UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」
その22「防犯システム起動」
「ミク、返事をしてくれ」
「はい、マスター、聞こえます」
少し間が空いて、ミクの声が返ってきた。
テッドは少し安心した表情を見せたがすぐに口元を引き締めた。
「みんな、無事か? 状況はどうなってる?」
通信回線の影響か、返事がワンテンポ遅れてきた。
「みんな、無事です。差分バックアップも完了しています」
「そうか。よかった」
「今から二分前に、電力会社の電源がカットされました。その三十秒後に電話線、光ファイバー、ケーブルテレビがカットされました。一分前から、妨害電波で、携帯キャリアとの接続を断たれました」
〔うわ、大ピンチじゃないか〕
テッドは残りの電力を計算しようとした。
「ミク、電気の残りは?」
「太陽電池と海洋電池ですべての電気設備を二十四時間稼働できます…。あ、…。待ってください…」
「どうした?」
「たった今、太陽電池パネルと充電池のケーブルが切断されました。続けて充電池と内部幹線ケーブルが切断されました。ダミーとして、全照明と全モニターの電源をカットします」
テッドは深呼吸をした。自分の大切なものを守るため、初めて見知らぬ敵と戦う決意を固めるためだった。
「カイト、コード01、発動」
「マスター」
カイトの声が返ってきた。
「現在、晴天で、六時間以内の降水確率はゼロですが、台風対策を実行しますか?」
「実行だ」
「了解しました。玄関を除く全てのシャッターを閉じます」
〔これで連中は玄関からしか入れない〕
「メイコ」
「はい、マスター」
今度はメイコが応えた。
「念のため、開口部以外をスキャンして、連中が玄関以外から侵入しようとしたら教えてくれ」
「了解しました」
「ルカ、レン、リン」
「はい、マスター」
三つの声が重なった。
「トラップ1、用意」
「了解」
またしても三つの声が重なった。
テッドは少し考えた。
「ミク、今、どこにいる?」
「サーバー、ナンバー39です」
「ボディーに移って、モニターを続けることは可能か?」
聞いてから、テッドは少し後悔した。ネットワークやクライアントのアクセス権限の変更など複雑な設定を、あのボディーにはまだ施してはいなかった。
「残念ですが、その権限はありません。ですが…」
画面にスクリプトのソースが表示された。特定のユーザーに管理者権限を付与する内容だった。
スクリプトの背後からミクの声がした。
「マスターのパスワードでスクリプトを実行することができます」
「わかった」
テッドはリモートソフトを起動し、サーバーの画面を表示させた。
先ほどのスクリプトをテキストエディターで編集し、ユーザー名を「ミク」に変更し、実行した。
スクリプトの実行時にパスワードの入力を求められるが、迷わず十六桁のパスワードを入力した。
「ボディーに移動、完了しました。モニターを続行します」
テッドはレンに聞いた。
「レン、外に何人いる?」
「男が三人、玄関に集まっています、マスター」
「車は?」
「玄関の前に横付けされてます。マスターが帰ってきたら、車が車庫に入りません」
「そうか」
どうでもいいことを報告するなあと感じていたが、テッドはレンのセリフを自分で組み込んだことを思い出した。
〔肩に力が入ってるんだろうか…〕
もう一度、深呼吸をしてみた。
〔初めての実戦か〕
今のヴォーカロイドたちとの生活を始めてから、テッドは防犯システムを構築した。
遂にそれを稼働させる日が来たのである。
構築直後、一度シミュレーションをしたことがあったが、それ以来防犯訓練はしたことがなかった。
〔一度くらいは動作確認だけでもやっておくべきだったな〕
今さら後悔しても遅いが、防犯システムが無事に動くことを祈るしかなかった。
ミクが報告した。
「不審者、三人は玄関を破壊して侵入を開始しました。これより、呼称を『敵』に変更します」
リンが続けて報告した。
「トラップ・ワン、発動」
不意にテトがテッドの肩を叩いた。
「来たよ、車」
振り向くと赤い乗用車がテッドの車の横で止まるところだった。
「テッド君」
テトが少し申し訳なさそうな顔で言った。
「ボクは桃ちゃんと病院に行かなきゃならない。五分したらもう一台来るから、君はそれで家に帰りなさい」
意表を衝かれた、テッドはそんな顔を見せた。
その表情にテトも困った顔をした。
「テッド君、桃ちゃんの安全の確保は最優先事項なんだ。君の家と家族は、君が守るんだ」
テトはテッドの肩に置いた手を赤い車に向け合図を送った。
赤い車からグレーのタンクトップに迷彩色のパンツというラフな格好をした女性が降りてきた。
無言で降りてきた女性は、すべてを知っているように、テッドの車の中の桃を運び出そうとしていた。
テトはすでに車の中で桃の肩から上を支え持っていた。
テトとその女性は息を合わせて、桃を抱え上げ、隣の車の後部座席に運び込んだ。
テトはテッドの方を振り返って頭を下げた。
「テッド君、本当に、すまない!」
テトに謝ることはあっても謝られるようなことに、テッドは該当する記憶がなかった。
「今回の件は、全く、ボクのミスだ。桃ちゃんの診察が終わったら全力で駆けつける。研究所が家の修理を全面的に引き受ける。だから」
顔を上げたテトの目に涙が浮かんでいた。
「絶対、無茶はだめだよ」
テトの涙を見て、もともとそのつもりはなかったが、責める気にはなれなかった。それにそもそも悪いのは誘拐犯であって、テトが謝る理由などないのだ。
それを伝える前に、テトは車に乗り込んでいた。
遠ざかる車の後部座席で振り返るテトの表情が印象的だった。
切なくて。
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