「ランはカイトに、リンはレンに。さっきキッチンでお菓子作ってた時、2人とも後で持ってきてって言ってたの。だから、頼んだよー」
「な、何で私がカイトさんに……。あ、じゃあ、私がレンに持ってくから、リンちゃんがカイトさんに」
「あ、そ、それ良い案だね!ラン姉!」
「ダーメー!!!!!!それじゃ、意味無いのッ!」
ミクはまず最初にリンちゃんの耳元に口と手を添えて、こしょこしょ。そしてリンちゃんが顔を真っ赤にしたのを確認してニヤリと頷くと、次は私の耳元に口と手を添えて。
「カイト、今自分の部屋で1人だからさ。このチャンスに、ドーナッツを口実に2人っきりで話しておいでよー」
うきうきわくわくと言うミクの気持ちが聞こえてきそうなくらい楽しげな声音で、そう囁かれた。流石にリンちゃんみたく顔に出すことはないけど、でも、途端に自分の心臓の動悸が速くなるのを感じる。
――そう、わたくし並音ランは、昔から律音カイトさんが大好きです。もう、"昔から"が一体いつからなのか分からないくらい、いつの間にか。
でも、そのことを自覚したのは、たぶん高校生になってからだ。きっかけはミクの言葉。やっぱり高校生にもなれば周囲の女の子も色恋沙汰に敏感になるもので、勿論ミクも例外ではなく。「ランはさ、カイトのこと好きでしょ?」と言われたのは、確かまだ高校に入って間もない頃。以来、それまで優しくて大好きだったただの"カイトお兄ちゃん"を、"男の人"として認識しだした私。途端に、私はもう二度と彼を「カイトお兄ちゃん」とは呼べなくなっていた。
そうしてカイトさんへの想いを自覚して以降、ミクには度々恋愛相談に乗ってもらったりしている。やっぱりミクとカイトさんは兄妹だし、それまで知らなかったカイトさんの一面をいろいろ教えてもらったり、こうして2人っきりになるチャンスを作ってくれたり。
私は手元にある小皿をじっくりじっとり眺めた後、小さく息を吐いて覚悟を決めた。
「……、行ってきます」
「流石ラン、そうこなくっちゃー!」
「そ、そんなぁ、ラン姉ぇ」
「ゴメンね、リンちゃん。でも、リンちゃんも頑張らないと」
私は今にも泣きそうなリンちゃんの肩に、優しく手を置く。そして小さな声で囁いた。
「この前、やっぱりレンと昔みたいに戻りたいって言ってたじゃない」
「そ、それは……そうだけど」
リンちゃんはまだ踏ん切りがつかないのか、小皿に可愛らしく乗せられたドーナッツを見つめ続けている。
ミクと私が同い年で幼馴染であるのと同じ様に、リンちゃんとレンも同い年で幼馴染だ。ちなみに、カイトさんとルカ姉さんも同い年である。同性である私とミク、それから昔から長い付き合いであるカイトさんとルカ姉さんは、これまで幼馴染としての信頼と友好を恙無く築いてきた。だが最近、リンちゃんとレンの仲がどうやら良くないらしい。
ただ、これはリンちゃんから見た状態なのであって、実際にレンがどういう風に感じているのかは分からない。だが、昔はいつも2人一緒にいて、まるで双子の様だった2人と比較すると、やはり今の2人はどうしても余所余所しく感じる。ただリンちゃん曰く、特に喧嘩をしたとかそういうことはないそうだから、お互いに避け合ってるということではないみたいだ。
前々からリンちゃんに相談を受けていたミクと私は、これが所謂思春期なのかしら?と考えている。冷たい言い方かもしれないが、結局は2人で話し合うなり何なりして解決しないことには、どうしようもない。ルカ姉さんに昔カイトさんとそういう感じになったことがないか聞いてみたが、「カイトが私の言う事を聞かなかったことは殆どない」だそうで、有効策も見つからず。とりあえず、リンはレンとちゃんと話し合うべき、という結論に到ったのだ。
私は今一度、優しくリンちゃんの肩を叩く。それに反応して私を見上げるリンちゃんの、何と不安げな顔か。私はそんな彼女の力に少しでもなれれば、と出来るだけ穏やかに微笑んだ。
「大丈夫。レンは無愛想だけど、リンちゃんを無視したり怒鳴ったり、絶対そういうことはしない子だから。リンちゃんも、それは知ってるでしょう?」
「う、ん」
「昔メイコさんが言ってたんだけど、レンは不器用なんだって。だから言いたいことをちゃんと口にできないで、自分の中で自己解決させようとしちゃうところがあるって。私もね、レンは結構そういうところ、あると思う。だから、もしレンに聞きたいことがあるんなら、レンから言ってくれるのを待ってても駄目だと思うよ。ちゃんと聞きに行かないと。それに、リンちゃんになら、レンもちゃんと本当の事、自分の中で思ってること話してくれるよ」
「ラン姉……」
「不器用で無愛想な弟で申し訳ないんだけどさ、仲良くしてやって下さい。きっと、同い年でレンの事分かってやれるの、リンちゃんくらいしかいないからさ」
私の説得に、リンちゃんは少し黙った後、コクリと小さく頷いた。そして床に向って「私もレンのこと大好きだから、大丈夫だよ」と呟くと、小皿を抱えてそのままリビングを飛び出した。きっと、並音家のリビングか自室にいるレンの元に向ったのだろう。
「リン、耳真っ赤だったねー」
「ふふ、そうだね」
ミクと2人で、ひょこひょこ跳ねる髪から覗く真っ赤な耳を見て微笑む。すぐには昔みたいな2人には戻れないかもしれないけど、でもいつか必ず、双子って言われるくらい仲の良かったリンちゃんとレンに戻れる。私は心の中で、「頑張れリンちゃん」とエールを送った。
「それじゃあ、ランはカイトの部屋に行っておいで!」
「……、うん」
ミクに言われて、ようやく自分も小皿を抱えていたことを思い出した。途端にさっきの動悸が戻ってくる。しかし、さっきまで一生懸命リンちゃんの後押しをしていたくせに、ここで私だけ怖気づくわけにもいくまい。
私は、にっこり微笑むミクに目配せすると、「行ってくる」とリビングを後にした。
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