この小説は、斜め上P様の「【神威がくぽオリジナル】月魄 -GEPPAKU-」を聴いて浮かんできたイメージを文字にした物です。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18485719
 





 花と修羅-心象描写「月魄geppaku」-

 「はっ!」
 気合いもろとも振り下ろされる太刀。
 逃げ惑う雑兵は、声もなく、背中から血しぶきを上げて、枯れ野の草むらに倒れた。
 その側で刀を構え、身動きできずに震えている雑兵がもう一人。先ほど切られた雑兵よりも若く、その顔には幼ささえ残っていた。
 返す太刀が、躊躇うことなく、若い雑兵の眉間を割る。
「がっ!」
 鈍い声が上がり、あっけなく雑兵は、その場に崩れ落ちた。
 太刀を振るう若武者の薄い唇が、微かに歪み、太刀についた血を振り払うように、右腕が大きく上がった。
 舞う血煙。乱れる総髪。太刀に映る月は、赤く狂ったような居待の月。
 若武者の背後にも、刀傷を受けた骸が二体。
 本来なら、優しげで甘く整っていると評される若武者の顔(かんばせ)は、今は底知れぬ狂気をたたえた鬼神へと変わっていた。
 その若武者の目に今映るのは、腰を抜かして震えている若い武将。
 おそらく雑兵達の主であろう。
 己も刀を持ちながら、反撃の構えさえ見せない。いや、若武者の気迫と狂気に気圧され、先ほどの雑兵と同じく、動けないでいた。
「たっ、助け、助けてくっ!……ぅ……」
 命乞いの言葉を吐くしかできないその男に、若武者は太刀を突き立てた。
 一瞬の静寂。
 若武者がゆっくりを太刀を引き抜くと、若い武将の体が倒れていく。
 その様子を見つめる瞳は、どこまでも冷たく、情という物の一片さえも感じられない。
「殿!」
 呼ぶ声と数名の枯れ草を踏む足音、具足のぶつかる音に、若武者は振り返った。
「大事ない」
 平然とした言いようでありながら、その声は強く、どこまでも冷たく、辺りに響いた。



 兜と鎧は、本陣に置いてきた。
 僅かばかりの具足を身につけ、太刀を持っただけの姿。
 戦の最中とはいえ、最早趨勢の決まった現状では、この姿でもどうという事もない。
 しかも今は夜。
 ましてや湖を囲む鬱蒼とした林を抜ける細い道をたどれば、すぐに本陣に着く。
 さらに言えば、その身は、湖の上に浮かぶ小舟の上にある。
 襲われる事はまず無い。
 長身をもてあますように小舟に横たえ、『殿』と呼ばれた若武者は月を見ていた。
 欠けていく更待ち月は、数日前の赤い月とは違い、どこまでも白く柔らかな月は、一年と幾月か前に触れた女性(ひと)を思わせた。
 腕の中で小さく震えていた人。震えながらも、しっかりと縋ってくれた姿の愛おしさ。細い肩も、長絡む黒髪も、匂い立つ香の薫りも、かの姫の全てを鮮明に覚えている。
 記憶を甦らそうとするように、男は目を閉じた。
 眉間に深い皺が刻まれる。
 すぐに目を開け、身を起こした。
 弾みで小舟が揺れ、水面が揺れ、更待月が揺れて崩れた。
 月の下にある、城を仰ぎ見る。いや、睨み付けるといった方が正しい眼差し。
 まもなくあの城は落ちる。
 男の整いすぎるほど整った唇に、うっすらと酷薄な笑みが浮かんだ。

 -半月前、とらえて首を落としたのは、かの姫の親が定めた、姫の許婚(いいなづけ)。
 一昨日、切り伏せたのは、かの姫の従兄弟だという。
 そして昨日は、あの城の若君、姫の弟を射(い)殺した。
 城から視線を外し、一瞬目を伏せると、男は一本の扇を懐から取り出した。
 注意深くそれを広げる。
 白地に描かれた女郎花が、月明かりの下、鮮やかに浮かぶ。
 男の手元に唯一残された、かの姫の型代。
 夜の静寂の中、具足の音を響かせ、男が立ち上がった。
「待っていてくだされ。姫……」
 広げた扇に顔を寄せる。姫の手より受け取った時には、甘く優しい香りがした。
 今となっては血の匂いしかしない。
 水面の揺れが収まり、若武者の姿がはっきりと映し出される。
 血の匂いの扇に顔を寄せ、うっとりと目を細める姿。
 間もなく逢えるであろう愛しい人を想い、唇からこぼれる、いかにも楽しげな笑み。
(あなたさえ手に入れられれば、それでいい。何もいらない)
 

 かの女性を得るために、かの女性の全てを奪う。
 人になんと言われようとも、かの姫自身に恨まれようともかまわない。
 -人としての心も、この命も、なにもいらない-
「姫……私を殺せ」
 -修羅となりはてたこの身、あなたを手に入れた瞬間に、殺されても悔いはない。……あなたになら-

 静寂と月光が支配する夜。
 湖を渡る風が湖面を揺らす。
 更待の月がゆれ、若武者の姿がゆれる。
 女郎花の扇を優しく持つ手が、明日はまた血に染まるだろう。
 誰よりも男自身がその事を、己の運命(さだめ)を知っていた……。
 
 
 
 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

花と修羅-心象描写「月魄geppaku」-

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を聴いて、浮かんだイメージを文字にした物です。
はっきり言って、かなり話しを盛っています。

11/5修正加筆

閲覧数:183

投稿日:2012/11/05 20:18:04

文字数:2,033文字

カテゴリ:小説

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