「お、美味そうなニオイすんじゃん。クッキー?」
「でっしょぉ! 早起きして頑張ったんだから!」
自慢げに胸を張るリンに、レンは肩をすくめる。
「ま、美味いかどうかは、別問題だけどな」
きぃいい! と歯ぎしりしてみせるリンをスルーして、レンは冷蔵庫から牛乳を取り出して鍋に入れ火をかける。
「ホットミルク作んの?」
「はいはいわかってるっつー」
レンは物欲しげなリンの声に答え、調味料などのストック棚を眺める。
「ココアの方がイイか?」
「魅力的な提案ですなぁ」
じゃあココアにすっか、とレンはリンと自分のコップを用意し、粉末を入れ牛乳が温まるのを待つ。
ちょっと一息とリンは台所からリビングを覗く。室内向けながら立派なツリーを見ていると、うきうきとした気分になってくる。
「なんだか美味しそーなニオイがする~」
クッキーの焼けるニオイが部屋まで届いたのだろうか、ふらふらと引き寄せられるようにミクとルカが仲良く台所に顔を出す。
と、慌てたような足音が近づいてくる。
「オーブン止めて!!」
KAITOが叫ぶ。ぎょっとして固まっていたリンの脇をすり抜け、KAITOはオーブンのタイマーを切り、戸を開ける。
「ちょっとーKAITO兄ってば、突然どーし……」
言いながらKAITOの肩越しにクッキーを見たリンの表情が固まった。
嫌な予感を感じたレンは、鍋の火を止め、牛乳をコップに移し、スプーンを挿して、そっとリビングに避難を開始する。最後に顔を出したMEIKOが尋ねる。
「なんか凄くイイニオイがするけれど……焦がしてないかしら?」
「う゛~~~~~!!!」
悔しそうに唇を噛み唸るリンの手には、無惨にも焼けこげたクッキー。
「半分は無事だったのですから……」
「半分も! ダメだったの……!」
ルカの慰めの言葉にも、リンは嘆き続ける。
「まー生焼けよかマシだし、これはこれでいいんじゃね」
焦げが目立つがどうにか食べられるレベルのクッキーを摘み、熱っ! と文句を言いながらレンが口に放り込む。
「辛ッ!! リンお前、クッキーに何入れやがった!!」
レンの剣幕に、続いて一枚味見をしようとしていたミクが驚いて手を引っ込める。
つんとそっぽを向くリンに、甘いココアを流し込んで口の痛いような辛さを誤魔化したレンはおぃ、と詰め寄る。
「多分、タバスコの?」
「多分って、何だ」
レンの目が据わっている。険悪なムードを感じ取ったミクは、ルカの手を取り、どうしようと慌てる。
「あ、甘いのと辛いの交互に食べたらもっと美味しくなると思って、色々作ったのっ!」
「っ!? なんっつー恐ろしーもん作ってんだよ!!」
リンの言葉を受け、更に危険ブツを見る目で、レンが生き残りのクッキーの山を見下ろす。赤、緑を始め、食べ物の色として受け入れがたい青っぽいのまである。
「お、面白い味だったでしょっ!!」
リンの主張に、さすがのレンもカチンと来た。
「あーそーですねー面白かったですねー! ごちそうさまでしたぁー? お前にやるココアはもうねーけどなーっ」
言い終わるやすぐに、レンはリンコップ分のココアを一気飲みすべくつかみ上げる。
「ちょっとアタシの!」
「はぁっ? お前になんか誰がやるかっ」
コップの奪い合いが始まる。
「ちょっと、二人ともケンカはダメだよぅ!」
ミクは大声で一生懸命注意をする。
「MEIKOお姉様、KAITO兄さんっ!」
ルカは台所で焼けこげたオーブンと奮闘していたKAITOとMEIKOを呼びに行く。もちろん台所でも、リンとレンの言い合いは聞こえていたようで、すぐに飛び出してくる。
リンのコップを巡ってもみ合っているうちに、するりと手から落ち、床に落ちる。
床に広がるココアだったものに、ぱっとMEIKOが布巾を投げ、二次災害を最小限にくい留める。追加の布巾を持ってきたKAITOはルカとミクと共に、ココアを拭き取る作業を始める。
MEIKOが落ちたリンのコップを拾おうと持ち手を掴むと、ぱきん、とひび割れて落ち、再びココアの海に水没する。
ざぁっと青ざめたレンは、助けを求めるように、KAITOやミクたちに視線を送る。
肩を振るわせながら、リンはコップを拾い上げ、ばっとリビングを飛び出す。
煩いほどの勢いでリンは部屋を閉めカギをかけ、持ち手が取れてしまったマイカップを再度見つめる。
「お気に入り、だったのに」
レンの、ばかぁ、とリンは口では呟きながらも、悪いのは自分だと分かっていてさらに落ち込む。
「……なぁ、リン」
ドア越しにレンは閉じこもったリンに話しかける。
「オレが、悪かったよ」
いくらアレでヤバイものを食べてしまったとはいえ、結果リンのお気に入りのコップを壊したのは事実だ。
「謝る。……謝って、気が済むモンでもねーって分かってる」
