miss-you
第六話 天秤に乗せた物の重さ
ケイは終始窓辺に映る風景に目を輝かせ、大はしゃぎだった。まるで子供みたいだと思った。このやろう、俺は悩んでいるのに、気楽なもんだ。
そうこうしてるうちに、懐かしい風景が流れはじめる。
「わー、何かせいちゃんの家の近くにフインキが似てる~♪」
「雰囲気(ふんいき。間違えたまま覚えて恥をかきやすい日本語の一つ。)だろ。」
「そうともゆう♪」
確かに、今俺が住んでいる辺りはこの町と雰囲気が似てるかもしれない。
「ねえ、この町の人って忙しいのかな?」
「そうでもないと思うが…何だよ、いきなり。」
「だって、車や歩いている人、この町に入ってから一回も見てないよ?」
「ぐーぜんだろ、ぐーぜん。」
そう笑い飛ばしたが、俺だって違和感を感じなかった訳ではない。夜の深い時間なら珍しくはないかもしれないが、今はまだ太陽が地面を照りつけている時間だ。それなのに車の一台も通らないのは変だ。
やがて、記憶の中に強く焼き付いている風景が辺りを取り巻く。
そして。
「ついたぞ。」
「ここがせいちゃんち?」
「ああ。」
車から降りて背伸びをしていたケイを促し、玄関の前に立つ。目を閉じて数瞬迷ったあと、目を開ける。
「ただいま。」
呼び鈴を鳴らしながら大きな声でそう言う。だが、何の反応もない。
「おーい、誰かいないのか?」
何度も呼び鈴を鳴らした。
「くそっ!…あ?」
苛々しながら扉に手をかけると、がらがら音を立てながら扉は開いた。ったく、不用心だな。
土間に顔を突っ込んでみると、靴が一足もない事に気付いた。
「おい、とりあえずあがろう。」
「…。」
虚空を見つめる様に惚けるケイ。
「何だ?どうかしたのか?」
「…。」
「お、おい!」
ケイは俺の声が聞こえないのか、靴のまま家に上がり、柱の前や壁、窓ガラス…色々な物をまるで愛でるかの様な手付きでなでた。何かぶつぶつ言ってる様だが、全然聞き取れない。
「おい、おいってば!」
正面に回り込み、肩をつかんで揺さぶってみる。
「…テレビ…。」
「テレビ?つけろって事か?ちょっと待ってろ!」
ケイを居間まで引っ張って行き、テレビをつける。
すると!
ぴかっ!
フラッシュをたいた様な閃光が辺りを支配した。
「ぅ、おわーっ?!」
あまりの眩しさに、目を閉じて手で光を遮ろうともがく。
どのくらいの時間が経ったのだろう?一瞬か?一分か?もっと長いのか?それすら解らなくなるくらい、強烈だったのだ。
次に目を開けると、放心状態のケイと微笑えんだ始音の二人がたたずんでいた。
「始音!何でここにいるんだよ?約束の時間は明日じゃないのか?」
「はい。ですが、あなたの起こした行動がそれを早める事になりました。」
「どう言う事だ?」
「その質問には私が答えます。」
「ケイ?」
いつの間にか放心状態から回復していたケイがそう言う。…何か様子が違うな?
「私はケイじゃありません。」
「…ぇ。記憶が戻ったのか?」
「はい。私が誰で、どこに住んでいて、何をしていたのか、なぜあの場所であなたに出会ったのか。…あなたと私の関係も、全て。全て思い出しました。」
「…と言う事です。さて、」
「あなたの答えを聞かせて下さい。」
「その結果、」
「あなたはどちらかを失う事でしょう。」
「ケイとあなたが一緒に過ごす時間か。」
「私の歩むべき人生か。」
「ケイの真実か。」
「私の真実か。」
『答えて下さい。』
『そして、選んで下さい。』
『さあ、あなたの答えを!』
「俺は、俺は…」
「じゃあ、行きますね。」
「ああ、気をつけてな。」
あの後、俺は自分の答えを口にした。ケイを実家に連れて行く間、ずっと考えて出した答えだ。
将棋が異様に強かった事。自分の置かれた環境への適応の早さ。ケイの温もり。俺の気持ち。
それらは、天秤にかける事もなく、最初から一つの答えだけを示していたのだ。
ケイの本当の人生を選べ、と。
そう。考えるまでもない事だった。元々、違う人生を歩んでいたのだ。たまたまお互いの人生が重なっただけなのだ。だから、ケイが記憶を取り戻したのなら…。
俺がケイと呼んだ女性は、桂始音と名乗った。俺の前に度々現れたあの始音と同一人物だったらしい。どう言う理屈かはよく解らないが、俺の答えを言った瞬間、二人の始音は微笑えみながら、柔らかい光に包まれ。光が消えた時には一人になっていたのだ。
そして。
始音は自分の事を語り出した。
名前は桂始音。
脳医学の権威であり、自分自身の体で実験をする為に日本に戻って来た。
幼い頃に俺の近所に住んでいて、俺を知っていた。
ほかにもたくさん、俺に話してくれた。
そして今。
俺は始音を見送る為に空港にいる。
「…時間だろ、行けよ…。」
「はい。」
これでいいんだ。
始音は振り返らずにタラップを上って行く。
そう、これでいいんだよ。
やがて始音は飛行機の奥に消えた。
いいんだ…これで。
なのに、何で俺…泣いているんだろう?
飛行機は静かに飛び立つ。数分もしないうちに雲の上に行くんだろう。
でも俺、見上げられないよ…。視界が歪んでいるから…。
さよなら、始音。お元気で。
どうやって家に帰って来たのか、全然覚えていない。それどころじゃなかったから。部屋に置いてある物全てから、始音の香りがする様な気がして。たった一枚だけ撮る事が出来た、始音の写真。去る前に始音がくれた写真立てに飾られている。夕日が沈んでいく時の陰が、写真の上を通りすぎていくのを眺め…どれほどの時間を過ごしたのかを知る。
二ヶ月の休みは長く、そして短かった。
それから、俺は全てを忘れるかの様に、働き続けた。体が覚えている習慣を、ひたすら繰り返し。気付いた時には40歳に手が届く頃だった。その間に社長が引退して俺が社長になったり、新しい社員が入ったり、色々な事があった。
今日は部下と食事を共にする事になっていた。食堂のテレビはついたままだった。ご飯を買い、席に座ろうと思ったが、先にトイレに行く事にした。
「ふー。」
その間もテレビは映っていた。
そして、俺は知る事になった。
この世界のに隠された、最大の謎を。
[次回予告]
あら、みなさん、また来ていたのね。ほんと、星くんは幸せ者ね。次回「集結」「真実」「そして…」の豪華三本をお送りします。
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