第四章 04
男の行動がよほど意外だったのか、焔姫は男の考えていたよりもずいぶん従順についてきていた。いや、一切逆らう様子を見せなかったというのが正確だろう。
男は自らの居室へと向かうと、自らの服をあさり、民が着ている装飾のない平凡な平服を引っ張り出す。
「お手数ですが、まずはこれに着替えて下さい」
意味が分からず、焔姫は困惑する。
「なぜじゃ?」
しかし、そうは言いながら平服を受け取ってしまう焔姫。
「私では、おそらく姫を納得させられません。なので、姫が間違っていないのだと納得させられる人のいるところへ向かいます。それには……姫の姿は今のままでは目立ってしまいますので」
「……一体どこに行くつもりじゃ?」
男は精一杯の虚勢をはって、にやりと笑ってみせた。
「街中へ」
「なっ……! そのような事――」
内心では冷や汗をかきながら、男は静かにして下さい、とジェスチャーをする。
「そのような事だから、でございますよ。王宮をこっそり出て、こっそり帰ってこなければなりません。王宮の者にも民にもばれないように、です」
「しかし、露見すれば……」
抑えた声音で、それでも焔姫はその先を言わなかった。
男もそれを言わず、しかしうなずいて分かっている事を示す。
「……覚悟の上です」
「何を、馬鹿な事を。そんなくだらぬ事のために――」
「――そのくだらぬ事が」
平服を放って部屋から出ていってしまいそうになる焔姫の腕をつかんで、男はまっすぐに琥珀色の瞳を見つめる。
「くだらぬように見える事こそが……姫を救うのです」
「……」
ここまで焔姫の手を引いてきた事もそうだったのだが、男が焔姫に対してこうやって強く主張したのもまた、これが初めての事だった。
男の強い押しに、焔姫は返事が出来なくなっていた。男にとっても、そんな焔姫の態度は初めて見るものだった。
「……それでは、私は一旦部屋を出ます。着替え終わりましたら、お呼びください」
「……分かった。着替えるまで待っておれ」
「では」
男は今まで着た事のない平服に困惑している焔姫を残し、部屋を出た。
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