レンは呟いて、ビニル袋に入れたレン自身のコップを見つめる。破片が飛び散らないように、袋は三重にしたし、ちゃんと口もしばった。
わりと気に入ってたんだけどな、とレンは呟きながらもためらいなくコップを廊下に叩きつける。
「――な、何やってんの!!」
たまらずといった様子でドアを開けたリンは、レンをはり倒し馬乗りになる。
「よぉ、リン。これでおあいこだろ? ……ゴメンな?」
ほれ、とビニル袋の中に入るレンの割れたコップを自嘲げにみせつける。
リンは、握っていたマイカップとレンの壊れたコップを見比べて、ぬぐぐと唸り、絞り出すように叫ぶ。
「謝んなきゃいけないのは、レンじゃなくて、アタシでしょっ」
リンはぼろぼろと涙をこぼす。分かってくる癖に、泣くのは反則だろーとレンは腕を伸ばしリンの頭を撫で明後日の方角を向く。
と、リビングのドアをそっとあけて、廊下の様子を伺う四つの顔とかち合う。
「り、リンっ! お前、兄貴や姉さんたちにも謝んなきゃなんねーだろっ」
ホラどけ、とレンは上に乗っかったままのリンをどかして立たせ、行くぞと引っ張る。
「「ごめんなさい」」
頭を下げるリンとレンに、四人は顔を見合わせ、くすりと笑いあう。
「仲直り、した?」
「「しました」」
ミクの問いにリンとレンは手を繋いで、もうわだかまりがないことをPRする。
「二人とも、食べ物をもう粗末にしないかなー?」
「「もちろんです」」
笑ってるが確実に怒っているKAITOから念を押すように尋ねられ、リンもレンもがくがくと頷く。
「では、お手伝いをしていただけます?」
「「はい」」
ルカがまだキレイな分の布巾差し出し、リンもレンも慌てて受け取る。
「じゃあ、始めっ!!」
MEIKOの号令でレンもリンもばっと掃除を開始する。レンは、既にココアは拭き取られていたものの、まだ若干べたつく床を磨き、汚れた布巾を濯ぎにかかる。リンは、大がかりな掃除になってしまっているオーブンにKAITOの指示の元取りかかる。
「大掃除って上からだっけ?」
「そうですね、ほこりが落ちるので上から順に作業すると効率がよいそうです」
言いながらも食器棚にほこりが積もっていないのを確認したミクとルカは、お客様用のコップを検分する。
「今日は、リンちゃんもレン君もお客様用のコップで我慢してねー」
「えぇ、今日は」
意味深にルカが繰り返し、リンもレンもはっとした表情し、リンはレンの顔に、ん? と首を傾げる。
「ねーレン。あんた、なんか買った?」
「お前も、なんか買った?」
もしかしてアレ? たぶんソレ、で何となく通じ合ったリンとレンはあはは、と声を上げて笑いあう。
「さってと、パーティの準備を急ぎましょう!」
MEIKOの声に、皆元気よく返事をして作業を再会する。
ぱーんとクラッカーを鳴らし、勢いよくシャンパンの蓋を開ける。テーブルには七面鳥を初めとした豪華な料理が並んでいる。
「あれ、ケーキは?」
雪だるまなどに彩られたケーキがあるものだと思っていたリンは、少しだけがっかりする。
「誰かさんがオーブン駄目にしてくれたからねー」
「根に持ってるー……」
KAITOの辛辣な一言に、リンは反省してますと肩を落とす。
「嘘だよ。もうすぐリンちゃんとレン君の誕生日だから、元々今日は普通のケーキ無しの予定だったんだー」
その代わりに、とKAITOは真っ黒い物体を取り出す。
「プラム・プディングだよー! まぁコレもある意味ケーキだけどねー」
「お酒のニオイがするよ?」
くんくんとミクがお酒のニオイを気にする。
「さてはMEIKO姉さんのリクエストだな?」
レンが鋭く指摘し、MEIKOがそうよと胸を張る。
「さ、アルコール飛ばすからみんな下がってー?」
安全を確認してからKAITOはプディングにライターで火を付け、一気にアルコールを飛ばす。
「焦げちゃうっ焦げちゃうよ!?」
「フランベ、という調理法だそうです」
敏感になっているリンをルカがなだめ、納得させる。
「んーイイ香りーっ! さぁみんな! 切り分けて頂きましょう」
見慣れない季節のイベント料理に舌鼓をし、来年はどうしようかと考えるメインシェフに皆好き勝手にリクエストをする。お腹がいっぱいになって、まったりとしたムードになったときに、はっとリンは思い出す。
「そうだ、プレゼント交換会っ」
一品手作りのプレゼント持ち寄ってプレゼント交換会をしようとリンは企画していたのだ。
「あ、でも……アタシ、プレゼントないんだった……」
リンは、手作りクッキーをプレゼントにしようと思っていた。しょんぼりと肩を落とし、他のみんなはちゃんと用意してきているのを確認する。
「アタシ抜きで、やっていいよ」
