「・・・おかしい、わん」
朝の身支度を整え、パンをモグモグ食べながらレンは思った。
いつもならとっくに家に来てるはずなのに、リンはまだレンの家に来ない。
「このままじゃ、遅刻だわん」
携帯電話にメールの着信音がなった。

【ごめん、風邪ひいちゃって具合が悪い。学校休むから、一人で行ってくれ】

「一大事だわん!」
レンはっ脱兎のごとく家を出た。しかし、その足は学校ではなく・・・リンの家に向かっていた。

『青い草』 

第4話 【オレンジ色の時間】

夏休み直後のこの時期、メイコは少し感慨深くなっていた。
生徒会長としての仕事は夏休みの後、文化祭で最後となる。忙しくて苛々する事もあったが、任期も無事に全うし、この仕事も終わりに近づいてるからだ。

先生からも生徒からも信頼も厚く、メイコは充実した生徒会活動をすることができたのだが、思い入れもあった分、今後の新しい生徒会に不安な気持ちもあり、余計なお世話かもしれないが「何か一計を・・・」と、考えあぐねていた。
「カリスマ的な・・・生徒会長が、必要ね。そして・・・」
馬車馬のように働く部下もいるなと、思っていた。
「メイコ先輩、あの…、1階の掃除道具ロッカーから異臭が・・・」
下級生がメイコのクラスに伝えにきた。
「・・・それを先生じゃなく、私に伝えたって事は―――」
メイコはすくっと立ち上がりつかつかと1階の掃除ロッカーに向かった。こういう場合、決まって原因は『あいつ』のせいなのだ。

ロッカーの周りは生ごみ系の異臭に満ちており、生徒たちはザワザワと周りを囲みその匂いに顔を背けていた。その中を聖モーゼが海を割るように生徒たちをすっぱり左右に割ってメイコがズンズンと歩いて来た。
メイコは顔に血管を浮かばせながらも笑顔で閉じた掃除ロッカーに向かって言った。
「か~い~と・・・くん。でしょ?」
「・・・」
「わかってんのよ、また、あんたでしょ!」
「・・・むむっ。すまん!」
バンッ!とロッカーを勢いよく開けると、カイトがバツの悪そうな顔で、持ち込んだ椅子に座り込んでいた。ロッカーにあった掃除道具はすっかり姿を消し、机や椅子をどこからか調達して小さな実験室のように改装していた。顕微鏡やビーカーまで並んでる始末だ。
カイトはスリコギ棒とハチで何かをゴリゴリと擦っていた。異臭の正体は間違いなくこれであった。
「ちょっ! なにコレ!? クッサ~~いっ!!」
「通りすがりで拾ってきた普通の生ごみだが?」
カイトはおどけて見せた。
「な、なにをしてんのよ! バカじゃないの!!」

「うむ、よく聞いてくれた。これは未知の粒子タキオンを注出するための大事な下ごしらえ―――」
言葉を全て言う前にメイコはロッカーを閉めた。
「・・・みんな、教室に戻んなさい。あとは私が始末するから・・・」
生徒たちはメイコの目が一瞬キラーンと光ったような気がして、恐ろしくなり、そそくさと各自の教室に戻った。
「さて・・・カイト、わかってるわね?!」
「す、すみません・・・」
ロッカーから震えた声でカイトは返事をする。

頭に大きなコブをこしらえたカイトは、しぶしぶと、ロッカーを元の掃除置き場に戻していた。
「すまん、生徒会長。実験室がもう使えなくてね」
「だからって、学校で生ごみゴリゴリは無いでしょ?」
「申し訳ない・・・」
カイトの気持ちはメイコには分かっていた。

