「何よ、あんな女!」
舞踏会から戻ってからの、リンの荒れようといったらなかった。
並ぶものなき大国の頂点に君臨する彼女にとって、他人から軽んじられるなど、屈辱以外の何者でもない。気まぐれに話し相手に選んだ青年から、すっかり存在を忘れられたことに、彼女の自尊心は傷ついていた。
その前にレンが彼女に見蕩れたことも拙かったのだろう。手当たり次第に物を投げつけ、散々に罵倒しても、まだ怒りは収まらない。
「何が翠の宝玉、何が深窓の薔薇よ!ただのひ弱な温室育ちってだけじゃないの!あんな女、病気でも何でも、さっさと死んでしまえば良いのよ!」
「リン」
過ぎる言葉に、黙って聞いていたレンが声をかけた。
自国の王宮ならともかく、ここは他国で、しかも件の姫君が王妃として嫁いだ国だ。さすがに周囲にはばかるものがある。
けれど、自分の言葉に賛同しないレンに、リンはますます苛立った。
「何よ、レン!あの娘を庇うの!?そんなにボカリアのお姫様は綺麗だった!?」
「リン。彼はボカリア公国の公子だ。あのお姫様の兄だよ。あの二人は兄妹だ」
「それが何よ!私を無視する理由になるの!?」
「少なくとも、あの娘がリンより魅力的だったわけじゃないよ。彼は結婚していく妹のことが気になってた。それだけだ」
言葉を重ねて宥めるレンに、少しだけリンは落ち着いた。
辺りに叩きつけていたクッションを抱きかかえて、ふてくされた様に顔を伏せる。
「別に、あんな人どうでも良いわ。私を無視したのが面白くなかっただけよ」
完全に拗ねたようなリンに、レンは瞳を和ませた。
「次に会うことがあれば、きっと彼はちゃんと君を見るよ」
「そうかしら」
「そうだよ。君を無視出来る奴なんていない、絶対に」
王妃のためにと用意された彼女の部屋は、南向きの日の差し込む明るい部屋だった。
内装はどれも女性の部屋らしく優美で、大きな窓からは風が通り、部屋に飾られた明るい色の花はまだ摘んだばかりのように瑞々しい。
訪れた部屋を見回して、隣国から嫁いだ王妃がそれなりの扱いをされていることに、カイザレは内心で頷いた。
別段、それで気持ちが満足するわけではなかったが、彼女のために最低限その程度の礼は尽くされて然るべきだろう。
「お見舞いに来たんだけれど、ずいぶん元気そうな病人だね」
「お兄様!」
出迎えたミクは、比較的簡素な部屋着のままだった。一応、形ばかりは病人らしくしているらしい。
よほど退屈していたのか、先日の不機嫌とは打って変わった笑顔に、彼はつられて微笑んだ。
可愛い妹が憂鬱に沈んでいるよりも、明るい笑顔でいてくれたほうが良いに決まっている。
「国王は見舞いに来る?」
「いいえ、一度も。国務がお忙しいのですって」
「それは熱心なことだ」
肩をすくめる兄に、上機嫌にミクが笑った。
「来ないほうが正解よ。この国に着いてからずっと仮病を使ってるんだもの。退屈過ぎて、鬱憤が溜まってるの。顔を見たら、挨拶の前に殴っちゃいそう」
おどけたように言いながら、手近にあった果物を盛り付けた器から小ぶりな林檎をひとつ取り上げて齧りつく。
「ミク!」
途端に鋭く叱られて、彼女は子供のように舌を出した。
「こうやって食べるほうが美味しいのよ」
悪びれる様子もなく、持ったままの林檎を差し出す。
「食べる?」
「わけないだろう。お前は市井に降りるとろくなことを覚えてこないな」
「・・・どうして街に降りてるってばれたの」
「昔その手で散々勉強をさぼっただろう。今のをローラが見たら、この先、替え玉は引き受けてくれないぞ」
「ずるいわ、ローラに言いつけるつもり?お兄様も食べてしまえば共犯だったのに」
不満そうに唇を尖らせる少女にカイザレは目を細め、その細い腕を掴んで引き寄せた。
白い手のひらに乗せられた果実に歯を立てる。
大きく見開かれた碧の瞳と蒼い瞳とが交錯し、欠けた林檎が床に転がり落ちた。
「お兄、様・・・?」
ミクが問い掛けるように手を伸ばすのと、カイザレが視線を逸らして身を引いたのが同時だった。
「約束は守ってるね」
感情を伺わせない声が尋ねる。
「・・・もちろんよ。お兄様のお願いなら、いつだって何だって守ってるわ」
空を切った己の手を見つめ、その目を上げると、ミクはつとめて明るく言葉を続けた。
「でも、私ばっかりじゃ不公平よ。代わりに私のお願いも聞いてくれなくちゃ」
「代わりでなくとも、もちろん聞くさ。どんな?」