リンのいじけた口調に、MEIKOを始め皆苦笑し、ほらとレンを促す。
「美味そうなのだけ、袋詰めしてくれたんだってさ」
「ホウレンソウかな? 緑色のも中々美味しかったよー」
ネギ風味じゃなくて残念だったー、と毒味をしたらしいミクが答える。
「そ、そうだった?」
リンは、綺麗にラッピングされたクッキーをおずおずと受け取りながら、ためらいがちに他の皆の顔を見回す。
「じゃ、じゃあアタシも参加してイイ?」
「「「「「もちろん!」」」」」
せっかくだからと部屋の灯りを落とし、ツリーの周りにぐるりと座りあう。幻想的とはいかないが、ぴかぴかに輝くツリーの灯りに合わせて笑顔が浮かび上がる。
「「「「「「じんっぐっべーじんぐっべー♪」」」」」」
一曲歌に合わせてぐるぐるとプレゼントを回しあう。
「じゃあ電気を付けてくださーい」
ぱちんと電気が付いたところでお互いのプレゼントを確認する。もし自分で用意したモノのだったらつまらないのでもう一回となるところだが、今回は大丈夫なようだ。
「あ、お姉ちゃんのそれ、ミク!」
「マフラー作るのミク上達したじゃない。使わせて貰うわね」
努力の子だわ偉い偉い、とMEIKOがミクの頭を撫でると、ミクは頑張ったのーとえへへーとはにかむ。そして、ミクは自分の元に回ってきた少し大きい箱の上蓋をそっととり、わぁと声を上げる。
「みてみて、すごいの!」
ミクの声につられひょいと覗き込んだレンがおぉうと呟き、思わずツッコミを入れる。
「ぜっったい、兄貴だろ!」
「わ、なんでわかったの?」
「兄貴以外にこんな精巧な模型を作るかーっ!!」
トナカイの首振りギミック大変だったんだよーとぼやくKAITO。電子ショッピングモールのツリーをメインにイルミネーションを再現したようだ。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
嬉しそうに笑うミクの顔を見てKAITOも作ったかいがあったと喜ぶ。
「さて僕のは……おぉっドライフラワーのリースだね! ルカちゃんかな?」
「はい、何とか間に合いました」
小振りながらも丁寧な作りで非常に好感がもてる。大事にするね、とKAITOが笑いかけるとルカは嬉しげに顔をほころばせる。
「これは、スノードーム、でしょうか」
「あ、かわいいー」
ルカはミクと共にじいっとビン状の不思議な物体を見つめる。ひっくり返してから平らなところにおけば、ビンの中を雪模して小さく切られたアルミ箔が粘度の高い液体を伝い、ゆっくりと雪だるまの上に舞い降りる。
ほう、とルカがうっとりした様子で溜息をついたのを見て、レンが嬉しげに肩を揺らす。
「オレのは……リンのか」
因縁深いクッキーが当たったレンはごくりと唾を飲み込む。
「い、イヤだったらいいよっ」
「いや、食べる……あ、これは中々」
レンがちゃんと食べてくれたのを見て、リンはほっと胸をなで下ろす。
「ってあれ、アタシのコレ、誰作?」
「あら、私のでしょ?」
消去法的にもMEIKO以外にはあり得ないが、薄っぺらい本状の物体の表紙を再度眺めリンは首をひねる。
「でも『KAITOレシピ~上位10品~』ってなってるけど……」
MEIKOがどうしてKAITOのレシピ集を自作してるのか、とミクとルカも首を傾げる。
「んふふー、あんた達が好きそうな料理と私が食べたい料理、上位10品を選んでまとめたレシピ集。ちなみに料理手順の動画付きよ!」
ざわつく下の子たちにMEIKOは、褒め称えていいわよ! と胸を張る。
おーっとひとしきり拍手をし終えると、早速リンの周りに集まって、レシピを見始める。
「……めーちゃん、僕の動画なんていつ撮ったの……?」
ぎぎぎ、と音がしそうな緩慢さで、KAITOがMEIKOを見つめる。
「だってーあんたがつくるツマミ美味しいんだもーん。再現したくなる私の気持ちも察しなさーい!」
夜起こすのも悪いしー、などとシャンパングラス片手に可愛らしく笑ってみせるMEIKOにKAITOは頭を抱え、唸る。
「いや、その気持ちは嬉しいけどもっ!」
論点をずらされているような、とKAITOは唸り続ける。
動画を見終わった下の子達は、目を輝かせて口々におねだりする。
「なぁMEIKO姉さん、複製できるんならオレの分も」
「ミクのもっ」
「僭越ながらワタシの分も」
レシピ集をにぎりふるふると震えていたリンが、最後に口を開く。
「MEIKO姉っ! 誕生日プレゼントにはっお菓子レシピ集も欲しいっ!!」
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けんはる
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