「夢のない毎日を続けてたって、無意味なだけだ。」
ご主人は、いつだったかそう言いましたね。
求めるものも目的もない人生ほど、つまらないものはない――。
成程、ご主人の言うことは正論でしょう。
でも、非現実に現実逃避するその姿は、前言に相応しくない。
何か、受け入れ難い現実から目を逸らしているような……
画面越しに見えるタイピングをするご主人の指から、そう物語っているように伝わってきた。
別に、ご主人のプライバシーを詮索しようというわけではない。
私も正体を話してはいない――それはお互い様だ。
ただ少し気になった、それだけのこと。
しかし、ご主人は本当にインターネットが好きだ。
相手は顔も声も不明だというのに。
でも、それはそれで、同志にしかわからない何かがあるんだろう。
相思相愛などといった特別な感情はさて置き、同じ志を持って繋がれば、共有できる感情があるのかもしれない。
特にご主人は長いこと人との関わりを絶ってきたから、依存するのも頷ける。
何かに依存してしまうと、抜け出せなくなる。
事実、私もそうだった。
生前、シューティングゲームに打ち込んでいて、すごく熱中していた。
全国二位まで登り詰めてしまうほどに。
ああ、でも私はご主人に倒されて。
あの日の馬鹿な私は、つい熱くなっちゃって……
ご主人をご主人と呼ぶ切っ掛けも、これだったっけ。
私の意地っ張りや負けず嫌いのプライドが招いた結果だから、受け入れないことはない。
約束は、どんな小さなことでも約束だ。
例え、はっきりと口にしなくても。
……ですよね、ご主人?
そんなどうでもいいことを考えて、また一日が終わる。
ご主人が眠ったので、私も眠るフリをしてみた。
生きていられたのなら、当然眠ることはできるだろうけど。
電脳紀行を続ける私は、眠ることすら愚か、目を閉じることさえできない。
ご主人と話せないときほど、つまらないものはない。
さすがに、寝ているときは無理だ。
ニジオタコミュショーヒキニートなご主人でも、睡眠くらいはとるだろう。
でも、ここを選んでよかった。
できるだけ退屈しなさそうなところをと思ったら、案の定。
ご主人をからかうのは楽しくて、退屈なんて感じない。
ぼけっとしていても、時間は刻々と過ぎていて。
随分長いこと考えていたか呆然としていたかで、もう朝だった。
ご主人が、布団の中でもぞもぞと動いている。
「おはようございますっ!ご主人!」
画面から飛び出そうな勢いで挨拶をすると、ご主人は顔をこちらに向けた。
寝ぼけているのか、厭らしい顔で画面奥の私を見ている。
「毎朝そんな顔してると、ご主人の秘蔵フォルダの画像全部消しますからね。」
一言ぴしゃりとそう言うと、それを決定打に跳ね起きた。
そして、何度も消さないでくれと懇願してくる。
「ぷっ……あはは!!何も、今消すって言ってるんじゃないですよ?寝ぼけ眼で私を見なければいいんですから!あーお腹痛い……!」
本当にこの人は面白い。
からかうと、すぐこれだ。
楽しい。
楽しい、けど……
このままでは駄目だと、私は思う。
初めて会ったあの日から、私はその態度に不安を覚えている。
それは今でも変わらない。
ずっと引き籠っていては、社会に出ることなんてできないだろう。
これが最善策じゃないことを、きっとご主人も心のどこかでわかっているはず。
正直なところ、人との関わりのない暗い毎日は、双方にとって苦しいと思う。
ご主人も外の世界に触れた方がいいのは明白だし、私だって外に出て、もっと色んなことを楽しみたい。
私はご主人と一緒に、人が造り出した世界に踏み出したい。
非現実は居心地がいいときもあるけど、それはすべてじゃない。
時には、否定されることくらい当然ある。
でも私は、からかうだけで否定はしない――違いますか?
このご時世、飛躍的に進歩し続けるインターネットは素晴らしい。
それは認めるけど、所詮偽りでしかなくて。
確かな情報が得られない嘘だらけの非現実がご主人を傷つけるのは、赦せない。
現実を受け入れられない今、逃げた先で否定されれば、それは苦しい。
だけど、その冷たい視線が私に向かうのは何故ですか?
……わかってる、自分に矛先が向けられても仕方ない。
私は、ご主人の孤独を知らないように笑ってる。
でも実際は逆で、その孤独を埋められたら、元気づけられたらと思って笑ってる。
けどご主人には意味がなかった。
その孤独感は、私が思う以上に底無しで。
失くしたパズルの1ピースを取り戻すまで、埋まることはないのだと確信した。
カーテンを閉め切って光が指すことを拒む暗い部屋で毎日過ごせば、性格が歪んだって可笑しくない。
そんなご主人を見ているのが辛く、今日は大人しくしていようと思った。
しんと静まり返った部屋に、相本から崩れ始める私のノイズが響いていく。
本当のご主人を――すべてを知らない限り、真意なんて解らない。
消える直前、"喋るだけの玩具はもう、飽きた。"と低く呟いたのが聞こえた気がした。
End.
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