奇人変人と言われても気にせず独自の理論で科学部の研究を一生懸命していたカイト。
あまりの変人ぶりに部員たちもついていけなくなって、科学部を辞めていった者たちもいる。
クラブ⇒同好会⇒解散 という事になり、最後には理科室も使えなくなってしまったのだ。
カイトの研究は正直、今回のように周りに迷惑かけたり、時に無謀な実験だったりするのだが、いつも当人は大真面目であり、メイコはそんな彼の姿勢や情熱が嫌いでは無かった、むしろ―――心の中で応援していた。
(こいつの事も、何か考えなくちゃね)
メイコは自分の悩みの種が増えてしまった事に頭を痛くした。
「メイコ」
「ん?」
珍しく名前で呼ばれた。
「ごめんな」
無表情なカイトが苦笑いした。
「ばーか・・・」
メイコは口を尖らし、脹れっ面で言った。
もう、とっくに許してるのだがメイコはワザと許さないでこの困った顔をしたカイトを、もう少し眺めてやることにした。


「・・・うーん、熱、下がらないよ・・・」

ベットでうなされながらリンは部屋のベットで寝ていた。
家族は出かけて誰もいなく、ひとりぽっちのリン。
枕もとのスポーツドリンクをコクコク飲むと、汗ばんだ寝巻きが急に心地の悪いものになった。
「着替えるか」
母親が手の届くところに着替えを置いてくれていたおかげで、リンはベットから出ないで着替えることができそうだった。
「んん・・・と」
ボタンを上からプチプチと外し、上着を肩から滑らして脱いだ。すると部屋のドアの外からドドドッ!と音がして聞き覚えのある声が響いた。
「リン君! 大丈夫だわんか?!」
部屋のドアをノックもなしに、勢いよくレンが突入してきた。
何事があったのかわからすキョトンとするリン。
「リン君! だいじょうぶわ・・・ん?」
「んあ?」
レンの視線の先には、上半身裸だが―――胸にはブラジャーをつけている姿のリンがいた。
「のわっ!!」
リンは慌てて布団で胸を隠した。が、時既に遅し。レンの目にはリンの白いブラジャー姿がインプットされてしまった。
「いやっ! こっ、これは!!」
「・・・・・・わお?」
リンは顔を真っ赤にしながら、どんな弁解をしたらよいか悩んだ。
「リン君・・・それ―――」
レンはリンの胸元を指差していた。
「うっ! こ、これは、その・・・あの・・・」
リンは一回咳払いをして心を落ち着けた。そして―――

「これは―――メンズ・ブラだ!」
「メンズ―――ブラ!」
「そ、そうだ。今、密かにニューヨークで流行ってるお洒落アイテムなんだぞ!」
リンはこんな言い訳しか思いつかない自分を恥じた。いくらなんでも無茶ないい訳だった。だが・・・思わぬ反応が返ってきた。
「かっ、かっこ・・・いい・・・わんっ!!」
キラキラと目を輝かせたレン。
「すごくかっこよいわん!! おしゃれだわん!!! さすがだわん!!!」
「そ、そうか、まあな、あははは・・・」
どうやら、誤魔化しきれたようである。おバカなヤツでホント助かったと安心したのもつかの間。
「もっと見せてわん」
「なぬ!?」
「もっと近くで、みせてわん!」
「え゛えぇぇぇぇ~~~~!」
もはや声にならない。
「みせて! みせて! わんわんわんっ! わおっ!!!」
「あ~~わかった! わかったから、いいから大人しくしろ!!」
「く~ん、く~ん・・・」
騒がれても面倒だ。仕方ないので―――リンは覚悟を決めた。
「ほ、ほら・・・」
顔を赤くしながらリンは胸元を隠していた布団をゆっくり下ろした。
胸元をじーっとガン見するレン。リンは視線で胸がこそばかゆくなってきた。顔が更に赤くなる。
「コレ、何のためにするわん?」
「ま、まあ、お洒落が90%だな・・・。あとちょっと胸が・・・膨らむというか・・・」
「そんなに、膨らんでないわん!」
ゴスッ! と反射的にレンの頭の頂に拳をめり込ませた。
しばらく、レンはうずくまっていた。
「う゛う゛う゛、う~、痛いわん・・・」
「いや、すまん、ついつい・・・こほん」
「貸してわん」
「なぬ?!」
「そのメンズ・ブラ、僕にも貸してわん!」
「らめ゛えぇぇぇぇ~~~~っ!!!」
またもや声にならない叫びをするリン。
「貸してくれなきゃ、僕もメンズ・ブラ、西友かイオンで買ってくるわん!」
売ってる訳がない。しかし西友で店員に駄々をこねてるレンの姿が容易に想像できた。
「あ~わかったあ~! 貸してやるから・・・だから・・・この事は誰にも言うなよ。こ、これは何気に秘密なところがお洒落なんであって・・・」
「わお! わかったわん。内緒だわん!」
「あはは・・・」
リンは安心したのか、ボフッとベットに倒れた。
「あれ、リン・・・君」
リンは顔を赤くして目を瞑った。
「ごめんだわん!看病に来たのに!」
レンは目に涙を浮かべながら叫んだ。その声に、リンはうっすらと意識を取り戻し、レンの頭に手を伸ばしてなぜた。
「ばか・・・がっこ・・・ちゃんと行けよな。あと―――」
「わお? あと?」
「部屋に入るときは、ノックしろ!」
「わかったわん」
「うん。いい子・・・だ」
正直、90%は迷惑だが、10%くらいは、レンが来てくれて嬉しかった。うつろな意識の中でレンはリンの手を握っていた。冷たいタオルを頭に載せてくれ、心地よかった。まばらな意識の中、不安そうに顔を見ているレンの姿を見ながら、リンは眠っていた。そして、夢を見た。

