「レン? そんなに急いで何をしている?」
家に入ったレンが足早に廊下を進んでいると、巡音ルカにそんな言葉をかけられた。
「あ、ルカ姉。…あのさ、リン知らね?」
「リン? いや、見ていないな」
「そっか…。ありがと」
「口論の侘びか?」
礼を言って行き過ぎようとしたレンがつんのめる。振り返れば悠然と笑うルカが居た。
「る、ルカ姉まで…」
「お前たちは自分たちの声の響き方を知らないようだな。流石に内容までは聞き取れなかったが」
「う…」
「いつものじゃれ合いではなく、かなり深刻そうな響きだった。何かあったのだろう?」
「あー、うー…」
近すぎて。あまりに近すぎたから。同じ苦しみを味わって欲しくなくて突き放さずにはいられなかった。
分かりすぎて。分かられすぎてしまったから。…一番痛い部分を思いっ切りつかれて八つ当たりをした。
いかに姉に対してとはいえ、そんな話をする気にはなれなくて。
「俺が悪かったんだ。だから、せめて、謝ろうと思って…」
レンがそう言うと、ふむ、と呟いたルカが、レンの腕をつかんだ。
「へ? ルカ姉?」
「付き合え」
「え? わ、ちょいルカ姉たんまたんまっ! だから俺これから…っ」
小柄なレンはルカに引きずられてしまう。ばたつきつつ訴えかけるとざっくりと切り返された。
「心配させた割に大丈夫そうな罰だ」
「何の話だよーっ?!」
「話したくないことで喧嘩をして心配させてくれたんだからそのくらい甘んじて受けろ」
「うぐ…っ」
「それに、…まだ何か抱えているようだしな」
「っ!」
完全に動きを止めるレンを引きずりつつ、ルカが言い放つ。
「長い時間は取らせない。諦めて付き合え」
レンが連れ込まれたのは録音室だった。ルカからヘッドセットを投げ渡される。
すうっと感覚が引いていくのが分かった。夏なのに、寒い。
あの青い影が蘇る。
「くっ…」
「歌おう」
「う、うた、う?」
「そうだ。他の誰でもない、レンと歌いたい」
「いや、でも、俺…っ」
目を落とせば、手にしたヘッドセットが震えている。
手早くヘッドセットをつけたルカはレンを鋭い瞳で見る。
「私と歌うのは嫌か?」
「んなことないっ! でも、…俺、は…」
歌う、という行為を目の前にすると、どうしても。
青い影が消えない。
目線を上げられないレン。その様子を見たルカが、やはりな、と呟いた。
「え…?」
「やはり歌が絡んでいたか」
「…な、なん、で…」
「お前とリンが深刻にやり合うとなればその辺りだろう。私たちの存在意義に関わる問題だ」
「…っそ、そう、だけど…」
強くヘッドセットを握り締める。そこに更に追究の言葉が投げかけられる。
「怖いのか」
「! こ、…怖くなんか…っ」
「強がりは良い。だが、歌いたくはないのか?」
「なっ、んなことあるわけ…っ」
レンは反射的に反論し、…自分の中の衝動を思い出した。
ウタエナイ。
そんなことを考えただけで機能停止してしまいそうだった。
VOCALOID。それは、歌う為のモノだから。
「…歌い、たいに、決まってる…っ」
「ならそれで良い。歌おう」
さあ、と促されて、震える手でヘッドセットを身につける。
ルカがスイッチを入れ、流れ出すのは、あの曲の前奏だった。
マスターが皆に与えた夏の歌。
必死で自分の感じた夏を思い出し、自分のイメージを作り出し、自分を保とうとしていても。
…一度だけ聴いた伸びやかな青の歌がじわりとレンを絡め取っていく。
喉が詰まる。唇がわななく。
(くっそ、やっぱり…っ、歌えねえよ…っ)
青い海に溺れていく…。
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----------------------------
BPM=200→152→200
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----------------------------
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