第三章 東京 パート5
とりあえず、練習室に戻るか。
鏡との通話を終えた寺本はそう判断すると、部室棟の中央部分に用意されている階段を地下に向けて歩き出した。少なくとも今日と明日はリンとリーンの二人をどこかに宿泊させなければならない。流石に男性の自宅に泊める訳には行かないが、と考えながら寺本が練習室に戻ると、先ほどの硬直したような雰囲気とは異なり、楽しげな会話の声が寺本の耳に入ってきた。どうやら随分と打ち解けたらしい、と考えながら練習室の扉を閉めた寺本は一つ息を置くと、その場にいた全員に向かってこう言った。
「札幌へ向かう手配ができました。明後日の便で出発する予定です。」
「それはいいが、それまでこの二人はどうするつもりだ?」
寺本の言葉に反応した人物は最年長である沼田であった。どうやらリーンに自身の楽器であるベースを教えていた様子である。あの慣れた様子を見ると、リーンもそれなりに軽音楽の知識があるのかも知れない、と寺本は考えながらこう言った。
「実はそれに悩んでいまして。俺たちの自宅に連れ込むわけには行きませんし、ホテルに宿泊させるにはこの二人は目立ちすぎる。」
おそらく日本人の全員がこの二人は西洋から訪れた旅行者だろうと考えるだろう。当然の如くパスポートは所持していないだろうし、ホテルに二人だけで宿泊させるとなるとそれなりのリスクを伴いかねない。寺本はそう判断したのである。
「じゃあ、藍原のところにでも行かせますか。」
続けてそう言ったのは鈴木であった。あっけらかんとした表情で告げる鈴木に対して、懸念を表したのは藤田であった。
「藍原さんは事情を知らないぞ。突然こんなお願いをされても困るだけだろう?」
その言葉に対して、鈴木はやや芝居がかった仕草で肩をすくめると、さも当然とばかりにこう言った。
「あいつ、見た目以上に肝が据わっているから大丈夫ですよ。ちょっと連絡しておきます。」
鈴木はそう告げると、練習室から退出していった。携帯電話の電波が届かない点は誰もが同じだったのである。藤田がその鈴木に向かって、今バイト中だ、と声を掛けたが、残念ながらその声は鈴木には届かなかったらしい。再び閉じられた扉を恨めしそうに見つめた藤田の姿を尻目に、寺本は手持ち無沙汰そうにドラムセットをぼんやりと眺めていたリンに向かって声を掛けた。
「叩いてみるか?」
リンはその言葉で僅かに戸惑った様子で振り返ると、何かを恥じるように視線を落とすと、こう言った。
「あたし、レンと違って楽器は出来ないから。」
鏡か、と寺本は考えた。確かに、あいつの演奏技術は一流だった。ギターも、ボーカルもあれほどまでにこなす男に俺は出会ったことがない。あいつが本気になればそれこそプロですら夢ではないだろうに。寺本はそう考えながらリンに向かってこう言った。
「鏡の演奏技術は異常だったからな。気にすることはないさ。最初は誰でも下手糞だ。」
「鏡・・レンの音楽を聴いたことがあるの?」
「ああ。あいつとは同じバンドで演奏したことがある。一度だけだったけれど。」
「ねぇ、寺本と言ったわね。」
「ああ。」
「レンの話を聞かせて。貴方の知っていること、全て。」
「分かった。」
寺本はそう言いながら、僅かの間鏡との思い出を反芻した。そして、リンに向かって語りだした。たった一年。それでも、忘れ去ることが出来ない鏡との思い出話を。高校三年のとき、あいつは唐突に俺たちの高校に転校してきた。あいつが過去に何をしていたか、それは未だに分からない。だが、俺はあいつを認めていた。音楽家としても。そして、人間としても。
もう、三年も前の話だ。
寺本はそう考えながら、リンに向かって珍しく熱が込められた口調で語り続けた。
一体、何の用なのよ。
コンビニのバイトの定刻を迎えて携帯電話に新着メールが一通届いていることを確認した藍原は、鈴木から来た無作法なメール本文を確認してあからさまに眉を顰めて見せた。メールの本文は簡潔である。
連絡よろ。
という一文だけが載せられていたのである。メール以外に着信履歴も残っていたところを見ると、緊急で連絡することでもあったのかも知れない。あたしは別に連絡することなんて無いけれど、と藍原は考えながら仕方なしに、という様子でメールを返した。
何?
