第二章 ミルドガルド1805 パート11

 やっぱり、あたしがいた時代とは随分と様子が違うな。
 無言のままで歩みを続けるリンの背中を追いながら、リーンはその様なことを考えた。リーンが生まれ、そして高校卒業まで住んでいた自宅は影も形もないし、大通りを走る路面列車の姿ももちろん見えない。建物は平屋ばかりだったし、アーケード街の姿もない。でも、とリーンは考えた。港町特有の活気と、潮の香りは何も変わらないな、と。
 「どこまで行くの?」
 暫く歩いた所で、リーンはリンに向かってそう言った。その言葉に一度歩みを止めたリンは、リーンに向かってこう答える。
 「運河の先までよ。」
 「何かあるの?」
 リーンが興味津々という様子でそう訊ねると、リンは苦笑するような表情を見せてからこう言った。
 「海があればどこでもいいのだけど、あたしはあの場所が好きだから。」
 「もしかして、小瓶?」
 リーンがそう訊ねると、リンは少し驚いた様子でこう答えた。
 「知っているの?」
 「勿論。あたしもルータオの生まれだし。尤も、二百年くらい未来の話だけど。」
 願いを書いた紙を小瓶に入れて、海に流せばその願いが適う。その伝承がいつから始まったのかは分からない。或いはかつて世を捨てた女性達がこの地に集ったころ、儚い現世に対する想いをせめて慰めようとしてその様な伝承が生まれたのかも知れなかった。
 「二百年後も、小瓶を流す風習があるのね。」
 「最近はイベント傾向が強いけれどね。」
 リーンがそう答えると、リンはほんの少しだけ口元を緩めた。そして再び歩き出す。遅れまいとリーンが早足で歩き、リンと肩を並べたところで再びリンが口を開いた。
 「二百年後って、どんな世界なの?」
 その問いに対して、リーンは笑顔でこう答えた。
 「とても便利な世界よ。運河までの道も路面列車が走っているし。」
 「ロメンレッシャ?」
 「ん・・と、機械仕掛けの馬車と言えばいいかしら?」
 リーンは極力分かりやすく伝えたつもりではあったが、それでもリンにとっては難しい言葉であったようだった。
 「機械って何?」
 そういえばまだ蒸気機関も実用化されていない時代だったか、とリーンは思い直し、そしてこう言った。
 「水車仕掛けの粉引き機ってあるでしょう?あんな感じで、人とか動物とかの力を借りずに、電気の力で動くもののことよ。」
 少し説明に語弊があるような気はしたが、普段から慣れ親しんでいるせいで還って基本を説明することが難しくなっている。これ以上質問を受けたら厳しいな、とリーンは考えて額に冷や汗をかくような気分を味わったが、とりあえずはリンも納得した様子で、こう答えた。
 「なんだかよく分からないけれど、その機械って凄いものなの?」
 「凄いわ。運河までなら二分程度で連れて行ってくれるもの。」
 その言葉に、リンは流石に驚いた様子で瞬きをした。徒歩では早足でも十五分以上はかかる距離にあるからだ。
 「とても早い馬車なのね。」
 馬車じゃないんだけどな、とリーンは考えたが、それ以上何かを言うと自分自身が混乱してしまう。そう考えて、リーンは曖昧に頷いた。気づけばもう運河沿いを歩いている。運河を航行する船の汽笛と、今も昔も変わらぬカモメの鳴き声を耳にしながら、リーンは少し話題を変えたほうがいいかも知れないと考えて、リンに向かってこう言った。
 「ねぇ、どうしてあたし達、こんなに似ているのかな?」
 その問いかけに、リンも首を傾げながらこう言った。
 「不思議な話よね。」
 「もしかしたらさ、あたし、リンの子孫なのかも。」
 軽いステップを踏みながら、リーンはリンに向かってそう言った。
 「あたしの子孫?」
 不思議そうな表情で、リンはそう言った。そのリンに向かって、リーンはこの一週間で思いついた推測をリンに向かって述べ始めた。
 「そうよ。ここまで似ているのだから、もしかしたらあたしにはリンの血が流れているのかも知れないって思ったの。」
 その言葉に対して、リンは少し寂しそうな笑顔を見せた。どうしてそんな顔をするのだろう、と考えたリーンに向かって、リンは海風にかき消されそうな程度に弱々しい声でこう言った。
 「残念だけど、あたしは一生結婚するつもりはないわ。」
 弱い声ではあったが、その言葉には決して決意を曲げないと言う強い意思が込められていた。
 「どうして?」
 反射的にそう訊ねたリーンに対して、リンが寂しげにこう言った。
 「あたしだけが幸せになったら、レンに申し訳がないから。」
 いつしか運河も越え、二人は砂浜へと辿り着いていた。現代では埋め立てられて消滅している砂浜である。こんなに近いところに砂浜があったんだと考えたリーンを他所に、リンは慣れた手つきで懐から小瓶を取り出すと、その中に一切れの紙を封入した。そして膝を曲げて腰を落とすと、波の上に静かに小瓶を乗せる。その小瓶は波に流されて、見る見るうちに遥か彼方の海原へと消えていった。
 「レンって、あの男の子ね。あたし達にそっくりな。」
 やがて小瓶が波の合間に隠れてしまった後に、リーンはそう言った。その言葉にリンは驚いた様子でこう応える。
 「レンを知っているの?」
 「夢の中で。」
 リーンはそう前置きをした上で、かつて現代に住んでいたころに見た夢をすべて、リーンに話した。レンと一緒にハルジオンを摘みに行ったこと。二人で『海風』を歌ったこと。レンがフルーツゼリーを給仕してくれたこと。カイト王に憧れの感情を抱いていたこと。そして、全てが失われたこと。
 「あたしの記憶・・。」
 リーンが言葉を区切った時点で、リンは呆然とした表情でそう言った。そのリンの視線に合わせるようにリーンは膝を曲げてリンの瞳を真っ直ぐに見つめてから、リンに向かってこう言った。
 「あたしがこの時代に来たのは必然だと思うの。」
 「あたし達が出会うことで、何かが起こるの?」
 リンも興味が出てきたらしい。膝を曲げたまま、身を乗り出すようにしてそう言った。
 「何が起こるかは、まだ分からないけれど。」
 リーンはそう言いながら、自身がこの時代に移動させられた瞬間の出来事を思い起こしていた。『リーン、君の力が必要なんだ。』あたしは確かにそう声を掛けられた。その声は多分、彼の・・二人にとって最も近しい人間の声であったはずだ。
 「あたし、レンに呼ばれた気がするの。」
 「レンに?」
 そのリンの言葉に、リーンは僅かに頷いてからこう言った。
 「あたし、あの時こう言われたの。『リーン、君の力が必要なんだ。』って」
 その言葉の意味を咀嚼するように、リンは暫くの間沈黙を保っていた。その姿を眺めながら、リーンは小さな声で訊ねる。
 「リン、いつも何をお願いしているの?」
 「・・レンに逢いたい、って。」
 「そう。」
 「馬鹿だよね。もう逢えないって分かっているのに、でも、でも。」
 そういいながら、リンは視線を砂浜に落とした。僅かに声を震わせているのは感極まったからだろうか。僅かに震えるリンの肩を見つめながら、リーンは考えた。あたしがこの時代に来た理由は何?あの時、レンは何をあたしに求めたの?そもそもあなたはどこにいるの?あなたはまだこの世界のどこかにいるの?
 「探しに行こう。」
 気づけば、リーンはそう口に出していた。
 「探しに?」
 少しだけ潤んだ瞳を持ち上げて、リンはそう言った。
 「そうよ!」
 リンに向かって力強くリーンはそう言って、勢いよく立ち上がった。そして、言葉を続ける。決意を込めた、強い口調で。
 「レンを探しに行くの!」
 その言葉に、リンは瞳を瞬きさせて、そして諦めた様にこう言った。
 「無理よ。レンは死んだの。あたしの身代わりになって、あたしの目の前で・・。」
 最後の言葉はほとんど音声になっていなかった。ただ、リンがすすり泣く音にまぎれてかき消されていく。それでも、リーンは諦めなかった。リーンは確信めいたものを感じていたのである。自身の使命といっても差し支えのない確信であった。
 「そんなの、分からないじゃない!」
 「だって・・。」
 「だってじゃないわ!それなら、あたし達はどうなの?本来出会うはずのないあたし達が出会えたんだよ。きっと何かを変えられる。いいえ、変えてみせる!運命だとか、人の人生とか、そんな摂理すら越えてあたし達、出会えたんだよ!だから。」
 そこでリーンは言葉を区切ると、ひとつ深呼吸をして、そしてこう宣言した。
 「きっと会える!レンに、もう一度会える筈よ!」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story  29

