20


 秋の風が吹き抜ける中、祖父の葬儀のため、セディンは、一日だけ休みが与えられた。
 村の完全復興には、三ヶ月たった今もまだまだ遠い。特に、荒らされた作物への保険業務が、小さな村の、小さなルディ対策課にのしかかってきたのだ。

「穏やかなルディでしたからね。対策課も人員削減されまして」

 お恥ずかしい限りです、と、悲しみも覚めやらないうちに、セディンは仕事に忙殺されていった。

 あの夜、セディンが夢を語った夜のことを、アルタイルもレティシアも、セディンでさえ再び口にすることは無かった。

 しかし、三人そろうと、緊迫した空気が漂う。

「レティ? アル? ……セディンがくると、なんか、変」

 最近、文章を喋るようになったハーニィが、鋭く感づいたが、アルタイルもレティシアも、「お仕事の話があるからね」と、笑ってごまかした。

「神殿に乗り込んで、そもそものルディ発生の謎を解く」

 ルディ誕生の仕組みが分かれば、ハーニィの早すぎる成長のなぞを解くことが出来るかもしれない。
 将来の、自分とレティシアと、ハーニィ自身の、安心のために。

 アルタイルは、セディンの祖母の描いた神殿の絵を、複写させてもらった。
 水にも強い加工を加えた紙に、油性のインクで、神殿の間取りや造りを細部まで書き込んでゆく。

「イーゴリ家の英才教育が役に立ったな」

一週間後。セディンの祖母の絵と寸分たがわぬ見事な模写が、出来上がっていた。

「アルタイル。絵はできたの?」

 ハーニィが駆け寄ってくる。
 ここ数週間で、すっかり言葉も達者になった。

「見てくれよ! 最高傑作だろ!」

絵を広げて見せると、ハーニィは歓声を上げた。

「すごい! アル、贋作士になれるね!」
「お前、贋作士なんて言葉、どこで習った!」

 追いかけるアルタイル、はしゃぎながら逃げ回るハーニィ。

「まるで兄妹のようだね」

 村の人々がちゃかすのも、アルタイルはなぜか心地よかった。
 無条件に尊敬を向けてくれるハーニィに、アルタイルは癒された。

「これで、地図はよし。後は……俺の問題だ」


 レティシアは、アルタイルとハーニィを村に残し、神殿にいくとしたらひとりで行くと言った。

「何かあっても、アルがハーニィのそばにいるなら、安心できる」
「どんなにすごいゼルだって、ひとりで島に渡るのは無茶だろ!」

 通常のルディ退治なら、今のアルタイルには、実力不足を認めて引き下がることが出来ただろう。
 しかし、今回は違う。
 湖を渡り、島に入るのだ。

 島には、土地の者の案内もない。そして、水の上をひとりで渡ることが、どんなに危険で体力を消耗するか、想像しただけでもぞっとする行動だった。

「舟を漕いだ後、山に入るんだぞ? ひとりでは無理だ! 消耗が激しすぎる! 舟こぎだけでも、俺をつれてけ! 」
「アルタイルは村に残って、ハーニィのそばにいてあげて」

 こういうときのレティシアは、なにを言っても聞かない。
 アルタイルは、レティシア攻略作戦を正攻法から変更することにした。
そして、ひとつ作戦を思いついた。

「考えてみれば、これ以上ない正攻法だな」

黙々と剣を振り始めたレティシアの横で、アルタイルはほくそ笑む。

「剣も魔法も学んでおいてよかった」

     *     *


 その作戦を、アルタイルはハーニィに打ち明けた。
 冬の星が昇りはじめた、冷たく美しい夜だった。

「なあ、ハーニィ」
「何?」
「種族、って、知ってるか」

 知ってるよ、それくらい、と、ハーニィは叫ぶ。

「レティはトカゲ族でしょ、アルは鷲族でしょ、あたしは、狼族なんだよね!」

 子供たちの間でも、種族の話はよく盛り上がる。何族になりたかった、など、今も昔も変わらない、人気の話題だ。

「親がいないこと、気になるか?」

 アルタイルはたずねた。ハーニィが生まれてから、そろそろ半年。子犬の成長を基準にして考えると、そろそろ思春期ともいえなくもない。

「ならないよ!」

ハーニィが、いきなりアルタイルにとびついた。

「どうして今そんなことを聞くの! パパが欲しいときはアルがなってくれる。ママが欲しいときは、レティがなってくれる。十分だよ」

 アルタイルは、こういうときのハーニィの気持ちが見える。
 彼女が叫ぶときは、無理をしているときだ。

 でも、嘘を相手に伝えるのは、そう思って欲しいという、彼女の願望だ。 だから、アルタイルは、ハーニィの言葉通りに受け取ることにしている。
 アルタイルは、ハーニィの手をとり、振りまわした。

