第三章 東京 パート1

 「いらっしゃいませ。」
 日本全国、何処にでもあるようなコンビニの一つに入店した藤田哲也はしかし、その声を耳にして天にも昇るような気分を味わうことになった。その声をかけた、短めに髪をそろえた若い女性店員はその利発そうな瞳を和ませて、藤田に対して笑いかける。
 もう死んでもいい。
 藤田は彼女の笑顔に対してそのように心にも無いことを考えると、何を購入しようかと真剣に考え始めた。何かを購入したくて入店したわけではなかったのである。ただ、その店員に逢いたかっただけなのだ。その店員の名前は藍原玲奈という。今年の四月にこのコンビニでバイトを始めた藍原に藤田はいわゆる一目惚れを起こし、それからは毎日のようにこのコンビニへ通うことが日課となっていた。三ヶ月間ほどはただの客と店員という関係に過ぎなかったが、先月に開催されたライブでようやく藤田は藍原の連絡先を手に入れ、今は気軽に連絡を取り合う仲にまでは進展しているのであった。
 「いつもありがとうございます。」
 藤田が決めた商品は無難なところで、ペットボトル入りのコーラであった。そのコーラをレジまで持ち運んできた藤田に対して、藍原は自然な笑顔でそう答えると、慣れた手つきで商品のバーコードを読み込んでいった。その間に、藤田は藍原に声をかける。
 「そういえば、いつから帰省するの?」
 藤田の問いかけに、藍原は一度手を止めると、愛くるしい瞳を一つ瞬きをしてからこう答えた。
 「一週間後くらいには帰ろうと思っています。」
 「実家、仙台だっけ?」
 「ええ。藤田さんは?」
 藍原はそう言いながらコーラのペットボトルをビニール袋へと包み込んだ。幸い、店内に他の客の姿は見えない。夏季休暇中、近隣にある立英大学の学生がメインの客層としているこのコンビニは今が一年で一番手の空いている時期であったのである。
 「俺もここ数日の内には。」
 「お盆になると込みますからね。」
 藍原はそう言って一度言葉を区切ると、続けてこう言った。
 「147円です。」
 それに対して藤田は百円玉一つと五十円玉一つを財布から取り出して、彼女に差し出した。それを受け取った藍原は続けてレジを打ち込み、レジスターの口を開けるとアルミ製の小銭を三枚取り出す。
 「三円のお釣りです。」
 レシート共に差し出された一円玉三枚を受け取った藤田は、自然にニヤけた表情を隠すことなく、藍原に向かってこう言った。
 「お盆前に、一度飲みに行かない?」
 その言葉に、藍原は楽しそうに微笑むとこう答えた。
 「ええ。今はシフトが全部昼間ですから、夜なら何時でも空いています。」
 「後でメールするね。」
 「はい。」
 ひゃっほう、と心の中でガッツポーズを放ちながら藤田は今にもスキップを踏むような足取りでコンビニから退出することにした。
 「ありがとうございます。」
 ガラス製の自動ドアが開かれた瞬間にもう一度かけられた藍原の声に対して、しっかりと振り返ることは勿論忘れなかったが。
 にしても、熱いな。
 コンビニの冷房が無くなってしまうと、途端に照り返しが激しいアスファルトと灼熱の太陽が藤田の身体を包み込むことになった。自然に汗が噴き出してくる。少しでも暑さを誤魔化そうと考えて藤田は今購入したばかりのコーラのペットボトルの蓋をひねり開けた。炭酸が飛び出す爽快な音に僅かな涼感を覚えながら一口褐色の液体を喉の奥に押し込む。それで多少は身体が冷えたような心地にはなったが、いつまでも外を歩いていたらそれこそ身体が熱で干からびてしまう。藤田はそう考えて、すぐに部室へと向かおうと少しだけ歩みを速めた。歩いている間も汗が止まらない。制汗剤は吹きかけてきたはずだけどな、と医薬品メーカーの予想を遥かに超えているのだろう暑さに悪態をつきながら藤田が立英大学の正門を通過したとき、藤田は奇妙な光景に出会うことになった。
 金髪の少女が倒れている。それも二人も。
 年のころは藤田よりも年下、丁度藍原と同じ十代の後半だろうか。大イチョウの麓で横たわる少女を観察しながら、もしかして熱中症だろうか、と藤田は考えた。何しろこの暑さだ。倒れる人間がいてもおかしくは無い。藤田はそう考えながら、二人の少女に近寄って行った。そして、近寄って藤田はもう一度不思議そうに眉を顰めた。二人の顔の形はまるで双子のように瓜二つであったこともそうだが、それ以上に藤田の気を引いたのは片方の少女が着込んでいる服装であった。まるで中世の農婦が身につけるような質素な麻の服であったのである。
 いわゆるコスプレってやつか?
 藤田は思わずそう考えたが、あえてこのような格好をする人間がいるのだろうか。それに、髪の様子を良く見ると染め上げているのではなく、地毛らしい。立英大学の留学生だろうか、とも考えたが、今はとにかく熱中症かも知れない少女二人を助けることが先か、と藤田は考え、少女の顔を覗き込むと慎重に声をかけた。
 「大丈夫か?」
 そう声をかけると、農婦の服装ではない、ホットパンツにシャツという今風の服装に身を包んだ少女が唐突に瞳を開いた。その瞳は透き通るような深い蒼。本物の西洋人でもそうは持ち合わせていないだろうサファイアの様なその瞳に射竦められて、藤田は思わず後ずさりたくなるような気分を味わった。
 「あんた、誰?」
 日本語であることに安心する間も無く、藤田は明らかに警戒されているらしいということを悟らざるを得ない状態に陥った。熱中症ではなかったことに安堵こそしたものの、初対面の言葉があんた誰、では浮かばれない。思わずそう考え、藤田が反論の言葉を投げかけようとしたとき、農婦のような格好をした少女がホットパンツの少女に続いて瞳を開き、ゆっくりと起き上がった。直後に、幾度か咳き込む。
 「何ここ・・空気が悪いわ。」
 「排気ガスね。」
 得心したように、ホットパンツの少女がそう答えた。唯一理解できていなかったのはその場で藤田だけであっただろう。
 「ここで、一体何をやっているんだ?」
 まるで狐に包まれたかのような呆然とした表情を見せた藤田を半ば睨みつけながら、それでもリーンは冷静に藤田の姿を観察し始めた。着用している服装はリーンが生まれ育った現代の服装に非常に似通っている。その右手にあるものはどうやらペットボトルか。或いは今度はリンと一緒に現代に戻ってきたのだろうか、とリーンは考える。なら、とにかくこの異常な暑さを避ける方法をこの男は知っているはずね、と推測を立ててから、リーンは藤田に向かってこう言った。
 「あたしはリーン。こっちはリン。あなたは?」
 「藤田。藤田哲也。」
 「フジタ、ね。フジタ、とりあえずクーラーのある場所でお話しましょうか。」
 「くーらー?」
 リンが理解できないという様子でそう言った。
 「気温を涼しくする機械よ。」
 「氷でも詰まっているの?」
 「そんなところ。」
 全然違うけれど、今のリンにクーラーの構造について説明している間にこちらが熱でやられてしまう。どうやらこの場所の季節は真夏らしいと簡単に推測を立てたリーンは、クーラーのやり取りで不可思議という表情の貼り付けたままの藤田に向かって言葉を投げつけた。
 「とにかく、こんな暑い場所での長話はフジタもしたくないでしょ?」
 その言葉に納得したのかは分からないが、それでも曖昧に藤田は頷くと続けてこう言った。
 「狭いけど、俺達の部室でいいか?」
 「構わないわ。」
 「じゃ、とりあえず付いてきて。」
 その不信感に満ちた言葉の端には多分、はてなマークがいくつも点灯しているのだろうな、とリーンはなんとなく考えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story  41