いつも通りの甘やかす声音に促されて、安堵したように微笑む。
「明日、お兄様が国に帰ってしまう前に、一緒に私のお友達に会いに行きましょう?」
「この国に来たばかりで、もう友達が出来たのかい?」
「そうよ。とっても素敵な人なの。お兄様もきっと気に入るわ。本当は昨日の舞踏会に呼びたかったんだけど、事情があって来れなくなってしまったの。だから、ね?」
「わかった。時間を空けておくよ」
悪戯っぽく笑う妹のおねだりに、彼は頷いた。
ほんの少し帰国が遅れたって大したことはない。せいぜい、ちょっと神経の細い側近が青くなるだけだ。
「お前にお行儀の悪い真似を教えてくれたそのお友達とやらが、若くて良い男でないことを祈るよ」
「ご心配なく。私の好みというよりはお兄様の好みよ」
「何だいそれは」
聞き返すのに、ミクが意味ありげな視線を向けた。
「とってもグラマラスで快活な美人だってことよ。あの王女様や私より、ずっとお兄様のお好みでしょ」
「ミク、何か誤解がある気がするんだけど」
「誤解だって言うのなら、日ごろの行いを自重するのね、お兄様。言っておくけど、私のお友達に手を出したら絶交よ」
「・・・だったら紹介しなければいいじゃないか」
「何か言った?」
「何も」
カイザレが大げさに両手を挙げて降参の意を示す。
「じゃあ、明日。必ず時間を空けておいてね。約束よ、お兄様」
弾んだ声を上げる少女に曖昧な笑みを浮かべ、彼は床に転がった朱い果実から逃げるように目を背けた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第4話】
第5話に続きます。
http://piapro.jp/content/1br3onyy42bhxpxm
ちょっとだけラブも入れてみようとしたけど、精一杯甘くしようとしても微糖にしかならないのは何故だ・・・!orz
もっと何か色々あっていいはずなのに、兄さんのへたれ・・・。いや、へたれなのは私ですが・・・。
カイミクがメインなので、どうしてもレンリンサイドが短くなってしまいます。前後に分けるほどでもないので、まとめて一話でうpしました。
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もっと見る活気付く大通りで、レンはひとり重い溜息をついた。
気に掛かるのは勿論リンのことだ。
あれから一晩の時間をおいて一先ず怒りは収まったものの、朝からずっと沈んだ様子で部屋に篭もったままなのだ。
朝も昼も、今ひとつ食の進まなかったリンのために、レンはあてもなく市場を歩いている。
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幾つもの篝火が照らす夜の庭園には、着飾った紳士淑女が歓談している。
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「何か取ってきます。ワインが良いですか?紅茶?それとも果物?」
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自室の扉を閉ざすなり、彼はその場にしゃがみ込んだ。
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王宮内は騒然としていた。
謁見の間に集められた家臣らが、口々に交わす噂や考えが入り混じって、広間をざわざわと人の声が満たしている。
それを一段高い玉座から見下ろして、年若き国王は溜息をついた。
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街の中心を貫く大通りを馬が駆ける。
衛兵達が道の左右に人々を押し込めて、人々はその向こうで常にない事態にざわめいている。
今は丁度、夕刻前の市の経つ時間、最も街が活気付く時間だ。
通常ならばこの時間帯に通りを無理に空けさせるのは極力避けるところだが、今ばかりは彼もそれどころではなかった。
先導を務め...「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第6話】前編
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