「そうか! そうだよな!」

 きゃあっと笑って、ハーニィはぐるぐると振り回された勢いのままアルタイルに抱きつく。アルタイルが笑い、ハーニィがはしゃいで声を上げる。

 アルタイルは、提案する。

「なあ。レティの冒険、見てみたくないか?」

 はしゃいでいたハーニィを降ろす。
 星の降る中で、ハーニィは、笑うのをやめた。
 深々と、空気が、二人の間に降り積もる。

「うん」

 ハーニィはうなずいた。

「じゃあ、ハーニィも、自分の身を守る魔法を、覚えるんだ。
 どんなに怖い目にあっても、いつでも唱えられるようになるんだ」

「うん。ハルモニア・バーベナ、がんばります!」

 星空の下の密約は、数日の間、レティシアが知ることは無かった。

       *        *

 レティシアは、凄腕の剣士だ。魔法に関しても、アルタイル以上に才能はあるだろう。
 しかし、アルタイルは、そのことにしり込みしてはいられない。
 ようやく、答に行き着いた。

「俺は、魔法でレティシアを援護しよう。剣は、レティシアがやってくれる」

 なあ、ハーニィ、というと、ハーニィはうなずいてくれた。

「そうよ! アルの剣は、ぜんぜん、怖くないもん」
「生意気に! 連れて行かないぞ!」

 そして、また言い合い、追いかけあい、軽い衝撃を与える風魔法のぶつけあいが始まる。
 長い間、魔法が上達せずに悩んできたアルタイルだけあって、教え方は、上手だった。
つまずく要点を知り尽くしているだけあって、的確にハーニィの唄う魔法に指摘をいれてゆく。
 ハーニィの唄う声が、日に日に上達してゆく。

「すごいもんだねぇ」

 村の人たちも感心してハーニィの魔法の唄を誉める。
 ハーニィが唄うと、風は和らぎ、光が踊り、さわやかな雨上がりの土の香りが立ち上がった。

「おまえ、すごいな」

 アルタイルは笑う。唄の上手さは、人間に与えられた自然の恩恵だ。
 それは、才能ともいう。
 上達するハーニィに、悔しさを感じるどころか、嬉しさすら感じることに、アルタイルは気が付き、自分の感情を不思議に思った。



 ルディに荒らされた畑の手入れは、三か月たった今も続いていた。
 手入れを手伝う合間に、アルタイルとハーニィは、魔法の練習を始めた。 レティシアは、その光景を、何を言うでもなく見守っている。

 ほほえましいね、と、村の人達は和やかに見守ってくれている。
 にぎやかにやり取りするハーニィとアルタイルに、通りがかったセディンが手を振った。
 アルタイルは頷いた。大丈夫だ。ぜったい、お前の夢をかなえてやる。

 無力さをさらけ出して自分に頼み込んだセディン、無力なくせに自分を、身を挺して守った彼を、アルタイルはいつしか、無力を感じていた自分と重ね合わせていた。

「アル! ところで、大丈夫って、なに!」
「元気になる呪文だ!」

適当に答えたアルタイルだが、それから、ハーニィの口癖は、しばらく「大丈夫」に、なった。

         *     *

 冬になると、湖は荒れる。雪が積もれば、村を出て、湖の岸にたどり着くのさえ困難になる。湖に行くのならば、その前に行かなければ。ハーニィのことを考えるなら、真実を知るのは早いほうがいい。

 ついにアルタイルは、自分もレティシアとともに島へ行きたいことを訴えた。
 どこまでも食い下がるアルタイルに、レティシアは乗るしかない、と思った。

 こうなったら、やりたいようにやらせるしかない。アルタイルのわがままを長いこと聞いてきたレティシアは、あきらめた。

「私に勝ったら、連れて行ってあげる」

 アルタイルは、大きくうなずいた。
 いつも、レティシアは思う。彼のこの自信はどこからくるのか。
 本気で倒して、さっさと終わりにしよう。
 しゅ、と、みぞおちをいきなり突きにかかった。

 さっと、アルタイルは攻撃をかわした。



つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 20

オリジナルの20です。

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 1
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↓ボカロ話への脱出口

☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
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投稿日:2010/02/27 18:47:20

文字数:3,581文字

カテゴリ:小説

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