手短に打ち返したメールだったが、その返事は相当に早く、電話という手段でもたらされた。液晶画面に表示された鈴木哲也という文字を見つけて藍原は吐息に近い溜息をつくと、携帯の受信ボタンを押す。どうせろくでもない用事なのでしょうけど、と考えながら携帯電話を耳に当てると、直後に鈴木の声が藍原の脳内に響き渡った。
「藍原?俺。」
「何よ。」
「相変わらずツンツンしているなぁ。」
「あんただけよ。」
「おお、怖っ。」
おどけてそう告げる鈴木に向かって、一発殴ってやろうかしら、と藍原は考えながら、その言葉を無視して返答を返した。
「で、何の用?」
「おう。至急で部室まで来てくれ。」
「部室ってあんた・・。」
あきれ返った様子で藍原はそう言った。立英大学の敷地の中で最果てにある部室棟はここから歩けば十分程度は時間がかかる。当然自宅は逆方面であるし、夕闇が迫るこの時間にわざわざ鈴木の為に行く気分にもならない。藍原がそう考えたとき、軽い調子で鈴木はこう言った。
「嘘。お前のコンビニのすぐ傍にあるカフェにいるから、三分で来てよ。藍原じゃないと頼めないことがあるんだ。」
すぐ傍のカフェというと、思い当たる場所は一箇所しか思いかばない。それなら帰り道だし、少し寄り道する程度ならいいか、とようやく藍原は考えて、諦めたような口調で鈴木に向かってこう言った。
「あんたの奢りね。」
「え?」
藍原の言葉に対して、鈴木は抗議の声を口に出しかけたが、それを無視して藍原は携帯電話の通話を切断すると、少し急ぎ足で指定されたカフェへと向かったのである。歩いても一分もかからない距離にあるそのカフェは、この時間帯ということもあってか相当に空いていた。鈴木はどこにいるのだろう、と考えて店内を見渡した藍原はしかし、予想以上の大人数が自分を待ち構えていたことに気が付き、思わず瞳を数回瞬きしてみせた。その場所にいたのは、鈴木のバンドメンバーの全員と、見慣れない金髪の美少女二人であったのである。
「ああ、藍原さん、こっち。」
入口で戸惑う藍原を一番に発見したのは藤田であった。軽く右手を上げて藍原を手招いた藤田に誘われるように藍原は藤田の下へと歩いていく。その様子を見てにやけた顔をしたのは鈴木であった。笑い方がいやらしいのよ、と藍原はつい毒を吐きたくなったが、このメンバーの前でそんなことを言うわけにはいかないな、と考えて口元まで迫った毒舌を飲み込むと、全員に向かってこう言った。
「お待たせしました、皆さん。一体どうしたのですか?」
「何処から説明したらいいかな。」
藍原の言葉に藤田はそう答えると、同意を求めるように寺本に向かって目配せをした。鋭利な表情をした寺本はそこで一つ頷くと、藍原に向かって静かにこう言った。
「実は、この二人を二晩泊めて欲しい。」
寺本はそう言いながら、金髪の、双子のように見える美少女二人を指し示した。
「この二人を、ですか?」
困ったな。藍原は思わずそう考えた。一人暮らしをしているものだから、女性の一人や二人が増えても問題はない。だが、明らかに西洋人に見える二人とコミュニケーションを取れるのだろうか、と考えたのである。英会話は今まで一度も試したことがないし、と藍原が考えていると、寺本が落ち着いた様子で話を切り出した。
「無理なお願いだとは十分に分かっている。だけど、まずは俺たちの話を聞いて欲しい。まるでファンタジーのような話だけど、現実に起こっている出来事なんだ。」
寺本の口調から緊迫した様子を組み取った藍原は、寺本に勧められるままに席に腰を落としながら、一体何を話し出すつもりなのだろうか、と考えた。
小説版 South North Story 45
みのり「第四十五弾です!今日はゲストが来ているよ!」
玲奈「初めまして、藍原玲奈です。」
みのり「玲奈ちゃん可愛い~☆」
玲奈「そんな、みのり先輩ほどではないですよ。」
みのり「そんなことないよ!ね、満?」
満「・・藍原のほうが可愛いって言ったらお前怒るだろ?」
みのり「・・勿論☆」
玲奈「仲がいいですね、お二人とも。」
みのり「ありがとう♪玲奈ちゃんは大変だよね。藤田とか。」
玲奈「え?いい人だと思いますけど・・。」
みのり「え?あ、そう。」
満「さりげなく曲名入れるな。」
みのり「だって意外。」
満「あいつもそれなりに頑張ってるからな。」
玲奈「ちょっと空回り感はありますけど。」
みのり「玲奈ちゃん、藤田とじゃ苦労するよ?」
玲奈「え・・?い、いやですね、みのり先輩!まだそんな関係じゃないです!」
みのり「ふ~ん?藤田と花火見にいったんでしょ?」
玲奈「え、そ、そうですけど・・。」
みのり「今度飲みに行くの?」
玲奈「え、誘われたら、行っても良いかなって・・。」
みのり「なんだかんだ仲良いじゃない。」
玲奈「もうっ!やめてくださいみのり先輩!」
満「みのり、なんか小姑みたいだぞ。」
みのり「!?そ、そんなことないんだからっ!」
満「そうか?」
みのり「もうっ!満のばかっ!・・ということで、次回もお楽しみに♪」
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