草が波のように揺れる草原で、小さな少年と白いワンピースの少女が向かい合っていた。
「レンくん、さよならなの」
「な、なんでわん!?」
「遠くの街に引っ越すの・・・」
「そんな・・・うわぁ~~~ん」
小さなレンは飴玉のような涙をボロボロと溢し泣いた。
少女も泣きそうだった、だけど堪えた。
「レンくん、私の犬になってくれてありがとう」
「うわぁ~~ん! ぼく、君の犬だ・・・わんわぁ~~ん!!」
少女はレンの手をそっと握った。
「わたし、だから、わたし・・・こんどレンくんにあう時は―――
男の子になって、レンくんとキャッチボールするの。だから泣かないで、待っていて・・・」
「うわぁぁ~~~ん! まつわぁ~~~んっ!」
いつか聞いた、レンの小さな願い。
『男の子の友達とキャッチボールをしたいわん』
白いワンピースの少女『リン』は男の子になる事を決意した。
またいつか、きっと、この場所に戻ってくる。
そうしたら、大好きなレンとキャッチーボールをするのだ。
きっと、かならず―――あのときの、草原の青くて、苦い香りが胸にまだ残っている。リンは幼いときの夢を見ながらポロリと一粒涙を溢した。
目を覚ますと、既にレンの姿はなく、置手紙があった。
その手紙を読むなり苦笑いをするリン。
『早く元気になるわん。こんどメンズ・ブラ貸してわん』

レンの事が大好きな少女は、男の子になってレンを喜ばしたかった。
幼い頃の一途な、気持ちがそうさせた―――そうなのだが。

友達として、大好きなのか、恋愛として、大好きなのか?
その意味合いは、幼い頃、少女の頃と同じようで今は、違うような気がする。
触れていたい、抱きしめたい、一緒にいたい・・・
二人はいつも一緒で、リンの理想に叶ったように思えていた。
だが、実際は一番、対極の場所に自分がいるのではないかと思うのである。

友情のような恋なのか。
恋のような友情なのか。

窓を見ると外は薄いオレンジ色に染まっていた。

今は一体、いつ時なのか? 夕焼けなのか、朝焼けなのか。
それはオレンジ色の時間。
まるで、今の私のようだと、思うリンだった。

【つづく】

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

青い草 第4話

衝撃の展開!……かな?

青春逆走ストーリー。

閲覧数:168

投稿日:2018/05/21 19:02:21

文字数:4,559文字

カテゴリ:小説

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