みのり「第四十一だ・・。」
藤田「いやっほぉおおおおお!本編復活だぜぇえええええ!!」
みのり「ちょっと!あんたなんでここに来てるのよ!」
藤田「一足早く本編復帰させてもらいましたw感謝感謝w」
みのり「なんであんたのほうが復帰が早いのよっ!」
満「作品の都合上な。」
みのり「理不尽だわ。」
藤田「そりゃ、俺も一応主人公張ったわけだしw」
満「正確には、リーンが一瞬で見下せるキャラはやっぱり藤田だろ、というレイジの判断らしい。」
藤田「ちょwww」
みのり「あ~、なるほど。リンとリーンが馬鹿に出来るようにね。」
藤田「みのりさん、言葉きついです。」
満「諦めろ。」
みのり「まぁいいわ。もうすぐ皆出てくるし。」
藤田「みのりさんの登場もっと後でs・・うおあ!あぶねぇ!」
みのり「それ以上言うとビンタだから☆」
藤田「み、見かけによらず凶暴・・。」
満「みのりがデレるのは俺に対してだけだぞ。」
みのり「やだ、満ったら♪」
藤田「・・お腹一杯になりそうだ。」
満「・・俺もだ。」
みのり「ということで、第三章東京編、どうぞお楽しみくださいませ!」

閲覧数:265

投稿日:2010/09/20 22:12:40

文字数:3,177文字

カテゴリ:小説

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんは~。更新お疲れ様です。
    今回結構更新されましたね。
    まさかの展開に少し驚きだったりします。
    では、次の更新も頑張ってください。
    それでは~。

    2010/09/24 19:19:15

    • レイジ

      レイジ

      メッセージありがとうございます!
      急展開でスミマセンw

      ではでは、次回もお楽しみくださいませ♪

      2010/09/25 22:38:16

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