みのり「えっと、第二十九弾ですっ!」
満「先に言っておくと、誤字脱字チェックしないで即効で投稿した。ご了承くださいませ。」
みのり「それから、明日仕事だからコメント返信できませんだって。。もう寝るみたい。」
満「コメント下さった方、必ず返信しますので暫くお待ちくださいませ。」
みのり「ということで、今回とっても重要なシーンをすごい勢いで書き上げました☆ではまた来週お願いします!」

閲覧数:400

投稿日:2010/08/23 00:09:09

文字数:3,549文字

カテゴリ:小説

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    レイジさん、こんばんは。更新お疲れ様です。
    実は昨日コメントしようとしたのですが、次の日が学校だったので少し予定外になってしまいました。というわけで、まとめて読んでコメントです。
    あー続きが気になります。でも、こんなに更新できるのがすごいです。
    私は、明後日の体育祭や二週間後のテストでなかなか自分のサイトの小説が更新できないです。
    だから、そんなレイジさんがすごいなぁと思います。
    では、次の更新も楽しみにしています。
    仕事で、体調崩さないように気をつけてくださいね。
    それでは長文失礼しました。

    2010/08/23 19:58:51

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとうございます!

      そういや北海道って本州よりも二週間くらい夏休み短いんですよね・・。
      学業、頑張ってください!
      秋はイベントが多いですし、体調には気をつけてくださいね。

      俺の場合、小説を書くことがストレス発散というか娯楽と言うか・・まあ、そんな感じなので少ない休暇に投稿している感じです。
      (・・それにリア充じゃないですし。。。。)

      と、とにかく、幸いにも身体は丈夫なので無理しない程度に頑張ります!
      それでは今週もよろしくお願いします♪

      2010/08/29 11:52:15

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