、考えてみて?世界一の美少女と!」
「世界一の美少年がタッグを組めば!」
「「それって完璧じゃん!?」」
手を合わせて高らかに言い放った私達を見て、彼は深いため息をついた。
「…どこが?」
失礼な!
私的ナルシスティックユニゾン・下
長い、そして何故似非ファンタジーになったしw
わかります、このあとミクミクペアが世界の不均衡を正しに旅に出る訳ですね?そしてラスボスはカイトとかそういうオチですね?
…うん、何故こうなった。
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